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第2話
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なぜ男二人でホストクラブなどに行かなければならないのか、という問いは誠の口からこぼれ出ることはなかった。
圧倒されたのだ。その、自分とは一生縁がないと思っていた華やかで、きらびやかな世界に。
「サラリーマンの間でホストクラブに行くのが流行ってるんだよ。同性が自分の話を真剣に聞いて、褒めてくれるのも悪くないもんだろ?」
店に入る前、梶山は恐る恐るといった様子でホストクラブの扉に手をかけながら言った。あとはもう、身の流れるままに漂うしかなかった。受付にいた若い男の子は、男二人の来店だというのに顔色ひとつ変えずに応対してくれる。梶山の言うように、男でもホストクラブへ来る人間がいるのだろうか。
店内は黒と白のインテリアで統一されているが、ところどころに差し色のように赤い造花や一人がけの赤いソファが置かれている。高すぎる天井から吊り下がったシャンデリアがフロアをまばゆいほどに照らしていた。
案内されるままに、ボックス席のひとつに腰掛ける。時刻は二十時をすこし過ぎた頃で、店内に客はそれほど多くはない。通路を行き交うホストと思わしき男性の姿を見るたびに、誠は内心ため息をもらした。誰も彼もが皆、整った顔立ちをしている。髪はワックスで綺麗に整えられ、うっすらと化粧をしているのか、肌は陶器のようになめらかだ。一人一人じっくり見ると、タイプは違うものの、女性の考える理想の男性像がそこには映し出されているような気がした。
「あれ? お兄さん二人組? 珍しいっすね」
爽やかな声に、誠はきょろきょろとさまよわせていた視線を一点に向けた。センター分けにされた前髪が、さらりと揺れる。ぱっちりとした二重の瞳で、男は誠と梶山を交互に見た。
男が着ているスーツは、海外のオーダーメイドブランドのものだ。かなり値の張るものだったと記憶しているが、ホストというのはそれほど稼げる仕事なのだろうか。誠はそれよりも、その高級スーツを完璧に着こなしている本人に驚いた。スーツを着慣れない人間というのは、一目で見てわかる。スーツが体から浮き、「スーツを着ている」のではなく、「スーツに着られている」印象が強く出るのだ。
営業職という仕事柄、多くの人間のスーツ姿を目にするが、自分に似合わないスーツを無自覚に着ている人間も多い。しかし、目の前の男はスーツに着られているのではなく、しっかりとスーツを自分の体の一部のように着こなしていた。しかもそれが嫌味ではないのだ。あくまで自然に、ハイブランドを着こなしている。
誠は初めて間近で対面するホストにポテンシャルの高さに驚かされ、しばらくは声を上げることもできずにその姿をただ見つめていた。
「お兄さんたち、初回ですよね? 鏡月なら無料で飲み放題ですけど」
男が自然な動作で誠の隣に腰を下ろす。男が動くと、ほのかに花のような、石鹸のような清潔で甘い香りがした。
「ソーダ割りにしようかな……村谷、お前は?」
梶山の声で我に返る。
「……俺も、同じもので」
隣に腰掛けた男はにっこりと笑うと、よく通る澄んだ声でオーダーを告げた。そして懐から名刺らしき長方形の紙を取り出す。黒い紙に白抜きで名前が書かれた名刺は、縁が金色に加工されていて高級感がある。誠が日々の仕事で配り歩いている名刺とはきっと単価も目的も違うのだろう。
「僕、天音っていいます。今夜だけでもよろしく、お兄さんたち」
天音と名乗った青年の顔をまっすぐ正面から見つめる。つい、いつもの仕事の癖が出て、反射的に両手でそっと名刺を受け取ると、天音は「仕事じゃないんだから」とひそやかな笑い声を上げた。見た目は誠よりもかなり幼く見えるが、喉の奥から響いてくる、不思議と深みのある声だった。
