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序章:異世界にて
第二十四話:メマイドリ?
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一日中、森の中を移動して夜になった。
道中魔物に襲われたが、それ以外は特に何もなくただ歩いているだけ。これから目的地まで五日はかかるというのだからやってられない。
身体強化を使えば荷物も体も軽いので大した疲労はないものの、同じような景色が続くと気分が滅入る。
「はあぁ~、なんか疲れた」
岩壁の中腹にできた空洞、深海魚が大口を開けたような入り口に対して、奥行きはない。しかし雨風はしっかり防いでくれそうな空洞である。
その入り口付近で焚き火を囲み、冷えた地面にペタリと座り込んで、ルビーのような瞳にゆらめく炎が映る。後ろに束ねられた紅髪は、腰に達するほど長い。そこから僅かに覗く首筋と、ブーツを脱いで露わになった健康的だが細い足は、しっとりと艶のある若々しさを感じさせる。しかし何度もいうが、この紅の少女、精神は男である。
焚き火を挟んでヴィルの向かいに座るレイヴンは、沸騰した鍋に干し肉と塩を適当に放り込み、どうにも旨味に欠けた、物足りなさの否めないスープが完成に近づいていく。
「レイヴンさん、これでいいの?」
そう言って差し出されたブラトニールの小さな両手一杯に、ピカピカに磨かれた大きいドングリのような木の実。
はて、ドングリは食べられただろうか、と考え込むヴィルを気にもとめず、レイヴンはそれらを鍋に流し入れる。
「あっつ! そろそろ完成だぞ」
あまり乱雑に入れるものだから、熱湯に飛び込んだドングリたちに、彼は反撃をくらっている。
完成間近、といわれた鍋の中身を見ても、ヴィルの食指はピクリとも動こうとしなかった。
それはブラトニールも同様で、口を一の字に結び、不安そうに眉尻を下げている。
そんな中で一人だけ、意気揚々と器を用意している男の口から衝撃の一言。
「今日はうまくできたんじゃないか!」
今日……は? この男、自分から調理を買って出たくせに、今まではまともな料理を完成させたことがなかったのか? という思いが、二人の少女の顔をいっそう曇らせる。
ぐつぐつと湧き立ち、ジリジリとそのときを迎えようとしている。
大きなドングリたちは、急激な温度変化にさらされ、その外皮にヒビをはしらせていた。
一煮立ちして、器に並々と注がれるドングリ汁。申し訳程度の肉切れが浮かび、ドングリの渋みが溶け出ているであろう灰汁だらけの茶色のスープ。
そこに浮かぶ、ホクホクのドングリ島。
「ほいヴィル、こっちはブラトニール。どうだ美味そうだろ! さあ食うぞ」
ぶっ飛んだ禍々しさこそ感じないものの、
(あ、普通にまずそう……)
そんな感想が心に浮かび、差し出された器を震える手で受け取り、ごろごろと浮かぶ島々を凝視するヴィル。
森に住んでいたブラトニールも、このドングリは食べたことがないらしく、立ったまま固まり、斜め下に座るヴィルの様子を見ている。
「どうした? 遠慮しなくてもいいぞ。木の実は、外皮を剥いてかぶりつけばいい」
その悪意ない言葉に、逃げられない圧力を感じたブラトニールは、その場にストンと腰を下ろす。
フォークでドングリの表面を軽く撫でると、ヌルッと外皮が剥がれる。見た目はドングリのようだが、構造は全く異なるようだ。
自信満々なレイヴンの視線に負けて、意を決したようにドングリに齧り付くブラトニール。
「……ぅ……んぁ」
小さな口いっぱいに、トロトロとした苦味と渋味が広がる。
ドングリの断面からは、白い粘性の液体が溢れ出している。
ブラトニールは嗚咽を堪え、目を固く瞑り、涙ながらにそれを喉の奥に流し込む。唇から垂れた謎の液体を手首で拭うと、無理やりに笑顔をつくった。
「お、いしい……です」
「だろ! これ独特のうまさがあるんだよ。それに貴重なタンパク源でもある」
明らかに顔色を悪くしながら、それでも精一杯の虚勢を張る少女の姿を見て、だが気づかないレイヴンは続ける。
「この実、普通は硬くて煮ても食えたもんじゃないんだが……」
嫌な予感。
ブラトニールが食べたのなら、とドングリを口に運ぼうとしていたヴィルの手が止まる。
