ハズレ聖女は花開く!

茶々

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第一章 カラス色の聖女

閑話 花嵐

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「私はレイア・ディー・フィールと申します。つい先日、こちらに聖女として呼ばれましたの。――」


 薔薇色の赤い髪を揺らしながら微笑む少女から、王国騎士団副団長のダニエル・フォン・ハイラインは挨拶を受けていた。
 目の前の彼女は可愛らしい見た目をしているが、若さ故かその気の強さと高慢さは全く隠せていない。

(へぇ。この子が神殿直属の聖女なんだ。この様子なら扱い易そうだが……ん?“呼ばれた”ということは神殿はついに召喚に成功したのか)

 ダニエルはレイアと話しながら、彼女の後ろにいる女性達にも目を向ける。
 熱い視線を向けてくるレイアとは違い、後ろの二人の目は冷ややかだ。ダニエルの少々軽薄なその態度に好感を持たなかったことが見て取れる。

(このお嬢さんが召喚されたということは、後ろの二人もそうなのか?記録にある聖女召喚では一人だけが呼び出されたはずだったが……。うーん、こりゃ何か嫌な感じがするな…。まぁ今はとりあえず後ろのお嬢さんたちについてだな)


「――ではレイア嬢、後ろのお二人の紹介をしていただいても?」

 レイアから後ろの女性達の紹介を受けたが、そのうちの一人だけ少々想定と違った物であった。名前さえ呼ばれなかった真っ黒な髪と瞳を持つ彼女は、聖女として呼ばれたにも関わらず魔力も魔術の属性もないらしい。

(レイア嬢が適当に言ってるのかとも思ったが、黒髪の彼女の反応からして真実らしいな。魔力が全くない人間になど初めて会ったぞ。しかし、それならば何故彼女が聖女として召喚されたんだ?)

 こちらの世界ではその身に宿す属性によって、髪や瞳の色に影響が出ると言われている。火の属性ならば赤い色をその身に得ることが多い。
 しかし、レイアの後ろに立つ彼女の髪と瞳は真っ黒だ。まるで何かに塗りつぶされたかのようなその黒い色は、こちらの世界ではとても珍しい。

(黒髪に黒い瞳。この子は一体何なんだろうか?)

 ダニエルが笑顔を浮かべたまま考えて込んでいると、それまで後方で静観していた騎士団長であるカレンリードが近付いてくる気配を感じた。
 このような場面でカレンリードが前に出ることは珍しい。いつもであれば、女性に甘い笑みで対応するダニエルが全てを請け負っているのだ。

(ほう?珍しい事もあったもんだな。まさかカレンのやつ、レイア嬢が気に入りでもしたか?…ンなわけないか)

「その子の名前は?」

 ダニエルの横に並んだからカレンリードの口から発せられた言葉は、思いの外優しげなものであった。その問い掛けはレイアへ向けてであるはずなのに、カレンリード意識はそちらへ向いていない。

 問い掛けられたレイアは、目の前に現れた見目麗しいカレンリードに目の色を変えた。そんなレイアに冷たい空気をかもし出すカレンリードの様子を、ダニエルはどこか面白そうな顔で眺める。
 自己紹介を求められたカレンリードはその名を名乗らず、騎士団長という役職だけを伝えていた。それは自体は決して珍しい事ではなく、公式の場や高位者相手でない限りカレンリード自ら名乗る事は少ないのだ。いくら召喚された聖女と言えど、カレンリードがその膝を折ることはない。

(いやーいつ見ても面白い。女性に目の前で熱い視線を送られてその態度はないだろ。もう少し愛想ってもんをだな…。にしてもカレンがこういう場で前に出るだなんて、明日は雪でも降るんじゃないか?……ん?)

 ニヤニヤとカレンリードを眺めていたダニエルは、彼の目が優しげである事に気が付いた。その視線の先を辿れば、黒髪の彼女へと続いている。そのカレンリードの視線に気付いた黒髪の彼女は少し困ったような顔になっている。
 おやおやこれは、とダニエルが意味深な笑みを深めていると、その彼女が遠慮がちに口を開いた。花柳小鳥はなやぎことり、そう名乗った名前はこちらでは聞き慣れない響きであった。

 ダニエルは軽口を叩きながら小鳥の前へと踊り出し、華奢な手をするりと取った。そこへ挨拶の口付けを落とせば、ぴくりと小鳥の身体が強張る。

(へー可愛いね。この程度で照れるだなんて擦れてない子なんだな。爪の手入れは不足しているが、手は荒れてないし日焼けもない。そこそこ良い所の出か?さてさて、肝心のカレンの反応は……げっ)

