奴隷を解放したのに出ていきません

茶々

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8.ブラッシング

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 ――コンコンコン


「あの、入りますよ」
「……はい」

 そう断りを入れてから浴室の扉を開けると、彼は大人しく湯船に浸かっていた。
 先ほどは陶器のように血の気のない真っ白な肌をしていたが、今は少し温まったのか顔に血の色が戻ってきている。

(よかった。さっきよりは顔色良い。よし、お風呂でこれ以上無駄に体力使わせないうちに、ぱぱっとちゃちゃっと綺麗に洗ってしまおう!)

 バスタブの中にそっと手を差し込んでみれば、ちょうど良い温度だ。珠奈は蛇口の宝石に触れお湯を止める。
 このままさっさと全身を洗って清潔にしてあげたいのだが、いかんせん相手は異性で裸だ。

(ど、どうしよう……。別に変なことをする気はさらさらないけど、さすがにちょっと裸をそのままにされるのは……)

 悩んでいても仕方がないので、まずはバスタブに浸からせたまま髪を洗う事にした。
 浴室に備え付けられているこの猫脚付きのバスタブであれば、湯船に浸かって足を伸ばした状態のまま髪を洗う事が出来る。


「まずは髪を洗います」

 そう伝えてからゆっくりと温かいシャワーをかける。ピンと立った耳に掛からないよう慎重にお湯を掛けながら、髪の毛を濡らしてゆく。

 もこもこと泡立てたシャンプーで洗ったのだが、すぐにその泡はへたれてしまった。見た目より随分と汚れているらしい。
 一度目のシャンプーを流し、そのまま続けてわしゃわしゃと二回目のシャンプーを終えると、見違えるほど美しい黒髪が現れた。
 首輪と首筋に張り付くほんの少しだけ癖のある毛先がなんとも色っぽい。


(うんうん!綺麗になってきたね!耳はどうしようかな……。とりあえずホットタオルで拭いてあげよう)

 タオルをお湯で濡らし固く絞ると、頭の上にピンと立った立派な耳にそっと当てる。
 すると、急に耳に触れられて驚いたのか、びくんと耳が大きく動いた。

「あ、急にごめんなさい。耳をタオルで拭くので少し我慢していてくださいね」
「…はい」

(わぁ~!おっきな耳!狼とかなのかな?もこもこしてて最高!)

 動物好きの珠奈は上機嫌で耳の汚れを落としていく。その大きさ故か、耳の先まで肉厚で触りがいがある。

「気持ちいいですか?こんな立派な犬耳に触ったの初めてなのですが、すごく良いですね!」
「っ……!とても、気持ちが良いです………」
「そうですか!それはよかったです。もう片方も拭きますね」
「……………ぁ」

 若干色っぽい声が聞こえたような気がしたが、珠奈は気にせず作業を続ける。綺麗になったふわふわもこもこの大きな耳が珠奈を待っているのだ。

(耳はこんなものかな?完全に乾けばふっかふかの耳になっているはず!後は身体を洗いたいんだけど………。それはバスタブの中じゃ難しいよね……)

 身体中に生傷がある状態なのだから、目視で確認して出来るだけ傷に触れないようにしなければならない。
 そのためにも洗い場に出てもらって、そこで身体を洗ってやる必要がある。

(はぁ、彼の腕さえ自由だったら自分でやってもらえたのに……)


 珠奈は先ほど耳を拭いていたタオルを洗いながら、バスタブから出るように指示を出す。

 当然ながら彼は手首を胸を高さで拘束されているので、自身の下半身を隠すことは出来ない。下丸出しのその状態のまま、珠奈の前までやってきた。

「す、すみません。私に背中を向けるようにして床に膝をついてもらえますか……?」
「分かりました」

 咄嗟に目を背けた時、ちらりと目に入ってしまったそれが少し立ち上がりかけていたような気がしたのだが、きっと目の錯覚だろう。
 彼の身体を見ないようにしながら、ぱさりと股間にタオルを掛けた。こうしておけばお互いに気まずい思いはしないはずだ。


「では、身体を洗いますね。傷に石鹸がしみると思いますが、少しだけ我慢をしてください。傷薬の軟膏は後で塗りますね」
「……ありがとう、ございます」

 もこもこの泡が付いたタオルで身体を洗ってゆく。
 冷水のシャワーと湯船に浸かっていたおかげか、随分と汚れは落ちている状態だ。首輪の付いた首元から順番に傷のない場所をゴシゴシと洗う。

 改めて真っ直ぐに下ろせない状態の腕を見ると、しっかりと筋肉がついていることが分かった。武闘用の奴隷というのも納得だ。
 その腕には生傷が少ないのでタオルでしっかりと洗ってゆく。
 裸で拘束された男性を洗う、というなんとも倒錯的な絵面であるが、こればかりは不可抗力である。

 大きな手の指一本一本、爪の間まで綺麗にしてゆく。節くれ立ったその手に手を這わせていると、なんとも言えない気分になってくる。

(洗うためとはいえ、なんかもう気恥ずかしいというか何というか……。早く終わらせよう……)


