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42.行ってきますのお約束
しおりを挟む「それで、今日は魔術の訓練があるのだったかな?」
魔術師団の制服をきっちりと着た珠奈が朝食の席に着くと、コポコポとあたたかな紅茶をカップに注ぎながらルイが尋ねてきた。
「そうなの! 初めて魔術を使うからなんかもうドキドキして……」
その結果、寝不足である。
遠足前のはしゃいだ小学生のようでちょっと恥ずかしいため言葉を濁すが、寝不足で少しだけ赤くなった目元は隠せない。
珠奈は眠気を覚ますためにもルイが淹れてくれたお茶に手を伸ばす。
目の前に置かれたカップは花柄でとても可愛らしい。
これらテーブルに並ぶお皿や茶器は、全てルイが昨日揃えてきた物だ。なかなか良いセンスである。
「ん~、良い香り。昨日は買い物してきてくれてありがとう。食器は重いしルイ一人で大変だったでしょ?」
「私はこう見えて力持ちだから大丈夫だよ。あぁ、でも茶葉を選ぶのには少し苦労したね」
「このお茶の?」
「うん。出来るだけ余計な物が混ざっていない物を探したからね」
(余計な物とは……?)
お茶談義は良く分からないものの、ルイが買ってきてくれたこのお茶が美味しいことは確かだ。
「良い香りですっきりしててすごく美味しいよ。朝にピッタリ」
「ふふ、気に入ってもらえてよかった。…そういえば、魔術を使うための魔術具が見当たらないけど、まだもらっていないのかい?」
「あぁ、それなんだけどね……」
「全属性用の良い物がなかったからだ」
珠奈が答えるより先に、袖口のボタンを留めながら歩いて来たアランが答えた。
そう、何を隠そう珠奈は全部の属性に適性を持っていたのだ。
昨日の美しい七色のキラキラエフェクトは、全属性の魔力があることの証拠であるとシェリーから教えられた。その色合いで属性を、そして光の強さで魔力の量を測る。
珠奈は魔力量、属性共に優れていると褒められたのだ。
ただ、豊富な魔力を持ちながらもそれを自覚出来ない点は残念である。
(褒められたんだしきっと素質はあるはず。ただちょっと魔力とは何たるかが分からないだけで…。それにしても、朝から眩しいなぁ。二人の顔見てるだけでご飯三杯はいける)
朝からこうも顔面の良い男達に囲まれると朝食が数倍美味しくなるのだから不思議なものだ。なんとなく空気まで美味しい。
「そうか。まぁ、さもありなんという感じだね。属性だけでなく珠奈の魔力の質に見合った物を使った方がいいだろうけど、そうなると現状では手が届きにくいから難しいだろうね」
(私の魔力の質?)
属性や魔力量については昨日説明されたのだが、魔力の質については触れられなかった。
最初からいきなり知識を詰め込み過ぎないよう、シェリーがあえて教えなかったのかもしれない。
「ルイは魔力について詳しいの?」
「うん? んー、そこそこね。……それで魔術具は大丈夫そう?」
「うん。今日の訓練の時にシェリーさん、私の教師をしてくれてるお姉さんなんだけど、その人が昔使っていたのを貸してくれるの」
〝お姉さん〟という単語にアランが怪訝な顔をしたが、スルーしておく。
シェリーさんは〝お姉さん〟カテゴリーで正解である。
「そろそろ行かないとね。ルイは今日も買い物に行くでしょう? お金もう少し出した方がいいかな」
食器は粗方揃ったものの、他にも必要な物はまだまだ沢山あるだろう。
珠奈の物だけでなく、アランとルイが使う物も気兼ねなく揃えてもらいたい。
「お金はまだ大丈夫だよ。あぁ、でも……」
立ち上がって服のシワを軽く整えていた珠奈の側に寄ると、ルイはそのたおやかな指先で珠奈の小さな唇をなぞった。
「行ってきます、のキスは欲しいかな?」
どこの新婚アツアツな家庭だ。
珠奈がやや呆れて顔でそうツッコミを入れるよりも早く、アランが横から珠奈を掻っ攫った。
ルイは相変わらずにこにこと微笑んでいるが、アランはやや不機嫌な顔になってしまった。
(あぁもう。まーたアランの事からかったな。朝っぱらから何やってるんだか……)
珠奈への好意がちょっと溢れ気味のアランは、珠奈の事となると少々気が短くなる。
ルイはあくまで行ってきますのキスが本気で欲しいのではなく、良い反応をするアランを見て楽しんでいるのだろう。
(それなら……)
腰に回ったアランの手を解くと、未だ微笑みを浮かべているルイの方へとずずいと近寄っていく。
そして、そのまま爪先立ちをしてその頬へと唇を寄せた。
――ちゅ
いきなりのその行動に驚いたルイは、目を丸くしながらキスされた頬に手を当てて珠奈を見つめている。
冗談半分で言ったことを、まさか珠奈が本当に実行するとは思わなかったのだろう。
(ルイもたまにはからかわれる側にもなってね!)