どこかで彼の顔を見たことがある……そう思ったが、その理由はあっさりと判明した。受付を入ってすぐのところに、天音の顔写真が飾られていたのだ。受付に面した通りには店に在籍するホストたちの顔写真がずらりと並べられていた。天音の写真は店に入ってすぐのところに飾られてあったはずだ。一度見た人の顔をきちんと記憶しておけるのも、職業病的なものだろう。
「今日はなんでうちに来ようと思ったんすか?」
鏡月のソーダ割りを飲みながら、天音がフラットな調子で尋ねてくる。誠は答えに窮し、ちらりと梶山のほうを見た。元はといえば、誠は梶山に連れて来られたのだ。一人なら絶対にこんなところには足を踏み入れていない。
「いや、まあ……なんて言うんですかね、ちょっと興味があったっていうか」
当の梶山も変に緊張しているのか、やたらと酒を流し込みながら言った。
「じゃあ梶山さんも、村谷さんも、ホスクラに来るの自体初めて?」
天音に問われて、二人そろっておごそかにうなずく。彼は二人の緊張を解くように、ふんわりと微笑んだ。子犬のような人懐っこい、甘い笑みに目を奪われる。同性である自分から見ても天音はかなり魅力的な男性だ。これは女性が放っておかないだろう。
「天音、さんは……」
「天音でいいっすよ」
やんわりと、それでいてごく自然に天音は誠の言葉を遮った。手の中のグラスに目を落とし、呼吸を整える。
なんでこんなに緊張しているんだ? たかが、若い男の子とすこし酒を飲んで話すだけだというのに。
「天音ー! 姫が呼んでるぞー」
はっと顔を上げた時には、天音はすでに席を立っていた。
「すみません、呼ばれたので行ってきます」
そう言って、天音はやけに含みのある笑みを見せた。その顔を、誠はどこかで見たことがある。
「僕、実はここのNo.1ホストなんすよ」
小さく手を振って去っていく天音の後ろ姿を見ながら、梶山が「売れっ子は違うな」とつぶやいた。
ぱっちりとした二重に、艶のある黒髪。女好きのする甘い笑みに、人の心を溶かす、柔らかな声。けれど、いくら記憶を辿っても誠は彼の姿をどこで見たのか、思い出すことはできなかった。
圧倒されたのだ。その、自分とは一生縁がないと思っていた華やかで、きらびやかな世界に。
「サラリーマンの間でホストクラブに行くのが流行ってるんだよ。同性が自分の話を真剣に聞いて、褒めてくれるのも悪くないもんだろ?」
店に入る前、梶山は恐る恐るといった様子でホストクラブの扉に手をかけながら言った。あとはもう、身の流れるままに漂うしかなかった。受付にいた若い男の子は、男二人の来店だというのに顔色ひとつ変えずに応対してくれる。梶山の言うように、男でもホストクラブへ来る人間がいるのだろうか。
店内は黒と白のインテリアで統一されているが、ところどころに差し色のように赤い造花や一人がけの赤いソファが置かれている。高すぎる天井から吊り下がったシャンデリアがフロアをまばゆいほどに照らしていた。
案内されるままに、ボックス席のひとつに腰掛ける。時刻は二十時をすこし過ぎた頃で、店内に客はそれほど多くはない。通路を行き交うホストと思わしき男性の姿を見るたびに、誠は内心ため息をもらした。誰も彼もが皆、整った顔立ちをしている。髪はワックスで綺麗に整えられ、うっすらと化粧をしているのか、肌は陶器のようになめらかだ。一人一人じっくり見ると、タイプは違うものの、女性の考える理想の男性像がそこには映し出されているような気がした。
「あれ? お兄さん二人組? 珍しいっすね」
爽やかな声に、誠はきょろきょろとさまよわせていた視線を一点に向けた。センター分けにされた前髪が、さらりと揺れる。ぱっちりとした二重の瞳で、男は誠と梶山を交互に見た。
男が着ているスーツは、海外のオーダーメイドブランドのものだ。かなり値の張るものだったと記憶しているが、ホストというのはそれほど稼げる仕事なのだろうか。誠はそれよりも、その高級スーツを完璧に着こなしている本人に驚いた。スーツを着慣れない人間というのは、一目で見てわかる。スーツが体から浮き、「スーツを着ている」のではなく、「スーツに着られている」印象が強く出るのだ。