 間近に見たその手から平民ではなく、大きめの商家か下級の貴族あたりの出身ではないかと推測をする。初々しい反応をする小鳥を、ダニエルは軽くからかいながらカレンリードに目向けようとしたが、それより早く背後から冷たい空気が漂ってきた。

「ダニエル」

 その地を這うようなえとした声から少々やりすぎた事に気が付いたが、後悔するにはもう手遅れであった。




「おっと。あんなところで小鳥嬢と密会かぁ。あいつが自分から女性を誘ったところなんぞ初めて見たな。あのカレンを籠絡ろうらくした小鳥嬢は一体何者なんだろうか……」

 ダニエルは美しい庭園の一角にある東屋あずまやを遠目に眺めていた。
 つい先ほどまでレイアと共にいたが、女好きの不誠実な騎士など不要だとお役御免となったのだった。レイアの相手をするほど暇ではないため、それはわざとでもあったのだが、当のレイアは気が付いていないだろう。今は彼女の薔薇色の瞳には鼻の下を伸ばしている若い騎士に相手をさせている。

「アンジェリカ嬢からも話は聞けたが有益な情報はなかったな。にしても、あの間合いの取り方や雰囲気。彼女は騎士としての訓練を受けているんじゃないか?それも相当腕が立つと見えたが…」

 大きな木に身体を預けて考え事をしながらも、その目は東屋へと向けている。万が一、何者かの襲撃があればこの位置からならばすぐに気がつく事が出来るのだ。

(ま、俺が手を出す前にカレンがどうにかするだろうがな。……ん?あいつが笑ってる?社交場でもない上に女性相手に!?小鳥嬢は一体どんな秘術を使ったんだ……?)

 ダニエルは愕然がくぜんとした表情で優しく微笑むカレンリードを見ていた。社交場で見せる上っ面だけの笑みではなく、心からのその微笑みに思わず前のめりになる。

「はっ!あいつが女性相手にあんな顔が出来るとはな。その顔をあのお姫さんにも見せてやればいいものを…」

 深いため息を吐きながら再び木に背中を預けると、胸元から懐中時計を取り出す。そろそろ仕事の時間だが、今呼びに行くのは少々気が引けた。
 懐中時計を閉じ再び東屋へと視線を移せば、今度は周りの様子の変化に気が付く。自然豊かな場所に妖精がいる事は珍しい事ではない。しかし、カレンリードと小鳥がいる東屋に集まっている妖精の数は明らかに異常だ。

(今度はなんだ?カレンが妖精に愛でも囁いたか?)

 ダニエルが東屋の妖精達に注視していると、そよそよと吹く春風が微かに歌声を運んできた。その歌声は澄んだ春の空のようで驚くほどに心地良い。

「これは……小鳥嬢か?」

 歌声に誘われるようにダニエルは東屋へと足を向けた。一歩近づく度に妖精達の歓喜の声が大きくなり、彼らの喜びの花びらが雪のように舞い踊る。
 伸びやかな歌声が止むと、妖精達は嬉しそうに自身の花を小鳥へと差し出していった。どしどしと降るその花の雨から守るように、カレンリードがマントの中へと包み込む。

(あいつのこんな姿を見たら王都の女性達がどうなることやら……。この間便宜べんぎを図ってもらったし、ナターリエ様には今度会った時に話しておくか。ご婦人方のお茶会の良いネタになるだろ)

 東屋の外まで舞い散る花びらを踏み締めると、邪魔だと言わんばかりのカレンリードの視線とかち合った。ダニエルもわざわざカレンリードを不機嫌にさせたい訳ではないのだが、そろそろ仕事の時間である。
 カレンリードが名残惜しそうに小鳥の髪から手を離すと、その機嫌を隠しもせずダニエルの元へやって来た。

「おー怖い怖い。俺だって邪魔したい訳じゃないんだからそんな顔するなよ。それにしても小鳥嬢と随分と良い雰囲気だったが、お前にもようやく春が来たのか?」

 そんな軽口を受け、カレンリードはダニエルに良い笑顔を向けた。それは騎士達が見たら青ざめてしまう笑顔だ。

「ダニエル。君はそんなに鍛錬をしたいのかい。その気持ちは良く分かったから期待しておくといい。何をほうけている?早々に仕事を終わらせよう」

 ダニエルは項垂れたまま、マントをひるがえしカレンリードの後に続いて歩き出した。
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