 腕が終われば次は胴体だ。

 背中は新旧様々な傷が無数にあるため、ひとまず手洗いにする。
 泡だてた石鹸を広い背中に伸ばして、なるべく新しい傷に触れないように優しく洗う。

「背中の傷、しみませんか?」
「……問題ありません」
「分かりました。そしたら次は前面と足を洗います。バスタブのフチに腰掛けてもらえますか?」
「はい」

 洗い場に膝を着いていた彼は立ち上がり、指示通りバスタブに腰掛けた。当然、下を隠していたタオルは重力の法則に従ってぺしゃりと床に落ちる。
 しゃがんでいた珠奈の目の前に現れた引き締まった尻から目を背けつつ、床に落ちたタオルを再びそっと股間に掛けた。

(はぁ………。いや、分かってはいたんだけどね。イケメンな上に美しい筋肉の裸体はやばい)

 珠奈は平常心を装いながら、彼の胸元へと手を差し入れる。タオル越しにも張りがあることが分かる厚い胸板を洗い、しっかりと割れた腹筋へとタオルを滑らせた。

 腰元までやって来ると、先ほど掛けたタオルの下に隠れている存在が気になってくる。
 彼の表情は変わらないが、タオルを少しだけ浮かせるナニかは緩く立ち上がっているのだ。

(あー、やっぱり見間違えじゃなかったか……。まぁでも、こればっかりは生理現象だし仕方がないよね。私だってもういい大人なんだから、勃ったそれのひとつやふたつなんてことない!とにかく!!これ以上体力消耗させる前にさっさと終わらせよう!)

 ゆるく立ち上がったナニかをスルーすると、彼の前にしゃがみ込み足を洗ってやる。
 その途中に、ちらりと頭上にある彼の顔を覗き見れば、少しぼんやりとした表情で珠奈を見下ろしていた。
 薬の影響が少しずつ抜けてきているのか、奴隷商で買ったばかりの時よりかは目に力が戻っている。

 足の指先までピカピカに洗いあげると、先送りにしていた大きな問題がついにやってきた。


(さーーーて。ついに股間問題がやってきてしまったよ!)


 ほぼ全身洗ったがまだ残されている箇所がある。尻尾とお尻と立ち上がりかけているそれがある股間だ。

 本来であれば、是非ともご自身で洗っていただきたい場所であるが、手を拘束され胸の高さより下に下ろせないのだから第三者の手助けが必要だ。
 そして、ここでいう第三者とは他でもない珠奈である。

(と、とりあえず尻尾からにしよう!そうしよう!!)

 難易度の低い所から攻めることに決める。
 尻尾は時間が掛かるので最後にしようと思っていたのだが、予定変更だ。

「尻尾を洗います。バスタブに腰を掛けたまま、こちらに背中を向けてもらえますか?」
「…………はい」

 絶妙なバランスで反対を向いてくれたため、腰のタオルは落ちずに引っ掛かったままだ。
 持ち上がったナニかが落ちないよう作用してるような気もするが、きっと珠奈の気のせいだろう。

 まずはシャワーでワシワシとほぐすようにお湯で洗い流す。毛にこびりついた汚れはなかなかに頑固なようで、塊になってしまっている箇所がいくつもあった。
 続けて身体に使った時よりも多くの石鹸を使い、尻尾の付け根から丁寧に洗ってゆく。

 必然的に尻と接近してしまうが、こればかりは仕方がない。
 引き締まったお尻を目に入れないよう、珠奈は意識して今洗っている目の前の大きな尻尾に集中する。
 尻尾の付け根の根本にしっかりと指を入り込ませて、毛だけではなく地肌から汚れを浮かせるように丁寧に揉むように洗う。

「っ……!」
「あ、すみません。毛を引っ張ってしまいましたか?出来るだけ丁寧に洗ってはいるんですが、結構絡まってる場所が多くて……」
「…………いえ。痛みはありません」
「そうですか。もし気になる場所があったら言ってくださいね」
「はい……」

 ピクリと反応した腰が気になったものの、耐えられないほどのことではないのだろう。
 珠奈は一度尻尾についた泡を綺麗に流すと、再び石鹸でワシワシと洗い直す。
 今度は手だけではなく、ブラシも使ってしっかりと毛の絡まりを解してゆく。

(んー、全部の絡まりを解くのは無理そう。お風呂から出たら酷い場所はカットした方が良いね)

 絡まった毛を無理やり引っ張らないよう気をつけながら、丁寧に尻尾にブラシを通してゆく。


「………っ!…………ん……」

 彼の口から時折り漏れ聞こえる妙に色っぽい吐息と、ピクリピクリとわずかながら反応を示す腰の筋肉に、珠奈は嫌な予感を覚えた。


(この後お尻とかアレとか洗うんですけど……!!)


 珠奈はいくつかの毛の塊を残してすっかり綺麗になった尻尾を無駄にブラッシングしながら、これからやらねばならない現実に目の前が暗くなった。
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