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紅い月編
タイトルが思いつかなかった話
しおりを挟むこの本は、とある主人公が古い時代において英雄と言われるまでの話だった。
とは言え、この本はこれ一冊で序章なので、まだまだ続くようだ。
最初、主人公が生まれた時代は全ての種族が敵対し、戦争を繰り返していた。
本で最初に世界の情勢について触れた時に、こう書いてあった。
曰く、和解はあり得ない。
曰く、平和は存在しない。
曰く、弱者に生などない。
森林人族が森に誘い込み、毒をばら撒き、矢で撃ち抜き、風で切り裂いて、殺す。
土精人族が武器を創り出し、大剣で叩き斬り、戦鎚で潰し、槍で突き刺して、殺す。
魔人族が魔法を使い、炎で焼き尽くし、闇で消し去り、氷で貫いて、殺す。
妖精族が理を操り、出口のない水中に沈め、肉体を滅し、魂を壊し、身体を破裂させ、殺す。
人族が技を使い、剣で斬り、魔法の炎で燃やし、非道な罠をに嵌めて、殺す。
魔物達が怒り狂い、牙で喰らい付き、爪で肉を切り裂き、肉を丸呑みして、殺す。
吸血鬼族が、血を吸い尽くし、眷属にし操り、元同胞と戦わせ、殺す。
悪魔族が、嘘で騙し、魂を喰い、四肢を切り落とし、頭を割って、殺す。
龍種が、火を吐き、雷を吐き、噛み付き、押し潰して、殺す。
獣人族が、獣と化し、噛み付き、蹴り飛ばし、殴り付け、心臓を握り潰して、殺す。
天使族が、聖なる光で滅し、聖なる雷で焼き払い、聖獣共に喰らわせて、殺す。
全ての種族が、分け隔てなく殺し合う。
悪夢であった。地獄であった。
全ての種族が、強さを求め、知識を求め、勝利を求めた。
意味無く死ぬことは許されない。
…確かに地獄だな。
世界中が戦争とか、地獄で無ければなんだと言うんだ。
俺も、マフィアの抗争に付き合ってたが、あれは不毛だ。
縄張りと利益の為に争って、死人が出る。
勝てるかも分からないし、負けたら受けた傷も死んだ仲間も意味が無くなる。勝ったとしても、利益があるのは一部の人間だけ。
さて…本では、人族である主人公が、子供ながら戦士になる為に剣を取り、訓練を経て大人になっていく。
何度も住んでいる集落を襲われ、昨日話した友達が。お世話になった恩人が。戦い方を教えてくれた師が、いつの間にか犠牲になっている。
そんな環境で生き延びた主人公が、多くの仲間を殺した吸血鬼の住処を見つけ、仲間と共にそこに向かおうとする。
そんな展開だ。
晃は続きを読もうと頁を捲るっていく。
「アキラ様、紅茶です」
そうすると、いつの間にか書庫に入って来ていたリアが、晃とミインの居る机に紅茶の入ったティーカップを置いた。
「ああ、ありがと」
晃は特に考えずにティーカップに手を伸ばす。
本を置き、カップに入ったスプーンを取り出して紅茶を啜る。
「熱っ!」
しかし思いの外熱く、舌を火傷した上に、手が滑って本に紅茶をぶち撒けてしまった。
「やっべっ!本が!」
晃は急いで本を持ち上げて、染み込まないように紅茶を払う。
それに気が付いたリアが本を取り上げて、タオルで拭いていく。
「悪い、本が…」
「ああ、大丈夫ですよぉ?この本は…」
リアは拭き終わった本をこちらに手渡してくる。
晃はその本を受け取ると驚いた。濡れていないのだ、それどころか湿ってすらいない。まるで紅茶なんて掛かっていないのだと言わんばかりに、変化が全く無い。
「え?どうなってんだ…これ」
「ええと、この本は劣化防止の魔術が掛けられているんですよぉ。経年劣化もしなければ、水で濡れることもないし、炎で焦げることも無いんです」
「…へぇ、凄えな。この館にある物は不思議な物ばっかりだな」
「そうですかねぇ?あ、紅茶淹れなおしますね?熱いならスプーンでかき混ぜて下さい」
「…すいません」
「いえいえ~あ、蜂蜜と角砂糖も置いておきますね~」
晃はリアが書庫から出るのを見送りながら。閉じてしまった本の続きの頁を探す。そこで、隣の席のミインに紅茶が飛んでしまっていないか、もしくは醜態を見られていないか気になり、ミインの方に急いで目を向ける。
「3.5…いや、ラムリアの定理と二重魔術の公式を合わせると…18?いや、大き過ぎる…理論上では…」
何十枚の紙に数式の様なものを書き込み、他の紙や本と照らし合わせては離し、新しい紙にまた魔術式を書く。
全力で集中しており、こちらの状況が耳に入っていた様子は無かった。
「…邪魔しちゃ悪いな」
そう考えた晃は、ミインの方に紅茶が掛かってはいない事を確認すると、席に着いて本を再度読み始めた。
*********************************
晃は本の最後の頁を読み終え、そのまま机に置く。
本は厚みの分内容も厚く、かなり集中して読んでいて、その分あれから読み切るのにかなりの時間を掛けてしまった。
ミインは一段落着いたのか、今は魔術式を書くのをやめて、何かの本を読みながら蜂蜜を紅茶に入れて飲んでいる。
先程までずっと魔術式を書いていたので、当然紅茶は冷めている。
美味しかったのだが、勿体ないな。と思いつつ、晃はティーカップに残った少量の紅茶を口に運ぶ。
冷めてても美味かった。これはこれでイケると言うか…冷めてても美味しく飲める様になってると言うか、むしろ冷めてた方が味が深くなっている様にも感じる。
「え~皆様、お食事が出来上がりました~
リアの呼び声で食堂に全員が向かう。
食事は前回の様なスープなどは無く、赤いシチューがメインで、付け合わせに白パン。サラダには酸味の強いドレッシングがかかっていた。
食事を終え、寝室に戻る。
「アキラ?寝ないの?」
「…ああ、前回の事があるからな」
「…確かに…でも、ゼロも流石にもうしないと思うよ?」
「俺もそう思うけどさ…?一応な。あんまりミインに寂しい想いさせたくねえしな」
「…ん、んんぅ…」
ミインは晃の言葉を聞くと枕に顔をうずめて俯せに寝てしまった。
「おいおい、どうした?」
「なんでも、ない…」
「そうか?」
ミインはその体制のまま暫く唸っていた。
…なあ、照れた感じかこれ?
…
……
…………
………………可愛いなオイ!
結果、理解してしまった晃はミインと同じように枕に顔をうずめて唸った。
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