【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい

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エピローグ

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 あまねがすべての事情を打ち明け、会社をあっさりと辞めてから、またたく間に二ヶ月が経った。
 まことは周が本当のことを話したことで処分を免れ、二週間の自宅謹慎の後、職場で復帰することが認められた。会社の人間ははじめから誠がパワハラなどするはずがないと思っていたようで、復帰に際してあらぬ噂を流されることも、職場での居心地が悪くなることもなかった。ただひとつ変わったことがあるとすれば、周の席が空白になったことくらいだ。
 会社で周に会うことはなくなったし、周はもはや誠の部下ではない。しかし――。

「おはよう、誠さん」

 出社前の誠を玄関で出迎えた一人。朝帰りの周だ。

「お前……また朝まで呑んできたのか?」

 周の顔はほんのりと上気し、朝だというのにアルコールの臭いが色濃く残っている。

「アフターが長引いちゃってさ……誠さんはこれから仕事?」
「ああ、今日も仕事だよ。朝飯食うなら冷蔵庫に入ってるから」
「やだな、寝る前に食べたら太りそう」

 周はそういってはにかんだ。重たい前髪も、顔色を隠すようにかけられていた黒縁眼鏡もない。センター分けにされた前髪は少し乱れているが、No.1ホスト天音あまねとしての彼がそこにはいる。これが周の本当の姿なのだと気づいたのは、彼がなんの未練もなく会社を辞めた時だった。
 周は陰気な会社員よりも、きらびやかな世界に君臨するホストを選んだのだ。会社を辞め、天音として生きていくことに決めた周は、より一層売り上げを伸ばした。週末だけだった出勤が平日にも増え、店には天音の姿を一目見ようと連日、人が押しかけているらしい。

 朝出勤して夜には帰ってくる誠。夜に出勤して朝には帰ってくる周。必然的に、すれ違いが生まれる。お互いの仕事のこともあり、時間の溝だけがどうしても埋められない。そんな時、周が言ったのだ。「いつでも会える距離にいたらいい」と。
 周が誠の借りている2LDKのアパートに転がり込むようにして、同棲生活は幕を開けた。たしかに、わずかだが毎朝顔を合わせる時間はある。誠が定時で帰った時には、出勤前の周に会えることもある。お互いの寝顔ばかり見る生活に慣れたとは言いがたいが、離れて住むよりはよほど近くに存在を感じることができた。

 周の手が誠のネクタイを捉える。毎朝の儀式のように、導かれるまま、誠は周と唇を重ねた。
 アルコールと煙草の味がする、夜の口付けを朝日が降り注ぐ玄関でしている。倒錯的な歓びが身体を満たす。

「僕、今日休みなので」

 唇を離した周が、耳元で囁く。

「一緒に夜ふかししてくれますよね?」

 カッと顔に血が集まる気配がした。周の手からネクタイを引き抜き、両手で頬を叩く。
 これから会社に行く人間に向かって、なんてことを言うんだこいつは。
 誠は忍び笑いを漏らす周の横をすり抜け、玄関のドアを開けた。眩しいほどの朝日が顔面に照りつける。火照りを無視し、誠は手を振る周を振り返った。

「気が向いたらな」

 周の顔がくしゃりと歪む。子どものようにあどけなく、甘い笑みを見ながら誠は通勤路へと踏み出した――。






―完―
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