【完結】隣国の騎士と駆け落ちするために殺したはずの冷徹夫がなぜか溺愛してきます

古都まとい

文字の大きさ
上 下
32 / 39

6章(4)

しおりを挟む
 カイリエンがやっと馬を止めた時には、東の空が白みかけていた。もうすぐ夜が明けようとしている。カイリエンは山の麓にあった厩舎に馬を預けると、メルフェリーゼの手を取って山道を登りはじめた。
 どこへ向かっているのか、メルフェリーゼには検討もつかない。馬で走ってきた距離を考えるに、まだユルハ王国は出ていないはずだがツリシャ王国との国境にほど近い場所まで来ているのではないかと思った。

 あと三日。あと三日で、アウストルはいわれのない罪で処刑されてしまう。一番近くにいたメルフェリーゼには分かる。アウストルは王位など望んでいないし、マーリンドを殺す理由もない。ここ最近はずっとメルフェリーゼと一緒にいたのだ。それこそ、片時も離れずに。そんなアウストルに、マーリンドを殺す時間があったとは思えない。
 メルフェリーゼはカイリエンの手にすがって山道を登りながら、アウストルのことを考えた。少し出かけてくるといって屋敷を出て行ったアウストル。彼はどこに、なにをしに行ったのだろう。夜には戻ると言いながら、彼はついぞ帰っては来なかった。

「疲れただろう」

 メルフェリーゼの手を力強く握りながら、カイリエンが尋ねる。メルフェリーゼは疲労を押し隠し、ゆるゆると首を振った。

「大丈夫、まだ歩けるわ」

 それよりも、とメルフェリーゼは前を行くカイリエンの背中を見る。

「カイはどうやってアウストル様が捕らえられたと知ったの? それに、私のいた屋敷の場所も」
「軍部を出たところで、知らない男たちに襲われたんだ」

 カイリエンはなんてことのないように言っているが、頬の傷や血を吸った外套が事態の深刻さを物語っている。いくら王国軍で鍛えられた兵士だとしても、数人を相手にするのは一筋縄では行かなかっただろう。

「一人だけ生かしておいて問い詰めたら、全部吐いた。自分たちがマーリンドに雇われた傭兵だってことも、マーリンドがアウストル王子を排除しようとして、最初の毒殺計画に関わった人間をすべて消そうとしてることもな」
「どういうこと? アウストル様を殺そうとしたのは、カイと私だけの間の話じゃなかったの?」
「療養の名目で離れに閉じ込められていた俺が、毒物を調達できたと思うか?」
「あ……」

 メルフェリーゼはあの小瓶がどこからやってきたのかなど、考えたこともなかった。たしかにカイリエンが離れを出られない以上、彼に協力して毒を渡した人間が確実に存在する。

「まさか……」

 メルフェリーゼは息を飲んだ。薄闇の中でカイリエンがうなずいたのが見える。

「ああ、すべてのはじまりはマーリンドだ。あいつが俺に、アウストル王子を殺したらメルと一緒に城を出て暮らせるように手配すると持ちかけてきた。あの毒が入った小瓶も、あいつが調達してきたものだ」

 すべては、マーリンドの手のひらの上だった。メルフェリーゼは彼の意のままに踊らされていただけ。自分の力で手に入れたと思っていた自由も、結局はマーリンドが報酬として用意しただけに過ぎないものだった。
 だからこそアウストルは、自分が毒殺されようとしていることを予見して、役者まで用意してメルフェリーゼに目的を達成したと思わせたのだろうか。あの大芝居はメルフェリーゼを騙すだけでなく、マーリンドの目も欺くためだったのだろうか。

「私の、せいだわ……」

 メルフェリーゼはよたよたとカイリエンの後を歩きながら、呟いた。自分が第二王子の妻という立場から解放されたいなどと願ったから。カイリエンとともに生きたいと思ってしまったから。自分の心の弱さが、マーリンドに付け入る隙を与えてしまった。アウストルを危険に晒してしまった。

「メルのせいじゃない」

 カイリエンの険しい声に、はっと顔を上げる。うっすらと昇りはじめた朝日が、木々の間からカイリエンの顔を照らしていた。

「もとはといえば俺がマーリンドの話に乗ったからだ」

 でも、とメルフェリーゼはカイリエンの手を握りしめる。

「カイが嬉々としてそんなことに加担するような人には、思えないわ。いくら私と一緒に城を出られると言われたって――」
「もう終わった話だ」

 カイリエンは短くメルフェリーゼに言うと、歩調を緩めた。いつの間にか周りの木々が遠のき、開けた場所に出ている。
 二人を出迎えたのは、朝日を浴びてぼんやりと浮かび上がる古ぼけた館だった。レンガ造りの館はところどころに傷みが見え、緑の蔦が絡んではいるが、十分住めそうである。
 メルフェリーゼはかなり山道を登ってきたと思ったが、まだ山の中腹にすら達していない。麓の厩舎からも、それほど離れているわけではなかった。

 カイリエンはメルフェリーゼの手を引いたまま、ずんずんと館に近づいた。近づくほどに館の威圧感が増す。夜になれば幽霊が出そうな雰囲気である。
 カイリエンは重厚な扉の前に立つと、何度か扉を打ち鳴らした。しばらくしてから細く扉が開き、無理に隙間を押し広げるようにして巨躯がはみ出してくる。カイリエンよりさらに頭二つ分ほど高い位置に、男の顔はあった。短く刈り上げられた黒髪に、ほとんど開いているか分からない黄金のような色をした目。
 メルフェリーゼはその顔を見て、ぎょっとした。彼はまさしく、メルフェリーゼがアウストルを毒殺しようと寝室に忍び込んだ時に見た男だった。予想通り、あの時と同じ低い声が「入れ」と二人に指示して扉を開け放つ。

「待ってたよ、メル」

 歌うような軽やかな声で、小柄な少年がメルフェリーゼを出迎える。少し癖のある黒髪に、硝子玉のように丸い黄金の瞳。扉を開けた大男が、少年の隣に立つ。
 フィルムを巻き戻すように、メルフェリーゼの記憶が過去へとさかのぼる。
 間違いない、見間違えるはずがない。あの夜、少年の口から聞いた「ミライ」という名前。
 メルフェリーゼはカイリエンの手を解くと、二人に駆け寄った。二人の顔にはたしかに面影が残っている。

「ミハイ」

 名前を呼ばれた少年がにんまりと笑みを浮かべる。

「ミライ」

 大男がメルフェリーゼに向かって肩をすくめる。

 メルフェリーゼは二人を巻き込むようにして抱きしめた。ミハイの身体は棒のように細く、ミライの身体は石のように固い。二人の手が、そっとメルフェリーゼの背中に添えられる。

「無事でよかった……!」

 その二人は紛れもなく、ある日突然、貧民窟から姿を消した双子だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

処理中です...