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しおりを挟む「魔女を殺せー!」
「アレは聖女を騙った悪い女だ!」
降り注ぐ冷たい言葉の雨を受けながら、ステラフィアラは広場へと続く道を歩いていた。
整備されてるとはいえ、ペタペタと裸足で歩くにはいくらか難のある道だ。
あともう少しで広場に辿り着くという時、目の前に大きな影が現れた。
「……聖女様」
そう声を掛けてきたのは一人の男であった。
本来あるべき彼の右腕はなく、ヒラヒラとシャツだけが風に揺れている。
(あぁ……、私が傷付けちゃった騎士の人だ……)
剣を振るう腕がなくなったその男は、当然騎士を辞めざるを得なくなったはずだ。
決してわざと傷付けようとした訳ではない。
しかし、故意であろうとなかろうとそのような事は些事であり、目の前の結果が全てである。
(ここで彼に殺されるのかな……。まぁ、それでも仕方がないよね。もうどうしようもないもの)
目の前の大きな男を見上げれば、その目は怒りと憎しみに燃えていた。
先程のまでの罵詈雑言の嵐がウソのように静まり返ったそこに、憎しみを隠しきれない男の声が静かに響く。
「聖女様……いや、悪逆非道の魔女よ。あなたをお恨み申し上げる」
そう言い捨てた男が踵を返すと、先ほどよりも大きくなった冷たい言葉の雨がステラフィアラに突き刺さった。
(謝ってもどうせ無駄だよね。……もう、どうでもいいや)
周りの騎士に促されるまでもなく、ステラフィアラは自らの足で真っ直ぐと広場へ向かう。
特に何も説明を受けていなかったが、そこに用意されたモノを見る限り、どうやらとても魔女らしく処刑されるらしい。
(苦しいのも痛いのも嫌なんだけどな……。こんな風に殺さないと駄目なほど私は憎まれてるのかな)
真っ直ぐと立った丸太と、その足元に組まれた薪。
それは、古くから悪き魔女を処する時に用いられる火刑の準備であった。
魔力の暴走で街を壊し民に恨まれ、怪我をさせた騎士に恨まれた結果がこうなったのだろうか。
(いや、それだけなら火刑になんてならないはず。多分、王家が私に魔女として死んで欲しいんだろうなぁ……。魔力を暴走させただけが理由じゃなさそうだけど、それは私には関係のない事だよね。だってもう、私は死ぬんだから)
当然、死ぬことは怖い。
しかし、それ以上にもう恐ろしい魔物と対峙しなくても済む事、そして魔瘴石を食べなくてもいい事に安堵していた。
(それだけじゃない。あの二人をもう見なくていい事に、すごくほっとしてる……)
ステラフィアラは穏やかな表情で火刑台へと上って行く。
少し高くなったそこに立てば、周囲が良く見えるようになった。
恨みや憎しみのこもった目で睨みつけてくる人もいれば、ただ処刑というショーを興味本位で見に来ている人もいる。
そんな大勢の観客の中、ステラフィアラに温かい言葉を掛ける者は誰一人としていなかった。
「これは!神の御名の元に行われるものである!」
一人の騎士が声を張り上げると、途端に民衆が口を閉じた。
「神より授けられし聖女としてのその力に驕り、街を破壊しあろうことが無辜の民を傷付けた! それだけにとどまらず、国に仕える騎士達にもその手を振り下ろした!」
騎士は憎しみの炎を瞳の奥に宿しながら、ステラフィアラを睨みつける。
一見すると五体満足の健康な体を持った騎士であるが、その服の下にはステラフィアラの魔力の暴走の被害にあった傷が隠れている。
剣が持てないほどの怪我ではなかったが、以前と同様の働きが出来ない程度には大きな怪我であった。
「正しく神の愛を受けた聖女であるならば、人に害をなすような魔法は使えないであろう! よって、この女は聖女ではない! 清らかな聖女の名を騙る者を、我々は許してはならない!」
「そうだそうだ! そいつは偽物だ!」
「その女はやっぱり魔女なのよ! 私たちを騙してた!」
真っ黒な民衆の声が渦巻く中、これまでしてきた事を思い返す。
ステラフィアラの行いはシルヴェリオのためであったが、結果として民のためにもなっていたはずだ。
魔獣が減れば森にも安心して入って行けるし、畑や果樹園も荒らされない。
それだけでなく、町と町を繋ぐ道も安全になり交易がより盛んになったと聞いたこともあった。
放っておけば魔物を産む魔瘴石の浄化も、数え切れないほどたくさん行った。
これまでは処理が追いつかず封印庫に魔瘴石を貯めるだけであったが、ステラフィアラはその身を削りながら浄化をしたのだ。
それら全ては国のため、そして人々のためになったはずである。
そうであるはずなのに、何年も続けてきたその良き行いには目を背け、故意ではないたった一度の過ちだけに目を向けるのか。
魔力の暴走を起こすほどに魔瘴石を取り込ませてきた国ではなく、ステラフィアラだけを裁くのか。
(ここまでするほど私って駄目だったのかな。頑張ってきたんだけどなぁ……)
何を思っても、もう今更である。
ステラフィアラを魔女として火刑に処されることを、皆がこうして望んでいるのだ。
(それにもう、私は頑張りたくない。やっと、やっと自由になれる……)
「よってこれより、神の御名の元にこの女を火刑に処する!!」
嫌になるほど良く晴れた青空の下、騎士の声が響いた。
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