ハズレ聖女は花開く!

茶々

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第一章 カラス色の聖女

お茶会3

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 小鳥たちがお茶会をしていた部屋からナターリエが退室して行くと、その部屋には小鳥とリュカの二人だけになった。
 ちらりと横に座るリュカを見れば、なんとも面白くなさそうな顔でお菓子を頬張っている。


「リュカ、どうかしたの?」

 じっこりとした半目で小鳥を見たかと思うと、すぐにぷいっと横を向いてしまった。

「んー?なんだか小鳥は随分と騎士団長と仲が良さそうだなーって思っただけ。その彼とはどんな関係なの?」

「どんな関係と言われても…。ちょっとだけ色々あったけど、少し言葉を交わした程度だよ。私なんかカレンリード様からしたらその他大勢のうちの一人だろうし、私の事忘れちゃってるかも」

「小鳥は色々と特殊だから忘れられる事はなさそうな気がするけどね。それにしてもなんだか妬けるなぁ……」

 リュカはおもむろに椅子から立ち上がると、軽く足取りで小鳥の背後へと回った。小鳥の首元からするりと腕を伸ばし、まるで逃がさないとでも言うかのように小鳥の前で手を組んだ。


「カナリアは鳥籠に入れて大事に育てるのも良いよね」

「……っ!」

 小鳥の耳元で聞こえた普段とは違う、甘さと冷たさを合わせ持ったようなリュカの声にぞくりと肌を粟立たせる。
 声が聞こえた方へと顔を向ければ、吐息が掛かってしまうほど近くにリュカの顔があった。目の前にある満月のような金色の瞳の奥にある感情は小鳥には分からない。

(いつもの雰囲気であれば笑い飛ばせたけど、なんだか違う。どうしたらいいのか分からないんだけど…!)

 なんと答えればいいのか、と小鳥は懸命に考えるが良い案は一向に浮かんでこない。リュカの浅葱色の髪がひどく困惑した小鳥の頬をさらりと撫でていった。

「ふふ、困った顔も可愛いね」

 そう笑ったリュカがいつもの雰囲気に戻った事に安堵したが、小鳥をふんわりと拘束している手を緩める気配はない。小鳥は目の前にあるリュカのその腕に手を添えると、少し怒ったような顔でリュカを睨み付けた。

「リュカの冗談分かりにくいよ!なんて答えればいいのかってすごく困った…」

「冗談ではないんだけどね。でもボクは小鳥の意に反して事を起こすつもりはないから安心して。小鳥がボクの庇護下に入りたいと望むのなら大歓迎するけどね」

「リュカの庇護下……?私、リュカの事全然知らないけど、もしかして高位の貴族出身とかなの?」

「大体そんな感じ!小鳥がボクの下に来るのなら、どんな事があっても絶対に守るし、一番の寵愛をあげるよ」

「身分のない私の後ろ盾になってくれるって事?すごく魅力的な提案だけど、リュカとはそういう関係じゃなくて友達のままがいいな」

 リュカは溢れそうなほど大きな瞳をぱちぱちと瞬かせる。小鳥のその言葉に心底驚いたのだ。
 小鳥を後ろから閉じ込めるかのように周していた手を解くと、小鳥の背後から真横へとやって来た。丁寧な動作で小鳥の手を取り、その指先に軽い口付けを落とす。

「ボクの庇護を拒んだのは小鳥が初めてだよ。多くは様々な利益を得ようとボクの庇護を求めてくるんだ。でも小鳥はそれよりも友達である方がいいんだね」

「うん。友達の方がいい。私がリュカを守るのなら構わないけど、リュカに特別扱いされて守られるのはなんとなく嫌かな」

「確かに、小鳥は鳥籠で大人しくさせるよりも、自由に空を羽ばたく方が合っているね。でも、小鳥に求められたらすごく嬉しいんだけどなぁ」

 残念、と言いながら自分の席に戻ったリュカはクッキーを自分の皿へと盛っていく。愛らしい見た目のイメージ通りに甘い物は好物なようだ。
 ナターリエのいない今であれば心置きなく好きに食べれるぞ、と思い至った小鳥もお菓子の乗った皿へと手を伸ばす。マドレーヌとパステルカラーが可愛らしい焼いたメレンゲを取ると、次々に口へ運んだ。


