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1.異世界転移
しおりを挟む珠奈は久しぶりの三連休の最終日を外で過ごしていた。
前々から行きたかったカフェでランチをし、午後はゆったりと買い物を楽しんだ。
某コーヒーショップで買った温かいカフェオレを飲みながら、街灯の灯る夜の道を最近買ったばかりのヒールで歩く。欲しかったスカートがセールでぐっと安くなっていたため、心なしかその足取りも軽い。
赤くなった値札に釣られて、ついつい買う予定のなかったブラウスまで買ってしまった。
「はぁー、良い買い物した!」
腕に紙袋を腕にぶら下げながら上機嫌でカフェオレの入ったカップに口を付けていると、急に空気が冷え込んできた。
雨でも降るのかと夜空を見上げれば、雲一つないそこに浮かぶのは丸い丸い黄金の月。
「……え?あれ?」
疲れて目が霞んでいるのか、と瞬きを繰り返したが、目の前に広がる夜空に浮かぶものは変わらない。
優しい光を発する大きな月と、それに寄り添うように浮かぶ小さな月。
「月が二つあるように見えるんだけど……?」
――おかしい。
明らかに何かがおかしい。
珠奈は咄嗟にスマホを出そうとした。ちょっとした事や驚いた事など、画像に収めてSNSに上げたくなってしまうのは現代人の性だろう。
ハンドバッグへ手を入れた瞬間、その場に留まっていられないほどの強い風が吹き抜けた。
その風は手に持っていたカップを軽々と吹き飛ばし、ハンドバッグと紙袋もさらっていこうとする。
あわや全部吹き飛ばされる、と思ったその時、手に触れた紙袋を咄嗟に胸に強く抱き込んだ。
カフェオレとハンドバッグは手放してしまったが、買ったばかりの服が入った紙袋だけは、なんとか汚さず死守出来た。
珠奈が紙袋を抱きしめ身を固くしている間に、わずかなようで長いような時間が過ぎていった。
ようやく風が止むと、珠奈は乱れに乱れた髪を手櫛で整える。せっかく綺麗に巻いた黒髪が台無しだが、後はもう帰るだけなのでいいだろう。
「今の風なんだったの……?ビル風?てか、カフェオレ買ったばかりだからまだ沢山入ってたのになぁ。もったいない。落とした拍子にカバンにカフェオレ掛かってないといいけど…………へっ?」
目の前に広がる光景に目を瞬かせる。
つい先程まであったビルも街灯も自動販売機も、何もかもがなくなっていた。
「な……に………?」
身動いだ足元から聞こえるジャリリという音に下を見れば、舗装もされていないただの土の道が広がっている。先ほどまで立っていたはずの綺麗なタイルが敷かれた道など、もうどこにも見えない。
開けたこの場所から見えるのは、遠くに広がる暗い森と道の先に見える微かな町の明かり。
そして、頭上に浮かぶ丸い大小二つの月。
「ここ、どこ?………と、とりあえず落ち着こう。そうだ!かばん!落としちゃったかばんがあるはず!」
風に吹き飛ばされたのだからそう遠くにはいっていないはずである。加えて、ここは開けた場所だ。
遮る物がないこの場所ならば、バッグなど簡単に見つけられる……はずだった。
「どこにもないんだけど!?」
辺りを見渡しても見通しの良い景色が広がるだけで、落ちているはずのバッグなどどこにも見当たらない。
幸い、しっかりと胸に抱いていた服の入った紙袋は無事だ。少しぐしゃっとしてしまったが、中身には響かないだろう。
しかし、新しい服があったところでどうしようもない。財布もスマホも身分証も、全てバッグの中だ。
「どうしよう……。てか、ここどこなの?日本ではなさそう…………って、もしかして……いや、もしかしなくても異世界来ちゃったのでは!?」
高橋珠奈、二十五歳。職業OL。最近の悩みは胃もたれ。
もういい大人の珠奈だが、アニメや漫画は大好きだ。異世界に行く作品だって読んでいる。
どの作品でも異世界へ飛ばされる時はいつだって突然で予告も何もない。当然、準備などさせてはもらえない。
「だからと言って!異世界に持ち込めたのがセールで買った服だけだなんて!!」
そんなのあんまりだ、とその場にしゃがみ込んだ。はじめましての異世界で女一人でどうしろと言うのだろうか。
「はああぁぁぁぁぁぁぁ……」
地の底まで届きそうなほど深いため息を吐くと、ゆっくりと立ち上がった。
そして、ひとまず現状を考える。
「とりあえず、まずは町に行こう。人気がないとはいえ、こんな所で夜に女が一人でいたら何されるか分かったもんじゃない」
道の先に見える町の明かりを睨みつける。その明かりは少しばかり遠くに見えるが、どのくらいでたどり着けるのだろうか。
そして、町まで行くのに一番大きな問題がある。
「………こんな舗装もされてない道をあそこまで歩くのね。このヒールの靴で」
休日のショッピングのために、気合いを入れておしゃれをしたのがまさかの仇となった。
いくら足に合っていて歩きやすくとも、ヒールで小石の転がる凸凹道を歩くのは重労働だ。
しかし、代わりの靴など持ってはいない。となれば、足を痛めようともこのまま歩いて行くしかない。
「ここにいても仕方ないもんね。今は町を目指そう」
珠奈は月明かりに照らされた道を歩く。お世辞にも歩きやすいとは言えない道を踏み締めながら、町に着いてからの事を考える。
「町に着いたらまずは宿を取って………」
珠奈はそこまで言うと足元を見ていた目線をはっとあげた。とある一つの事実に気が付いたのだ。
「私、一文無しじゃん!!」
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