オルレンシア復興記

リューク

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亡国の王子

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王国暦512年

 俺は目の前で父を殺された。
 それも俺と大して歳の変わらない少女にだ。
「父上! 父上ぇ!」
「王子! 危のうございますからお下がりください!」
「馬鹿を申すな! 父上が、父上が倒れられたのだぞ!」
「だからです! 貴方様にまで危害が及べば、我らは祖先に顔向けできませぬ!」

 俺はそう言って、爺やに留められ、騎士達に体を抱え込まれ引きずられた。
 目の前に父の仇が居るのに何もできず。
 ただひたすらに俺は逃げるしかなかった。


数時間前

 王都イグナシオに突如として魔術攻撃が開始された。
 先年から急速に関係が悪化した隣国クリストフ帝国が首都にまで来たのだ。
 イグナシオは三方をそれぞれ崖と河と谷に囲まれた天然の要塞となっており、難攻不落を謳われた城である。
 その為、敵も完全に包囲する事はできておらず、各所に逃げる手段があった。
 そして、防衛するにも一か所のみを集中して守ればよく、守るに易く攻めるに難い。
 そんな事もあり、騎士王と言われた我が父は地の利を頼って籠城を選択した。
 攻めにくい地形であり、こちらが防御を固めておけば、敵は兵糧不足により撤退するはずだったのだ。

「我が息子アリューゼ、これより籠城戦を開始するが、その上で大切な事はなんだ?」
「はっ! 籠城をする場合に大切なのは、兵の士気、食糧そして援軍です」

 俺の答えに満足したのか、父は頷きながら話し続けた。

「では、今回の籠城で欠けている援軍をどのように補う?」
「はっ! 今回は援軍が無いので亀のように出ないで守り続けます」
「その心は?」
「……敵の兵糧切れを待つ? だと思います」
「うむ、その通りだ。では、どれくらいで敵の兵糧は尽きよう?」
「はっ! 兵の数が約5万と推定されますので、これまでの情報から考えて持って1ヶ月かと」

 そこまで問答すると、父は大きく頷いて戦場へと眼を移した。

「……そう、数の上では2万対5万。されど敵の様子がどうも気になる」
「とおっしゃいますと?」
「敵はもしかしたら軽く10万を越えているのではなかろうか?」
「…………」

 俺には、父が何を言いたいのかが分からず、答える事ができなかった。
 確かに父の心配は分かるのだ。
 最初こそ1000にも届かない軍勢が、一気に領内の2.5倍くらいの量だ。

「父上は考えすぎですよ」
「油断は足元をすくわれる。アリューゼお前もそれがわからん訳ではあるまい?」

 そう言われると、俺は返す言葉が無かった。
 俺としては、父に少しでも気を紛らわせてほしいと思ったのだが、如何せんこの状況である。
 楽観的な予想は、俺達の命を軽くしてしまう。

 それから暫くは、門の前での小競り合いに終始していた。
 そう、終始していたはずなのだ。
 突如王城内で爆発が起こり、それと同時に魔物が城内に侵入を始めるまでは。

「ご注進! 敵は城内に侵入! 経路は地下道との事です!」
「ッ!? 地下道だと!?」
「まさかあんな所をですか!? とてもじゃないが人が通れる場所では……」

 俺達が驚いた地下道とは、地下水脈とつながる断崖絶壁でとてもでは無いが人の登れる場所ではない。
 そんな俺と父の驚きに対して、報告に来た兵は落ち着いて話し始めた。

「それが襲撃してきたのは魔物です! 敵と呼応するように中小型の魔物が大量に入り込んでおります! また、その中に一体人型の者が混ざっておりその者が指示を出して戦果を拡大しております」
「人型だと?」

 魔物の多くは人型ではなく獣型である。
 特に中小型の魔物で人型と言えば、低脳なゴブリンくらいだが、奴らが他の魔物を指揮して動くと等できない。
 それ以外の人型で指示を出せるとなるとデーモン以上の強力な個体か、魔王クラスのものになる。
 ただ、魔王クラスは個体数が片手で数えられるくらいなので、そう簡単には出てこない。

「とりあえず、その場に戦力を集めよ! 侵入した敵を徹底的に圧殺しろ! 儂もそこに行く!」

 父の冷静な判断で兵達は混乱から回復し始めた。
 敵が出た箇所は、城の西側の城壁近く。
 この場所は唯一外から入ってくる水の抜ける場所であり、王都にとっても重要な場所だった。
 俺と父が襲撃現場に到着すると、城壁近くに大きな穴があり、敵が大量に侵入してくるのが見えた。