「ふふふ、それじゃあ行ってきます。ほーら! アランも行くよ?」
食事を終えた食器とルイを部屋に残し、寮の玄関へと向かうために軽い足取りで階段を降りる。
しかし、足音は珠奈のものひとつだけ。
どうしたのか、と振り返れば、階段の上でアランが耳と尻尾をぺそんと垂らしながら佇んでいた。
(……あー、ルイにだけしたから)
チラッと珠奈に目線を投げかけたかと思えば、またすぐに逸らされる。朝っぱらからしょんぼりわんこが出来上がってしまった。
「アラン、こっち来て?」
珠奈がちょいちょいと手を動かせば、のそりのそりと動き出す。
アランを階段の中腹まで降りて来させたところで、珠奈はアランよりもひとつ上の段に登った。
すると、二人の身長差は縮まり目線がほぼ同じ高さになる。
「私からされたい? それとも、アランからしたい?」
主語はない。
しかし、それだけで十分に意図は伝わる。
「…………珠奈から、してください」
垂れていた尻尾がおもむろにゆっさゆっさ揺れ始めた。
目線は下がったままであったが、その頬はほんのりと朱に染まっている。
アランの機嫌が上向きになったことを確認してから、珠奈はその首に腕を回してそっと顔を近づけた。
(いつも見上げてる顔が同じ高さにあるってちょっと変な感じ。それにしても、これだけ近くで見ても粗がないってすごいな……)
余計な肉のない頬にチュッ、と軽く口付けると、そのまま反対の頬にも同じようにする。
これから一日また一緒に過ごしてもらうアランへのちょっとしたサービスだ。
(ほっぺにキスするくらい減るものでもないしね)
「それじゃあ、行こう、か……」
「珠奈」
満月のような金の瞳がギラリと怪しく光る。
爽やかな朝に似つかわしくない雰囲気を珠奈は即座に察知した。
珠奈が距離を取ろうと慌ててアランの首に回した手を解くより早く、筋肉質な腕が伸びてきた。
その細い腰をがっしりと力強く抱き寄せられれば、二人の身体がぴたりと重なる。
「次は俺の番です」
「ちょ、ちょっと待って! まだ朝だから!……んむっ」
何度も角度を変えながら、珠奈の唇の柔らかさを堪能するかのようにキスを繰り返す。
無理やり唇を割ってくるようなことはしないものの、あむおむと唇でかぶりついてくるようなその行為に、アランに捕食されてしまっているかのような錯覚に陥る。
最後に珠奈の閉ざされた上唇にチュッ、と吸い付くと、ようやくアランが離れていった。
「さあ! 珠奈、行きましょう!」
キラッキラの良い笑顔をしたアランと、ややチベットスナギツネ顔の珠奈はこうして出勤して行ったのであった。
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