赤紙を持って死んだ

香衛

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三十.熱

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 仕事が終わって、家に帰った、棚には酒の瓶は置いていない、少なくなった酒を祖父が飲み干し瓶を捨てたのか、私が飲んでいる事に気が付いたのか、どちらにしろ、酒屋が閉まっていた時の様に、自分が飲めないという状況になった事に安心し残念な感情も生まれた

 いつもの様に飯を食べ、酒を飲めないという事を考えると、味が薄くなった気がする
 身体が少し熱く、腕や背中が痛かった、私はあまり経験しなかったその状態に対して、眠れば治る物だと思っていた

 しかし朝起きても、その身体の違和感は無くなる事は無く、更に大きくなっていた、顔がとても熱くなっている事に気付いたが、祖父に心配されない為に誤魔化しながら、椅子に座る
 私は働きに行く事を止める事は出来なかった、行かなければ、この身体の痛みよりもっと酷い事が起こると分かっていたからだ

 運悪く遠い場所に、働いていた工場の近くに防空壕を作ると言って作業をする事になっていた、頭が痛く、朝食も食べていない影響で倒れそうな気分だった
 私達を指示する人間は変わり、前よりも厳しく、声が大きかった、私は普段と変わらない様に努め作業を続けた

 終わる時間は少しだけ早かった、それでも、遠い場所から家の近くに来るまでに時間が掛かる
 割れる様な頭に冷たい空気が当たり、更に私の調子を悪くした、段々と足が遅くなり、身体が傾き誰かも分からない家の壁に当たった
 その家からは反応が無かったが、私は空襲の時の様な感覚を感じた、再び身体を上げ、周りの人々が走っている様に見える程遅く歩く

 学校が見えると、恐らく無意識で、暗い場所まで歩いた、本当に暗く、何も灯りが無い中で、見慣れた店が見えた

 誰も居なかったが、私は耐え切れず、いつもと違う手前の椅子に座った、向こう側暗く座る位置を変えた所で、見える光景はあまり変わらない
 心臓がいつもより鳴り、身体がとても苦しかった、それでも後ろから聞こえる足音には反応する事が出来た

「今日は、違うのね」

「……」

 麻美は、私が普段座っている椅子に座り、暗い中私の表情を見て驚いた

「辛そうね」

「……」

「昨日は、お酒を飲まなかったの?」

「……そうだ」

「何故、ここに来ているの?」

 私は痛み始めた喉から、声を出した

「……私が、死ぬ前の父と似ている、思っただけだ」

「なら、死ぬと、思っているの?」

「家にいて、苦しんで、生きるのは、避けたいからだ」

「今のあなたになれないから、分からないけど、死ぬとは、思わないわ」

「……寒い場所なら、死ぬと、無意識に思った、空襲の時の様に、無意識が、死を恐れて無い」

 麻美は少し黙ったが、私の言葉に質問を続けた

「死ぬ事が出来なかったら、家にいるより苦しいわよ?」

「……分かっている、それも、理性が止めない」

「……今なら、あの山で、飛び降りようと思う?」

 麻美は暗い中の山を指した

「今なら……出来る気がする……山を歩く事なんて、出来ないが」

「何で、そこらの道の上では無くて、ここにいるの?」

「……ここに居る、君が、私が、死ぬ事を、肯定する気がする」

「……私は、肯定も否定も出来ないわ」

「……それか、生を求めて、家の近くにいるの、かもしれない」

「……」

「……本当に、死んでしまいたい」

「……」

「時間が経てば、同じ事を繰り返す事が、哀しい」

「…………」

「母と父が、死んで、逮捕され、不幸を感じてしまう」

「…………」

「……情けなく、泣いてしまいそうだ、ここで、地面に頭を打てる事が出来れば、良いのだが……弱く、立派に生き様とする事も、死ぬ事も出来ない」

「……私にとって、とっくにあなたは、泣いている様に見えるわ」

 そう話した後、私と麻美は黙ったままだった、座って苦しくても、眠ろうとして、目を瞑る

「……」

「自殺は……やはり、酷い死に方だ」




 眠る前に、麻美が何か言っていたような、気がする









 目が覚めて、私は死に損じたのだと分かった、外はまだ暗い、何故か、私は座っていた訳では無く、店から遠く、家から近い場所で横になっていた
 冬が終わりそうになっていても、寒く、私は再び生を拾った、自分に付いている塵を払って、近くにある祖父の家まで歩く

 扉を開ければ、祖父は少しだけ、心配した様な様子だった
 祖父に聞けば、眠ってある程度時間が経っていた事が分かった
 椅子に座って、苦しくても、余計な考えをした、私の死生観は、数時間前に麻美と話していた時と違い、そして体調が悪くなる前とも変わっていたのだ
 自分がとても腹が減っている事に気付いたが、食欲は無かった、それでも、一日何も食べないという事に恐怖を感じ冷たい飯を食べた
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