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23.お持ち帰り
しおりを挟む珠奈は何とも言えない顔をして大通りを歩いていた。
すぐ隣には、ボロボロになってもなお衰えない美貌を湛えた男がいる。
無造作に垂れていた髪を耳に掛けただけなのだが、顔が見えるようになった事でその美しさが眩しいほどに輝いた。
チラリと背の高い彼を見上げれば、にこりと女神の微笑みを返される。
つい先ほどまではぐったりとしていたはずなのだが、少しの休憩で随分と回復したようであった。
「もう身体は大丈夫なのですか?」
「珠奈?また敬語になっているよ」
「ううぅ……」
珠奈は彼に敬語も敬称もいらないと伝えた。それは珠奈がきちんと契約をした主人ではないからだ。
すると、彼にも言い返されてしまった。
『それなら私に対しても敬語はいらないよね?』
今のこの関係は主従関係ではないって珠奈が言ったんだよ、と言われてしまうと反論出来なかった。
彼の方が年上だろう、と言ったのだが、さほど変わらないなどと上手くはぐらかされたのだ。
自分より年上であろう傾国の美人にタメ口を使う事に抵抗はあったが、その破壊力抜群の顔面でお願いをされると簡単に絆されてしまった。なんともチョロい珠奈である。
「えーっと、身体はもう大丈夫なの?怪我は痛まない?」
「随分と楽になったよ。珠奈のお陰だね。でも、傷はまだ痛むかな」
「医師に連れて行く事は難しいけど、宿屋に帰ったら傷薬を塗ってあげるね。あと、あなたの名前を教えて欲しいんだけど……」
「私に興味を持ってくれるのだね。ふふ、嬉しいな。私が誘っているのに珠奈は全然つれないから…」
「はいはい。そういう勘違いさせるような言い方はやめましょうね」
「結構本気なのだけれどね。でも今はいいよ」
微妙に引っかかる物言いであったが、珠奈は深く突っ込まない事にする。
今追及してしまったら確実に藪蛇になるだろう。
そうなってしまった場合に困るのは、圧倒的に色々と経験値の足りない珠奈なのだからスルー一択である。
「私の名前だったね。……ルイ。ルイと呼んで欲しい」
「ルイ。うん、分かった。じゃあルイ、短い間になると思うけどよろしくね」
「こちらこそよろしくね、珠奈。……短い間、とはいかないかもしれないけれどね」
柔らかく笑うルイについつい見惚れてしまった珠奈には、囁くような声で紡がれた後半の言葉は届いていなかった。
宿屋に着くとフロントに寄らずそのまま部屋へと向かった。
前回アランが問題なく入れたのだから、黙っていれば珠奈の奴隷に見えるルイもきっと問題ないだろう。
とにもかくにもまずは風呂だ。
アランと出会った時ほどではないものの、ルイもそこそこ汚れている状態だ。このまま部屋に上がらせて休ませる訳にはいかない。
疲労困憊の怪我人に対して少々厳しい対応かもしれないが、今のルイの状態であればきっと大丈夫だろう。
(怪我もあるしボロボロではあるんだけど、いつの間にか元気になってたんだよね。さっぱりしてから休んでもらおう。その間にルイの服洗わないと)
部屋に入るとルイを扉の側に立たせたまま待たせ、珠奈は浴室へと向かいバスタブに温かい湯を張る。
タオルの補充もされているし、石鹸類も浴室にきちんと備わっているので問題はない。
念のため浴室設備の使い方が分かるか聞いたところ、問題ないとの事だったので、後はルイが風呂に入るだけだ。
「疲れてると思うけど、まずはお風呂入ってきてね。脱いだ服は洗面台の近くに置いておいて。ルイがお風呂入ってる間に洗っておくから」
「ありがとう。私も身を清めたかったんだ」
「じゃあシャワーの音が聞こえるまで部屋にいるから」
「どうして?このままここで私の服を受け取ればいいのではない?」
(この人は何を言ってるのか)
じとっとした目をしている珠奈とは対照的に、ルイは不思議そうな顔をしている。
このまま脱衣所で服を受け取ればいい、と簡単に言うが、それはつまり目の前でルイの生着替えを見るという事だ。
アランの時は両手が使えない状態であったため、止むを得ず脱衣やアレコレを手伝い、その肌を間近で見ることとなった。
しかし、目の前にいるルイにそのような事情はない。
(とはいえ、イケメンの脱衣を全く見たくない、と言ったらそれはそれで嘘になるけどね!絶対公言はしないけど!!でも今はもうアランさんでお腹いっぱいなんだよ……)
「珠奈?」
ルイは綺麗な顔をこてんと傾けて珠奈の方へと視線を投げかけた。
その緩やかな動きに合わせて、少し長めのチョコレートブラウンの髪がさらりと肩から落ちる。
街中でよく見かけるようなありきたりな茶色の髪のはずなのだが、不思議とルイの女神のような神秘的な美しさを鮮やかに彩っていた。
パチパチ、と瞬きをするまつ毛は世界中の女性が羨むほどに長い。付けまつ毛でも付けてるのでは、と思ってしまうほどだ。
スッと伸びた鼻筋も薄めの唇も、その何もかもが完璧な女神像のように美しい。
薄汚れ、服も粗末でボロボロの状態で、ここまでの美貌を保てるのは魔法か何かを使っているのでは、と疑ってしまいたくなる。
要するに、顔面偏差値が天井を突き抜けているのだ。
「………顔が良い」
「え?」
「え、あ、何でもないです!!私は部屋にいるから早くお風呂入って!ゆっくり温まってね!!」
珠奈はバタン、と思い切り脱衣所の扉を閉めると、壁に向かって頭を打ちつけた。
(ああああぁあぁぁぁ!!うっかり心の声を口から出す馬鹿がどこにいるのよ!!ここか!!!)
がっくりと項垂れながらも耳をすませ、シャワーの音が聞こえたら即行動するためにドアノブに手を掛けておく。
万が一にもルイの服を洗っている途中に彼が出てきてしまったら、水も滴る素っ裸のイケメンとご対面である。
それを避けるためにも、素早く行動し服を洗うミッションをさっさとこなさなければならない。
(水に濡れたルイ……確実に色気がやばい。見たら負ける。……主に私の理性が)
素肌に張り付いた髪の毛から雫が落ち、それがしなやかな腹を伝ったルイを想像したところで、浴室からシャワーの音が聞こえてきた。
煩悩まみれの頭のスイッチをオフにすると、珠奈はルイの服を洗うべく脱衣所に入って行った。
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