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吸血姫

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『わ、私は大丈夫ですから……逃げて……ください……』

 その姿の何処を見たら、大丈夫だって信じられると思えるのか。その腹腔を貫いている、男の手が引き抜かれ止め処なく流れ落ちる血。しかし、きれいな顔を苦しげな表情に歪みながらも、青い瞳をそらさず、俺に逃げろと語り続ける。

 そんな彼女を目の前の男は、左手を振り彼女を石のベットから弾き飛ばす。身長2mはありそうな黒衣の男。浅黒い肌の冷酷そうな笑みを浮かべているクソ野郎、髪から伸びているのは二本の角か? どちらにしても判る、これは敵だ。

『どうした、人間ゴミ。俺が、俺の物にどうしようが、俺の勝手だろう』
『私は、貴方の物ではありません、グリモス』
『自分の力も扱えず、廃嫡された吸血姫が一人前の口を聞くじゃないか。まあ問答はあとだ』

と、こちらに向き直るグリモスという男。
『興がのって、ついゴミに話しかけてしまったが。おい、扉を守っていたレイスはどうした?』
レイスってあの半透明か? アレの仲間だというなら、あの光はあいつにあれだけ効いたんだ、このクソ野郎にも隙を見て叩き込んでやる。俺はそう覚悟を決め、その隙を待つ。

『ゴミが、この俺を無視するとは良い度胸だな。まあいい、もともとゴミ掃除の予定で来たんだからな』
と、こちらに歩いてくるグリモス。彼女を貫いた長い爪を持つヤツの右手が無造作に振り上げられる。
『やめなさい……やめてっ!! グリモス』
彼女のその叫びに、グリモスはその浅薄そうな笑みを浮かべながら、右手を振り下ろす。

くそ、舐めるなよ!!

「光よ!!」
右手を伸ばし俺は喉が張り裂けそうなくらい叫んだ、その手の先から弾ける光。

『ぐぉああああっ』
全身から、煙を上げながら後ろによろけるグリモス。ざまーみやがれ。

『きゃあああああああ』
という声に、目を向けると彼女の腕や足が白い煙があがっている。さっきより彼女の顔が苦痛に歪んでいる。まずい、こんなに広範囲に効果があると思ってなかった、しかもなんか目の前のグリモスよりダメージが深そうだ……。

『私の……ことは……気になさらないで……とどめを』
「そんな事できるかっ」
グリモスが顔を抑えてうめいているので、俺は崩れ落ちている彼女に駆け寄った。

 彼女の手足は光に焼かれてしまったのか、焼けたただれてまだ煙を上げている。くそ、あんなに綺麗な肌だったのに……。もう起き上がる力も、こちらを向く力もないようで荒い息を吐きながら、天井を向いている。
『私は……いいんです……、捨てられた身です……ですから……』
「俺のせいでこんなケガしてるのに、見捨てられるもんか」

とふと、さっきのグリモスと彼女との会話を思い出す。
「君、吸血鬼なのか?  ……なら俺の血を吸ってくれ、そうしたら治るんだろ?」
昔読んだラノベでは、よく吸血鬼が血を吸って回復していたのを思い出した。彼女がそれと似たような物ならば、今より状態が良くなるに違いない。

『嫌、嫌です!! 血を吸ったら、私はあなたを壊してしまう……そんなの望んでないのに……血を吸うなんて嫌なのに……』

 嫌がってるけど、治るのは否定してないな。壊れるとか言ってるけど、このまま彼女を失ったら俺の心の方が壊れてしまう、そんな確信があった。

 俺はそこに転がっていた、鋭い先を持つ石で手の平を切り裂いた。くそ、マジで痛い。そしてぽたぽたと落ちる血を彼女に近づける。

『イヤ、イヤなの……飲みたくない、壊したくない!!』
といやいやとその零れる血から顔を背ける彼女。くそ、こうなったら。さっきのお返しだから文句は聞かない。おれは自分の血を口でなめとって、そのまま覆いかぶさって彼女と唇を合わせる。そして彼女の口腔に流し込んだ。

 もがいていた彼女の瞳が見開かれて、青い綺麗なブルーだった瞳が目の前で金色の輝く瞳に変わっていくのを見た。彼女の舌が俺の口の中にねじ込まれて余すことなく血をなめ取られる。

 ちゅるんと音を立てるように離れた彼女は、先ほどとはまったく違った妖艶な笑みを浮かべ、そしてその細腕からは信じられない力を発揮して、俺を押し倒した。そして俺の上にまたがってくる彼女。
「元気よくなったようだね……良かった」
なんか元気になりすぎだろうとは思ったけど、これで終わりじゃなかったようだ。彼女の口がひらかれ、長く伸びた八重歯が見えた。その唇が、俺の首筋に向ってくるのは必然であった。

 プツンという痛みが一瞬走り、俺の首から彼女がちゅっちゅっと音を立てて血を吸っているのが判る。これは採血とは違った感じだなあ……。
 あの八重歯の先から吸われるのかと思っていたが、あの八重歯で傷つけた血管から染み出てくる血を舐めとっていくような感じなのか。彼女の唇や舌で、首筋を丹念に舐られる。これは不味いいろんな意味で。

 なによりまずいのは彼女の動きだ。俺の腰の上にまたがって、そこから覆いかぶさって首筋を舐められる。艶かしく動く彼女の肢体と首筋に吸い付かれる感触、まずい、不味すぎる。

『ぐぅぅ、人の目の前で不義を行なうとは、この恥ずべき淫売め。もうよい、その間男と共に……』
『煩い……』
顔を上げた彼女がその金色の瞳を向けると、グリモスは黒い炎を吹き出して燃え上がった。

『この、炎熱のグリモスを……この俺を燃やすというのか……なんという……』
一際大きな炎が上がったかと思うと、パラパラと落ちる燃えカスのようなものを残してグリモスは消え去った。その下にまた宝箱みたいなものが生えてきたけど、それに近寄ることはできなかった。

 彼女はまた金色の瞳をこちらに向けて……あ、そうですね、やっぱりまだ終わらないらしい。彼女は、また俺の首筋を念入りにねぶる作業に戻るのだった。
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