【完結】隣国の騎士と駆け落ちするために殺したはずの冷徹夫がなぜか溺愛してきます

古都まとい

文字の大きさ
27 / 39

5章(6)

しおりを挟む
 八年の月日は、アウストルを変えるのに十分すぎる長さだった。

 メルフェリーゼが十八歳になるまでにアウストルはユルハ王国軍の指揮官となり、一年の大半を戦場か軍部で過ごすようになった。
 重税を取り立てられている村から、さらに男手を徴兵している現状に嫌気が差すこともある。いっそ、なにもかも投げ出してしまおうと思うことさえあった。

 思い浮かぶのはメルフェリーゼの顔。記録によれば、彼女の父親もまた徴兵されたことがあるらしいが、後方支援だけで無事に家に帰り着いている。徴兵が原因ではないことには胸を撫で下ろしたが、メルフェリーゼが貧民窟に住んでいることには変わりない。
 心が冷えて固まりそうになった時、必ずメルフェリーゼの勇敢な姿を思い起こした。彼女を嫁に迎えることだけが、アウストルの生きている理由だった。

 マーリンドとロワディナの間にも、二人目の子どもが産まれた。二人目も、女児である。アウストルはまたしても姪の顔を見ることもできず、産まれた子が公爵家の養子になったことを知った。
 もし自分とメルフェリーゼの間に子が産まれて、それが女児であったら――アウストルはなに不自由のない生活をさせてやりたいと思う。きっとその子は、メルフェリーゼに似て可愛らしく、強さを兼ね備えているはずだ。


 十八歳になったメルフェリーゼはとても美しかった。着慣れないドレスに戸惑っているようではあるが、貧民の出にも関わらず、第二王子の花嫁としてふさわしい品を備えていた。
 アウストルの心も浮足立つ。形ばかりの結婚式を終えたら、いよいよ彼女を――。

 式の最中。ぽろり、と彼女の頬を伝い落ちた涙に、アウストルは伸ばしかけていた手を止めた。

 なぜ泣いている? 王族になれたことが泣くほど嬉しいのか? それとも……。

 薄いベールに覆われた彼女の顔を見て、ぎょっとする。そこに嬉しさや喜びといった感情はなにひとつ見い出せなかった。
 あるのは緊張と、不安と、そして悲しみだった。声も上げずに涙を流すメルフェリーゼの顔を、アウストルは式の最中だということも忘れて食い入るように見つめる。二人を置いて、時間だけが流れていく。

 気づいた時には、華々しい結婚式は終わりを告げていた。アウストルは一度もメルフェリーゼに触れることも、声をかけることもできないまま、侍女にメルフェリーゼの世話を押しつけてその場を後にする。
 自分がひどい勘違いをしていたことを、アウストルは自覚せずにはいられなかった。



◇ ◇ ◇



 着替えを済ませ、自室から中庭を見下ろしていたアウストルは、足音と扉の開く音を聞きつけて振り返った。
 見ると、憎たらしい笑みを浮かべたマーリンドが立っている。彼の言いたいことを、アウストルは半ば察していた。

「どうだ? 八年も待って、国王を怒らせてまで手に入れた女は」

 マーリンドの戯言など、聞く必要もない。彼はアウストルの心を抉りに来ただけだ。分かっているのに、マーリンドが次になにを言い出すのか待ち構えている自分がいる。
 黙って宙を見つめるアウストルに歩み寄り、マーリンドが親しげに肩を叩く。

「お前も結局、私と同じなのだ。なあ、アウストル?」
「黙れ……っ」
「黙れときたか。同じ女に惚れた者同士、仲良く――」
「黙れ! 今すぐ、俺の前から消えろ!」

 アウストルは手近にあった花瓶を払い落とすと、割れた破片を拾い上げ、その切っ先をマーリンドの首に向けた。
 彼は面白いものを見た、というように手を叩く。しかし、それは称賛の拍手ではない。滑るように足音もなく兵士が現れ、あっという間に花瓶の破片をアウストルから取り上げる。
 マーリンドの勝ち誇ったような笑みが、脳裏に張りつく。

「お前が死ねば、あの女は私の妾にしようと思っているのだがな」

 マーリンドが部屋を去る。呆然と座り込むアウストルの周りで、侍女が気遣わしげな視線を投げかけながら花瓶の破片を片づけていく。マーリンドの呼んだ兵士も、いつの間にか姿を消していた。

 マーリンドに言われなくとも、わかっていた。自分は、あの時メルフェリーゼを手籠めにしようとしたマーリンドと同じことをしている。王族という権力でもって、第二王子の妻という立場に縛りつけて、彼女を自分のものにしようとした自分のどこが、マーリンドと違うというのだ。

 アウストルはただ、メルフェリーゼに幸せになって欲しかった。他人のためにいとも容易く自分の命を投げ出せてしまう彼女を、自分の手で幸せにしたかった。あんな肥溜めのような貧民窟ではなく、城で不自由のない生活を送らせてあげたかった。

 すべてはアウストルの自己満足でしかなかったのだ。彼女から住み慣れた家を奪い、家族を奪い、友達を奪い、貧しくも幸せな日常を奪い、無理やり城に連れてきて叔父ほども歳の離れた男との結婚を強要した。
 結婚式の時のメルフェリーゼの顔を思い出せ。少しも幸せそうではなかった。あの目は、八年前にマーリンドに向けた目と同じだったじゃないか。