「お待たせしてごめんなさいね」

 小鳥が更にマドレーヌを二つ食べ終わった頃、ナターリエが部屋へと戻ってきた。小鳥は急いで口元が汚れていないか確認すると、ナターリエの方へと向きを変える。

「とんでもないです。むしろ、お手紙の手配をお任せしてしまってすみません。お手紙はどのような内容を書いたのですか?」

「お手紙のひとつやふたつお安い御用よ。書いた内容はまず小鳥さんがうちにいる事、それからマントの返却を希望している事、このふたつよ。出来るだけ早くお返事をするように、とも書いたから三日後くらいにはあちらからお手紙が届くのではないかしら?」

 今騎士団は忙しいと言っていたのに急がせて大丈夫なのだろうか、と小鳥は思ったが、出来るだけ早く大事なマントを返却したいので、あえてそれを口に出す事はしなかった。

「分かりました。お返事が来たら是非私にも知らせてください」

「ええ、もちろんよ。さて、お手紙の件はこれで片付いたわね。突然なのだけれど、小鳥さんはパーティーに興味はおあり?」

「パーティーですか?」

 小鳥はパーティーなど卒業パーティーくらいしか参加した事がない。ナターリエの言うパーティーは、確実に小鳥が知るそれとは違う物であろう。

(興味がない訳じゃないけど、ナターリエさんが参加するような物に私なんかが出られる訳がない!!不相応すぎて周りから笑われて、ナターリエさんに恥をかかせる未来しか見えない……)

「ええ。パーティーと言うよりはちょっとした顔見知り同士の集まりのような物かしら?そんなに堅苦しくないから物だから、気軽に考えてちょうだい」

「私なんかが参加しても大丈夫なのでしょうか…?マナーも知りませんし、ダンスも踊れません……」

「ダンスはないから安心してちょうだいな。食事をしながらお話をして、わたくしの知り合い達と繋がりを持つのはどうかしらと思ったの」


「それはこの子を取り込むという事かい?」

 夢中で焼き菓子を頬張っていたと思っていたが、小鳥たちの会話はきちんと聞いていたようだ。リュカはナターリエに鋭い視線を向けながら言葉を続ける。

「もしそうであるなら、すぐにここを出る事にしよう。陰からこの子を支えるのならば構わないけど、それ以上をするというのならボクは少し怒るかもしれないね」

「リュカ?」

 小鳥は真剣な顔をしたリュカへと目を向けた。リュカがナターリエの発言に不快感を示しているのは分かったが、何故そのように思うのか分からない。
 ナターリエはリュカの言葉を受け即座に提案を打ち消し、謝罪の言葉を続けた。

「申し訳ございません。小鳥さんのためにと思ったのですが、出過ぎた真似を致しました」

「ボクの庇護を受けないのに、コレの庇護を受けるだなんて到底受け入れられないからね」

「リュカ、もしかしてさっきの会話引きずってる?」

「……少しだけ」

「リュカったら……。ナターリエさん、すみません。パーティーへの参加はあまり気が進みませんが、もし私に仕事を斡旋してくれそうな方がいたらご紹介いただきたいです」

 ナターリエは少し驚いたようであったが、またすぐに柔らかな笑みを浮かべた。

「小鳥さんはお仕事を探してらっしゃるの?」

「はい。手持ちのお金も限られているうえに、家に帰る手立てもないので…。私のような者でも出来るお仕事はあるでしょうか?」

 少し考えるようにナターリエは瞳を伏せた。

 身元が確かでなくとも出来る仕事はあるのだろうか。小鳥の前に置かれたカップの水面には不安げな瞳が揺れていた。
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