奴隷を解放したのに出ていきません

茶々

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45.挑発

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 珠奈が魔術師団に入ってから数日が経つと、魔術にも少しずつ慣れてきた。
 しかし、相変わらずささやかな魔術しか使えていない。

 シェリーの指導のもと、呪文を使った初歩的な魔術の訓練も行ったのだが、こちらもあまり良い結果ではなかった。

 イメージだけで魔術を使う方が上手くいったうえ、妙に詩的な呪文に恥じらいを覚えてしまって駄目だったのだ。
 暗黒微笑なお年頃であればノリノリで唱えただろうが、アラサーに足を突っ込み始めた珠奈には少々キツい。


「はぁ~……」
「疲れましたか?」
「うん、少し疲れた。初めてのことばかりだからどうしてもね。んー、天気も良いしお外でお昼寝したいなぁ」

 午前中は魔術以外のことも含め、様々な事を座学で学んでいた。

 どんなに興味のある内容であろうと、ずっと座って講義を受けているとどうしても疲れてきてしまう。
 朝から夕方までみっちり授業のあったうえ、さらに部活までやってのけていた高校時代の体力と集中力が切実に恋しい今日この頃である。

「昼寝もいいですが、まずは昼食にしましょう。今朝はあまり食が進んでなかったようですし、昼はしっかり食べないと体力が持ちません」
「んー。なんとなく今日は食欲あんまりないんだよね。何か飲み物だけもらおうかな」
「駄目です。きちんと食べてください」
「スープだけとか…」
「珠奈、そんなに俺に食べさせて欲しいですか? そのように甘えてくれるのなら喜んでお世話しますが」
「……嘘です。ご飯ちゃんと食べます」
「そんな遠慮しなくても……」

 これは冗談ではなく、本気で珠奈をお世話する気満々のアランである。
 このままではアランの膝の上に乗せられたうえ、手ずから珠奈に食事を食べさせるような事にまで本気で発展しかねない。
 寮の自室ならまだしも、ここは職場である。それは大変よろしくない。

「あー、ほら! 早く行かないと食堂の席なくなっちゃうよ!」


 誤魔化すようにして足早に食堂へと向かえば、ちょうどランチタイムのピーク。
 大きな長机が並ぶ食堂の席は所々空いているものの、お隣と間を開けて座る余裕はなさそうであった。

 ここの食堂で用意されているメニューはいくつかあり、カウンターで好きな物を選んで自身で席まで食事を運ぶ。
 現世の社食や学食でよくある、カウンターサービスタイプの食堂だ。
 ちなみに、料金は無料である。懐事情がなかなか厳しい珠奈には大変ありがたい。

 珠奈は軽めのメニューを選び、アランはガッツリ系のものを選んだ。
 正直あまり食べる気はしないのだが、大衆の面前でアランにお世話されるわけにはいかないため食べなくてはならない。

  
 端の方の空席にアランと並んで腰を掛けて食事を取っていると、先日訓練場で見かけた少々下品な人達がすぐ前の席に座ってきた。

「いやはや、職場に男を侍らせてるとは良いご身分ですね」
「……マルクスさんから許可はいただいていますので」

 混んでいるとはいえ、他にもいくつか空席はある。

 それなのに、わざわざここを選んできたという事はそういう事なのだろう。

「魔術をまともに使えないのに、我が魔術師団に入ってこられたとは不思議なこともあるものですね? 私は女性は大人しく家庭に入っているべきだと思いますがねぇ」
「魔術については今学んでいる最中です。それに、女性だからといって働く事を禁止されてはいません」
「はは! このお嬢さんはもう既に団員であるのに、今更初歩的なことを学んでいるのがおかしいと言っているのが分からないようだ!」

 連れの同僚らしき男性と一緒に、珠奈を小馬鹿にしたような笑い声を上げた。
 魔術が使えないのに魔術師団に入団した女、というのが相当気に食わないようである。

 正直なところ、その意見に反論は出来なかった。

(魔術が上手く使えない事が問題なのは私がよく分かってるからね。遊びじゃなく、仕事としてここにいる訳だし……。あぁ、この人達のことを見返せるくらい魔術が使えるようになりたい……)

 そんな事を思っていると、真横からピリつく空気が流れてきた。先日もそうであったが、アランは珠奈が貶められるような事に耐えられないようであった。

 珠奈は隣に座るアランを落ち着かせるようにポンポン、と優しくその太ももに触れる。
 このような安い挑発に乗ってやる必要などない。


「獣臭いコレはあなたの奴隷ですよね? 獣人は体力があると言いますし、夜はそれはもうお盛んなのでしょうねぇ?」

 珠奈は眉をピクりと動かす。
 挑発に乗る予定は全く全然少しもないのだが、その意志にほんの僅かな揺らぎを感じた。

 アランは出会った当初はあまり綺麗な身なりではなかったが、今は毎日風呂にも入っているし尻尾や耳のブラッシングは珠奈手ずからやってる。
 目の前の彼らよりもよっぽど清潔なうえ、顔もスタイルも良い。

 それに、夜はお盛んになりそうになった事がないとは言えないが、まだ最後の一線は超えていない。アウト寄りのギリギリセーフである。多分。


「……ふーん? 見目はそこそこ良い奴隷ですね。あぁ、もしかして――」

 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、不作法にもフォークの先をアランに向けた。


「自身の女の身体だけではなく、これの尻を使ってこの魔術師団に取り入ったのでしょうかね! ははっ、俺がお前の締まり具合を確かめてやろうか?」


 珠奈の堪忍袋の緒が、大きな音を立てながらぶち切れた。


 ――パシャリ


「…っ!? 貴様っ!!」


 珠奈はおもむろに立ち上がると、コップの水を目の前の男の頭に引っかけたのだ。


(そのやっすい挑発、買ってやろうじゃないの……)


 自身が貶められるのは簡単に流せるのだが、ここまでアランをコケにされたとなっては黙っていられなかった。
 珠奈自身に力はなくとも、この後マルクスに告げ口をするというちょっぴり卑怯な手を使えなくはないのだ。

「彼を貶めるような事は言わないでもらえますか? 彼は私の大事なパートナーです。でも、あなた方のように下品な人には理解出来ないかもしれないですね?」
「クソッ、女の癖に生意気言いやがって……!」

 カッとなって手を振り上げたが、周りからの視線を感じたのかその手を下ろす。
 流石に公衆の面前で女性に手を上げるのはまずいと気が付いたようだ。

 しかし、頭から水を滴らせながらも、その目に宿る怒りの炎は消えていない。

「はっ! いいだろう。俺が直々に指導をつけてやる。午後の鐘が鳴ったら第一訓練所に来い。女だからといって調子に乗った事を後悔させてやる」

 そう言い残すと、彼らは食事もそこそこに立ち去っていった。


(あ、これちょっとマズイかも……?)

 今からではマルクスの元に向かう時間はない。
 そのため、ここのまま直々の指導という名のを受ける羽目になってしまうだろう。

「珠奈、大丈夫ですか?」
「大丈夫、じゃないかもしれない……」
「……俺が彼らを処理しておきましょうか」
「待って待って。それやっちゃったら多分大変なことになるから」

 アランならば、本気でその処理とやらをやりかねないところが怖い。

(それに、これは私が買った挑発なんだから私がなんとかしなきゃ。アランをあんな風にいうのは許せないもの。私だって魔術師の卵なんだから何とか頑張ってみよう!)


 そう時間を置かないうちに、午後の鐘がなった。
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