 こみ上げる嫌悪に、アウストルは床を殴りつけた。
 結婚式を挙げてしまった以上、もう取り返しはつかない。今さら結婚を取り止めて家に帰すなど、彼女を無為に傷つけることになってしまう。娘と引き換えに大金を手にした母親は、メルフェリーゼが帰って来るとなると、彼女を虐げるかもしれない。
 アウストルの思考を断ち切るように控えめなノック音がして、侍女が扉の隙間から顔を覗かせる。

「なんだ?」

 侍女はアウストルの荒れ具合にぎょっとしたようだが、すぐに気を取り直して表情を戻す。

「初夜の準備ができたことを、お伝えしに参りました」

 結婚式の後にすることといえば決まっている。メルフェリーゼはもう少女ではない。十八歳の立派な女性だ。世継ぎを産むことだってできる。
 もし、自分との間に世継ぎが産まれなかったら。マーリンドが次の国王に即位して、ロワディナが男児を産み、アウストルは用なしになったら。

 彼女を、無垢なまま解放することができるのではないか?

 メルフェリーゼに求められているのは、王位継承者を産むことだけだ。マーリンドが即位し、ロワディナが王位継承者を産めば、メルフェリーゼの役目はなくなる。制度上は彼女のほうから、アウストルに離縁を切り出すこともできる。
 ドゥアオロ王も高齢だ。上手くいけば、彼女が三十歳になるまでには解放してあげられるかもしれない。

 アウストルが手を出さなければ、彼女は男を知らないまま城を出られる。城を出たら、同い年くらいの男と結婚すればいい。本当に心から愛した男との間に子をもうけて、幸せに暮らしたらいい。
 メルフェリーゼに触れてはいけない。言葉を交わすのも、最低限にしたほうがいいだろう。夫婦仲が冷え切っているように見えたほうが、離縁の話も進みやすいし、いつまで待っても世継ぎが産まれる可能性がないことを周りに知らしめられる。

「初夜はいい」

 アウストルの言葉に侍女が戸惑いの表情を浮かべる。

「世継ぎに興味はない。分かったら、さっさと寝室を片づけてこい」

  侍女はなにか言いたげに口を開いたが、アウストルに睨まれて怯えながら部屋を後にした。


 それでいい。世継ぎなど望まない。メルフェリーゼに愛されることなど、望まない。

 彼女の幸せのために、俺はこの茨の道を選ぶ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。 だからこそ転生後に誓った―― 「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。 気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。 「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」 ――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。 なぜか気づけば、 ・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変 ・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功 ・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす ・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末 「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」 自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、 “やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。 一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、 実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。 「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」 働かないつもりだった貴族夫人が、 自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。 これは、 何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

【完結】平凡OL(β)ですが、同期の末っ子御曹司(α)に溺愛されています

神無月りく
恋愛
日本外食産業の一翼を担う『川嶋フーズ』で秘書としてOL黒田鞠花(くろだまりか)は、同期で社長令息の川嶋隼人(川嶋はやと)に入社以来恋に似た憧れを抱いていた。 しかし、そもそもの身分が違う上に自分はβで、彼はα。 ただの同期以上の関係になれないまま、五年の月日が流れた。 ある日、Ωのヒートに巻き込まれて発情した彼を介抱するため一夜を共にし、それがきっかけで両思いだったことが発覚して交際がスタート。 意外に庶民的でたまに意地悪なスパダリ彼氏に溺愛され、順調にデートを重ねて幸せな日々を送っていた鞠花だったが、自分の母親からαの交際を反対されたり、彼の運命の番を自称するΩ令嬢が登場したりと、恋路を妨げる波乱に見舞われるように…… ※ムーンライトノベルズ(小説家になろう)様で同一作品を連載中ですが、こちらが若干先行公開となっております。 ※一応R18シーンには☆マークがついています。 *毎週土日および祝日の不定時に更新予定(ただし、1月1日~5日までは連日更新)。

助けた騎士団になつかれました。

藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。 しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。 一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。 ☆本編完結しました。ありがとうございました!☆ 番外編①~2020.03.11 終了

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

セーブポイントに設定された幸薄令嬢は、英雄騎士様にいつの間にか執着されています。

待鳥園子
恋愛
オブライエン侯爵令嬢レティシアは城中にある洋服箪笥の中で、悲しみに暮れて隠れるように泣いていた。 箪笥の扉をいきなり開けたのは、冒険者のパーティの三人。彼らはレティシアが自分たちの『セーブポイント』に設定されているため、自分たちがSSランクへ昇級するまでは夜に一度会いに行きたいと頼む。 落ち込むしかない状況の気晴らしにと、戸惑いながらも彼らの要望を受け入れることにしたレティシアは、やがて三人の中の一人で心優しい聖騎士イーサンに惹かれるようになる。 侯爵家の血を繋ぐためには冒険者の彼とは結婚出来ないために遠ざけて諦めようとすると、イーサンはレティシアへの執着心を剥き出しにするようになって!? 幼い頃から幸が薄い人生を歩んできた貴族令嬢が、スパダリ過ぎる聖騎士に溺愛されて幸せになる話。 ※完結まで毎日投稿です。

老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。

ルーシャオ
恋愛
グリフィン伯爵家令嬢アルビナは実家の困窮のせいで援助金目当ての結婚に同意させられ、ラポール伯爵へ嫁ぐこととなる。しかし祖父の戦友だったというラポール伯爵とは五十歳も歳が離れ、名目だけの『白い結婚』とはいえ初婚で後妻という微妙な立場に置かれることに。 ぎこちなく暮らす中、アルビナはフィーという女騎士と出会い、友人になったつもりだったが——。

処理中です...