「敵は雑魚が多いぞ! 数は多いが恐れるな! お前たちは儂が直々に鍛え上げた兵達だ! 勝てるぞ!」

 父の鼓舞に兵達は皆雄叫びを挙げて応えた。

「おぉぉぉ! 我らが王のお出ましだ! お主等負けてはならぬぞ!」
「うぉぉぉぉぉ!」

 士気の上がった兵達は一斉に魔物の集団へと襲い掛かった。
 魔物たちは数こそ多いが、中小型が主流で、手強いものでもワーウルフくらいのものだった。

「父上、敵に指揮官らしき者が見当たりませんが?」
「うむ、どうやら儂に用があるようだ」

 顎をしゃくって父が指し示した方に、1人の人型が居た。
 フード付きのコートを頭から被り、ゆっくりとこちらへと進んできた。
 兵と魔物がぶつかり合う中をまるで無人の野の如くゆっくりと、しっかりとした足取りで向かってくる。
 そう、あの人と魔物が混在した中を〝体をぶつけずに〟歩いてくるのだ。
 並みの体運びではない。

「……化物じゃのあ奴は。あれの相手は儂がする! アリューゼ、兵を指揮して魔物を圧殺してみせろ」
「はっ! 父上もお気をつけて」

 俺の言葉に父は、ニヤリと笑いながら歩いて行った。

「我が名は、アーサー・フォン・オルレンシア! いざ勝負!」
「…………」

 それまでピクリともしなかった人型は、父の名乗りを聞いた瞬間口元に卑しい嗤いを浮かべていた。
 それはまるで、これからご馳走を食べる乞食の様な。
 それはまるで、仇敵を見つけた復讐者の様な嗤いだった。

 奴は嗤ったのと同時に一気に距離を詰め、父の懐に入った。

「ぐぅ!」

 懐に入ったのと同時に手に持っていた短剣で腹を刺しにかかったが、それを父も寸での所で防いだ。
 防ぐのと同時に大剣の腹で敵を吹き飛ばそうと父が振りかぶるが、一瞬で間合いを空け敵は圏外へと逃げる。

「チッ! 厄介な奴じゃ。儂の間合いよりも近く、儂よりも速いとはの」

 敵は父の周りを大きく円を描くように回りはじめた。
 その動きは、一切の淀みのない訓練された動きで、徐々に円が縮まっていくのが遠目にも分かる。
 だが、父もその動きを感じながら敵の出方を窺っていた。
 ほんの一瞬だった。
 それまで淀みなく動いていた敵が一瞬ぐらつき、隙を見せる。
 その瞬間を父が見逃すはずもなく、容赦のない一撃が決まった。

「グハァ! ハァハァハァ……。き、貴様、わざと隙を……」

 全ては刹那の出来事だった。
 一瞬よろけた敵を父が上から叩き付けるように強襲したが、まるで予見していたかのように短剣を滑らせていなし、そのままの勢いで父の脇――鎧の無い部分――に武器を突き立てていた。
 刺された父は動けないほどの傷では無いものの、先程までの動きができる状態でもなく、フラフラとしていた。

「クッ! こ、ここで負ける訳には」

 そう言って父は大剣を構えたが、先程までの力強さはなくなっている。
 そんな父を弄ぶように敵は、周囲を飛び回りながら父の攻撃を避けていた。
 そして、父が何度目かの空振りをした瞬間、敵は何かを父の耳元で囁いた。

「――は、――――生き――――」
「な!? あ、あの時の? 馬鹿な! あの時生き残りは……」
「フン……、――その――――だ」

 父はその言葉を聞いた瞬間、持っていた大剣を取り落とし、膝を折った。
 まるで敵に対して許しを請う様な顔で。

「――の――――も――――ろす」
「待ってくれ! 悪いのは儂だ! 儂一人の間違いだ! あいつは関係な――」

 父がそう言おうとした瞬間。
 敵が持っていた短剣で首を掻き切り、大量の血が噴き出した。

「――ッ! 父上ぇー!!」

 俺が叫んだのと同時に、敵は俺に気づいたのか、ニヤリと嗤いながらフードを取ってきた。
 まるで、「お前の仇は私だ」と言いたいように。
 少女はその白銀の髪と赤と青とのオッドアイを見せつけた。

「父上! 父上ぇ!」
「王子! 危のうございますからお下がりください!」
「馬鹿を申すな! 父上が、父上が倒れられたのだぞ! 早く助けて差し上げねば!」
「だからです! 貴方様にまで危害が及べば、我らは祖先に顔向けできませぬ! それに門が破られてしまいました! 王子は早く南門からお逃げください!」

「爺……」
「若、必ずオルレンシアを復興なさいませ。爺達はその人柱となりましょう」
「ならぬ! 爺! ならぬぞ! お前まで居なくなったら俺は、俺は!」

 俺が剣を抜こうとした瞬間。
 後ろから緑と青の鎧を着た二人の騎士が腕を固めてきた。

「放せ! ボーマン! バイス! 俺は、俺は!」
「ボーマン! バイス! 若を頼んだぞ! 決して早まった真似をさせぬようにな!」
「はっ! オリバー騎士団長! このボーマン命に代えても!」
「わかってますって、団長殿。このバイス、最後まで王子と共に!」

 二人はそういうと、俺の脇を固め、無理矢理引きずって脱出していくのだった。
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