【完結】隣国の騎士と駆け落ちするために殺したはずの冷徹夫がなぜか溺愛してきます

古都まとい

文字の大きさ
上 下
6 / 39

2章(1)

しおりを挟む
 ユルハ王国にも、長い冬がやってきた。王国を取り囲む大河が凍ることはないため、冬でもさほど不便は感じないが、積雪量は多く、気温も低い。
 特に、隣国のツリシャ王国へと続く道は猛吹雪に見舞われやすく、冬にユルハとツリシャを行き来しようなどと考える人間はめったにいない。

 東方遠征に行ったアウストルも、雪が降る前にはユルハに帰ってくるとのことだった。
 その便りを受け取った時、メルフェリーゼは少しの嬉しさと戸惑いとがないまぜになった、複雑な感情に陥った。

 嬉しさはもちろん、アウストルが城に戻ってくることで城内の自分に対する扱いが改善することの嬉しさである。カイリエンという友を得てもなお、メルフェリーゼは城内でいないものとして扱われる自分の境遇に人知れず傷ついていた。
 アウストルが戻れば、少なくとも表立ってメルフェリーゼを邪険に扱う者はいなくなる。結局、第二王子の庇護がなければ生きてゆかれない自分に、苛立ちを覚えることもある。

 そして戸惑いは、アウストルが帰ってくると知った時の、自分の感情に対しての戸惑いだった。メルフェリーゼは便りを受け取った時、一瞬だけ思ったのだ。案外、帰ってくるのが早かった、と。
 それはアウストルがまだ帰って来なければいいのに、と思うことの裏返しだし、メルフェリーゼも薄々気づいていたのだ。アウストルが帰って来れば、今のように自由にカイリエンと会うことはできなくなることに。

 メルフェリーゼとカイリエンの間には、友人関係以上のものはない。二人はまるで触れ合うことを避けるかのように、一度近づいたら取り返しがつかなくなるとでもいうかのように、寸分の狂いもなく友人であることに徹した。
 お互いの国の話をし、一緒に食事を取り、愛称で呼び合う仲だけれど、そこに横たわる大きな一線を、二人は決して踏み越えなかった。
 いつ帰って来るかも分からないアウストルの存在が、メルフェリーゼを踏みとどまらせていたのは言うまでもない。

 メルフェリーゼはこの日、六度目のため息をついた。本のページをめくる指も止まる。

「メルは、なにか悩みごとでもあるのか?」

 メルフェリーゼの朗読に耳を傾けていたカイリエンが、包帯に覆われた目でメルフェリーゼのほうを見ようとする。
 カイリエンの傷はほとんど癒えたものの、日中の光は傷ついた目には刺激が強すぎるということで、昼間は包帯を外せずにいた。オイルランプの灯りも消える夜更けにカイリエンの部屋を尋ねるわけにもいかず、メルフェリーゼはカイリエンの瞳の色を知らず、またカイリエンもメルフェリーゼの顔を知らずじまいだった。
 メルフェリーゼは本を閉じて、カイリエンに向き直る。

「アウストル様が、そろそろ東方遠征から帰られるそうなの」
「そうか……冬の間は、ずっと城にいるんだろ?」
「ええ、そのはずよ」

 メルフェリーゼは答えながらも、自分の気持ちがどんどん沈んでいくのを感じずにはいられない。アウストルが帰って来る件もあるが、メルフェリーゼにはもっと大事な、カイリエンに聞かなければならないことがあった。

「ねぇ、カイ」

 メルフェリーゼの呼ぶ声に不安を感じ取ったのか、カイリエンもベッドの上で姿勢を正す。

「あなたが、ツリシャに帰る日は決まったの?」

 カイリエンにはそろそろ、故郷であるツリシャ王国に帰るという話が持ち上がっていた。傷の経過が良く、ツリシャ王国側が片目を失ったカイリエンを王国軍の教官として再任用するため、なるべく早く帰国させて欲しいと要求してきたこともその一端だった。
 カイリエンが国に帰れば、二人の関係も終わる。この部屋だけの友人関係は幕を下ろし、後には近衛兵と王子妃の肩書きだけが残る。メルフェリーゼはまた、夫であるアウストルには見向きもされず、周りに嘲笑されながら城の中で老いていくだけの日々に戻る。
 カイリエンは探るような手つきで、メルフェリーゼのほうへ手を伸ばした。その指がメルフェリーゼのやわらかな毛先に触れ、カイリエンは髪をたどって彼女の頭にぽんと手を置く。

「この冬は、ユルハで越すことになった」

 思いがけない言葉に、メルフェリーゼの目が見開かれる。もうすぐ去っていってしまうものだと思っていたカイリエンは、まだここにいる。少なくとも、雪解けまでは、ユルハにいるのだ。

「本当に? 本当に冬の間、ここにいるの?」
「ああ、帰るのは春になってからだ。王国軍側とも、話はついている」

 じわじわと喜びがわき上がり、同時に昏い感情が胸の中で首をもたげる。

 アウストルさえ、いなければ。自分を縛りつける、王子妃という肩書きがなくなれば。

 メルフェリーゼは自分の奥からわいてきた情念の醜さに、ぶるりと身震いした。
 自分はいつから、こんなふうにひどいことを考えるようになってしまったのか。アウストルが、自分の夫がいなくなってしまえばいいだなんて、妻が考えていいことじゃない。

「メル? 大丈夫か?」

 黙り込んでしまったメルフェリーゼの様子を窺うように、カイリエンがそっと声をかけてくる。メルフェリーゼは彼に悟られないように少しはにかんで「大丈夫」と呟いた。
 カイリエンはメルフェリーゼの答えに安心したように、彼女の艷やかなブロンドの長髪を撫でた。

 カイリエンの目が見えていなくてよかった。
 きっとアウストルのことを考えている自分は、ひどく醜い顔をしていたと思うから。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

処理中です...