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第一部 旅立ち
異世界の常識
しおりを挟む次の日の朝、エリーやアマンダが見送る中、僕とアイリは旅立った。
アマンダからは、冒険者時代に使っていたダマスカス鋼の剣を貰っている。
この剣はアマンダにとっても思い出の品らしいので、出来る限り事が成ったら返しに来るようにと言われた、謂わば約束手形の代わりである。
「みんな、見えなくなっちゃったね」
僕の横でアイリは街の方を振り返りながら呟く様に言った。
「寂しかったらアイリだけでも戻っても良いんだよ?」
「な!寂しくなんかないもん!ちょっと感傷に浸っていただけです~」
そう言ってアイリは僕に悪戯っぽい表情で舌を出してきた。
そんな仕草だけでも本当に可愛いので、僕としては毎回ドキッとしてしまいそうだ。
「それは置いといて、まずはどこに向かうの?」
そういうと、僕が持っている地図を横から覗いてきた。
「ん~そうだな。とりあえず国境の町を目指そうかと思っているんだ。後は途中で魔物を退治して素材を集めて路銀も手に入れないとね」
僕はそう言ってなけなしの路銀の入ったポケットを叩いてみせた。
この路銀は、孤児院でシスターや神父たちが貯めてくれていたお金だ。
一応成人した全員に祝い金として少しずつ支払われる様になっている。
ちなみに、お金の単位は金、銀、銅の三種類で、それぞれ100倍で換金できる。
銅100=銀1といった感じだ。
ちなみに銅1枚だと水しか買えない。
僕らが貰ったのは、銀3枚と少し多めである。
シスター以外にもカイン達が少しずつ旅の足しにと集めてくれたのだ。
「それもそうだね。今のお金じゃ1週間で無一文だもんね……」
「先立つものが無ければどうしようにも無いって事だね」
そんな事を2人で話しながら道を進んでいると、少し先の方に魔物が見えたのだった。
僕らが気づくのと同時に向うも僕らに気付いたようでこっちに向かって走ってくるのがわかった。
「アイリ、構えて、敵が来たよ」
そう言って僕は、アマンダからもらったダマスカス鋼でできた剣を抜いて構えた。
「あ、本当だ。けどこの距離なら私の矢が当たるんじゃない?」
そう言ってアイリは矢を番えて、狙いを定め始めた。
魔物がこちらに向かって一直線に走ってきて、後30メートルという所で、アイリは構えていた矢を放った。
矢は真直ぐに飛んでいき、こちらに向かって走ってくる魔物の眉間に突き刺さった。
矢の突き刺さった魔物は暫く走っていたものの、どうやら力尽きたのか、勢いそのままに転倒して、止まった。
「お見事、一発で頭に当てたね」
「これぐらい当たり前よ。私を誰だと思って?」
僕が褒めると、アイリが悪乗りしてお嬢様風に返してきた。
アイリの矢で射抜かれた魔物は、「デビルキャット」という猫型の魔物だった。
この魔物は、集団で襲ってくると厄介だが、単体で来る分には小型で非力なので、そこまでの脅威ではない。
とは言え、動いている的のど真ん中を射抜いたアイリの腕前は流石と言うべきだ。
僕もこの世界に来て練習し始めたが、動かない的でも全く当たらず、アマンダからも「弓矢は諦めろ」と通告されたくらいだ。
それを思えば天と地ほどの差があると言って良いだろう。
「さてと、デビルキャットの回収素材は、なんだっけ?」
「デビルキャットは心臓の魔石よ。小さいものだから高くは無いけど、それでも銅10枚の値が付くわよ」
アイリはそう言って、無い胸を反らしながら先生の様に人差し指を立てて説明していた。
「銅10枚か、僕らの今日の食費くらいだね」
「食費も、もう少し節約できたら良いんだけどね」
「それは、無理じゃないかな?食べる事が半分仕事になっちゃったからね」
この旅を始める前に2人で話し合った事の1つだ。
食事は出来る限り手を抜かず、しっかりととる事、「腹が減っては、戦は出来ぬ」という奴だ。
僕がそう言うと、アイリは渋々と言った様子で納得してくれた。
デビルキャットの魔石は丁度心臓の辺りにあるので、解体をしないといけない。
ちなみに肉や毛皮は臭くてとてもじゃないが売り物にならないらしい。
デビルキャットの解体はすぐに終わった。
何せ体が小さいのと、鱗の様な硬い物が全くないからだ。
デビルキャットの体は小さく、毛皮に覆われた普通の猫と大差のない外見なのだ。
唯一の違いは、額に目があり、三つ目だということくらいだ。
「ひゅ~るるんるん、ひゅ~るるんるん♪」
僕が鼻歌を歌いながら歩いていると、アイリが変な顔をして僕を見てきた。
「また向うの『歌』とかっていうやつ?」
「ん?あぁ三つ目を見てたらちょっと思い出しちゃってね」
僕がそう言うと、アイリは「ふ~ん」と興味を無くしたのか、前を見て歩き始めた。
その後も、飛び飛びではあるが、三つ目の少年のアニメのテーマ曲を1人でうたって歩いた。
デビルキャットを倒してから三時間程度歩いたところで、やっと次の街に辿り着く事ができた。
まだ日はそこまで傾いていないが、今日はここで一晩を過ごす事になる。
その理由としては、次の街まで行こうと思うと、軽く一日かかるからだ。
なので、今日はどんなに早くてもここで一泊して、早朝に出発する計画を立てていた。
「街に着いたね~以外に近いんだね」
「まぁここは僕らの居た所から半日で着ける場所だからね。とりあえず、換金所に行って素材を現金にしてしまおう」
そういって、僕らは街の素材屋に行った。
この素材屋というのは、その名の通り素材を売っている場所だ。
魔物、動物、木材、石材と素材と名の付く物なら何でも取り扱っている所謂便利屋だ。
もちろん素材の買い取りもしてくれる。
「いらっしゃい」
僕らが店に入ると、奥からドスの効いた声が聞こえてきた。
「素材の買い取りをお願いしたいのですが……」
僕がそう言って店主の近くに行くと、彼は見上げるほどの大男だった。
「あん?素材の買い取りかい?何の素材だ?」
そう言われて僕は、ハッと我に返ってカバンからさっき取ったデビルキャットの魔石を渡した。
魔石を受け取った店主は魔石を虫眼鏡の様なレンズで見てから値段を言ってきた。
「デビルキャットの魔石か……傷もないし、欠けも無いからまぁ銅11枚だな」
「それじゃ、それでお願いします」
僕がそういうと、店主は店の奥の金庫からお金を出すと、僕に渡してきた。
「ほれ、銅11枚だ」
そう言って渡されたのは、どう見ても、銅9枚だった。
「ちょっと、おじさん、支払いを誤魔化さないでくれる?これ9枚しかないじゃない」
アイリが僕の横から銅を見て枚数の違いを指摘すると、店主は「ちっ!」と舌打ちをしてまた後ろの金庫から残りの2枚を出してきた。
「すまんな、少し見え辛くて間違えたよ」
明らかにわざとであるが、この世界ではよくある事だ。
騙される方が悪く、騙す方が悪いとはならないのだ。
店を出たアイリは、かなりご立腹だったらしく、店の扉を力いっぱい閉めていた。
「もぉ~なんなのよあの店主!絶対わざとじゃない!舌打ちしたのよ、舌打ち」
「まぁまぁ、結果として騙されなかったんだから良かったじゃないか?それに彼と喧嘩しても僕らには良い事も無いから放っておくのが一番だよ」
そう言って、アイリをなだめながら今晩の宿を探すのだった。
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