営業職という仕事柄、多くの人間のスーツ姿を目にするが、自分に似合わないスーツを無自覚に着ている人間も多い。しかし、目の前の男はスーツに着られているのではなく、しっかりとスーツを自分の体の一部のように着こなしていた。しかもそれが嫌味ではないのだ。あくまで自然に、ハイブランドを着こなしている。
誠は初めて間近で対面するホストにポテンシャルの高さに驚かされ、しばらくは声を上げることもできずにその姿をただ見つめていた。
「お兄さんたち、初回ですよね? 鏡月なら無料で飲み放題ですけど」
男が自然な動作で誠の隣に腰を下ろす。男が動くと、ほのかに花のような、石鹸のような清潔で甘い香りがした。
「ソーダ割りにしようかな……村谷、お前は?」
梶山の声で我に返る。
「……俺も、同じもので」
隣に腰掛けた男はにっこりと笑うと、よく通る澄んだ声でオーダーを告げた。そして懐から名刺らしき長方形の紙を取り出す。黒い紙に白抜きで名前が書かれた名刺は、縁が金色に加工されていて高級感がある。誠が日々の仕事で配り歩いている名刺とはきっと単価も目的も違うのだろう。
「僕、天音っていいます。今夜だけでもよろしく、お兄さんたち」
天音と名乗った青年の顔をまっすぐ正面から見つめる。つい、いつもの仕事の癖が出て、反射的に両手でそっと名刺を受け取ると、天音は「仕事じゃないんだから」とひそやかな笑い声を上げた。見た目は誠よりもかなり幼く見えるが、喉の奥から響いてくる、不思議と深みのある声だった。
どこかで彼の顔を見たことがある……そう思ったが、その理由はあっさりと判明した。受付を入ってすぐのところに、天音の顔写真が飾られていたのだ。受付に面した通りには店に在籍するホストたちの顔写真がずらりと並べられていた。天音の写真は店に入ってすぐのところに飾られてあったはずだ。一度見た人の顔をきちんと記憶しておけるのも、職業病的なものだろう。
「今日はなんでうちに来ようと思ったんすか?」
鏡月のソーダ割りを飲みながら、天音がフラットな調子で尋ねてくる。誠は答えに窮し、ちらりと梶山のほうを見た。元はといえば、誠は梶山に連れて来られたのだ。一人なら絶対にこんなところには足を踏み入れていない。
「いや、まあ……なんて言うんですかね、ちょっと興味があったっていうか」
当の梶山も変に緊張しているのか、やたらと酒を流し込みながら言った。
「じゃあ梶山さんも、村谷さんも、ホスクラに来るの自体初めて?」
天音に問われて、二人そろっておごそかにうなずく。彼は二人の緊張を解くように、ふんわりと微笑んだ。子犬のような人懐っこい、甘い笑みに目を奪われる。同性である自分から見ても天音はかなり魅力的な男性だ。これは女性が放っておかないだろう。
「天音、さんは……」
「天音でいいっすよ」
やんわりと、それでいてごく自然に天音は誠の言葉を遮った。手の中のグラスに目を落とし、呼吸を整える。
なんでこんなに緊張しているんだ? たかが、若い男の子とすこし酒を飲んで話すだけだというのに。
「天音ー! 姫が呼んでるぞー」
はっと顔を上げた時には、天音はすでに席を立っていた。
「すみません、呼ばれたので行ってきます」
そう言って、天音はやけに含みのある笑みを見せた。その顔を、誠はどこかで見たことがある。
「僕、実はここのNo.1ホストなんすよ」
小さく手を振って去っていく天音の後ろ姿を見ながら、梶山が「売れっ子は違うな」とつぶやいた。
ぱっちりとした二重に、艶のある黒髪。女好きのする甘い笑みに、人の心を溶かす、柔らかな声。けれど、いくら記憶を辿っても誠は彼の姿をどこで見たのか、思い出すことはできなかった。
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