そしてヴィルは、レイヴンの続く言葉に耳を傾ける。
「この虫が入ると、こうして……食べられるように、なる」
彼はドングリに豪快にかぶりつきながら、聞き捨てならない事をさらりと告げた。
むし? 虫のことだろうか。
どこに……、
「えぇっ! これ虫なのかッ!?」
叫び、飛ぶように器から距離を取るヴィル。
「ああ、メマイドリの幼虫だ」
メマイドリとは、森でたまに見かける尾の長い蛾みたいな虫である。木の実の中で孵化した幼虫は、内部を食べてすくすくと成長。実の外皮を盾にしながら土に埋もれ冬を越し、暖かくなると成虫へと変体する。
つまり、このドングリの中には、その幼虫がギチギチに詰まっているのだ。
ブラトニールはすっかり青ざめた様子で、もう一度ドングリの断面に目をやる。白いトロトロの中に浮かぶ黒い点々、虫だと理解ったいま、それらは心なしか蠢いているように見え、
「あぅ……」
思わず口を覆い、すでに白い粘液に体内への侵入を許してしまっている事実を脳で反芻する。豊かな想像力を働かせ、自身も体内から幼虫に食われる映像を脳内再生。
微動だにせず、込み上げる吐き気を我慢することに心血を注ぐが、しかしこれは序章に過ぎないというように、絶望の声が響く。
「どうした? やっぱり、口に合わなかったか?」
ほんとうに悪気はないのだろうが、その言葉は律儀なブラトニールとすこぶる相性が悪い。
自分の集落まで足を運び、竜の調査をしてくれるという人が、飯まで作ってくれたのだ。
残すなんて失礼があってはならない。
「い……ぃえ、とてもおいしいですよ……ほんとに」
上擦った声を出すと、またドングリと睨めっこを始める。
意を決してフォークを指し、口の前まで運ぶと、恐る恐る感触を確かめるように、前歯の先端でゆっくりと千切る。
「……んっ……んぅ。んぁ……はぁ、はぁ……んはぁ。……お、いし、い」
なるべく鼻で息をしないように、最低限の咀嚼で喉の奥へと押し込む。そうして鼻呼吸に戻ろうとすると、残留した幼虫の土臭さに、飲み込んだものが逆流しかけて、涙を浮かべる。
そんな少女に対してヴィルは、何故か見てはならないものだと思い、頬を赤らめて目を逸らしていた。
道中魔物に襲われたが、それ以外は特に何もなくただ歩いているだけ。これから目的地まで五日はかかるというのだからやってられない。
身体強化を使えば荷物も体も軽いので大した疲労はないものの、同じような景色が続くと気分が滅入る。
「はあぁ~、なんか疲れた」
岩壁の中腹にできた空洞、深海魚が大口を開けたような入り口に対して、奥行きはない。しかし雨風はしっかり防いでくれそうな空洞である。
その入り口付近で焚き火を囲み、冷えた地面にペタリと座り込んで、ルビーのような瞳にゆらめく炎が映る。後ろに束ねられた紅髪は、腰に達するほど長い。そこから僅かに覗く首筋と、ブーツを脱いで露わになった健康的だが細い足は、しっとりと艶のある若々しさを感じさせる。しかし何度もいうが、この紅の少女、精神は男である。
焚き火を挟んでヴィルの向かいに座るレイヴンは、沸騰した鍋に干し肉と塩を適当に放り込み、どうにも旨味に欠けた、物足りなさの否めないスープが完成に近づいていく。
「レイヴンさん、これでいいの?」
そう言って差し出されたブラトニールの小さな両手一杯に、ピカピカに磨かれた大きいドングリのような木の実。
はて、ドングリは食べられただろうか、と考え込むヴィルを気にもとめず、レイヴンはそれらを鍋に流し入れる。
「あっつ! そろそろ完成だぞ」
あまり乱雑に入れるものだから、熱湯に飛び込んだドングリたちに、彼は反撃をくらっている。
完成間近、といわれた鍋の中身を見ても、ヴィルの食指はピクリとも動こうとしなかった。
それはブラトニールも同様で、口を一の字に結び、不安そうに眉尻を下げている。
そんな中で一人だけ、意気揚々と器を用意している男の口から衝撃の一言。
「今日はうまくできたんじゃないか!」
今日……は? この男、自分から調理を買って出たくせに、今まではまともな料理を完成させたことがなかったのか? という思いが、二人の少女の顔をいっそう曇らせる。
ぐつぐつと湧き立ち、ジリジリとそのときを迎えようとしている。
大きなドングリたちは、急激な温度変化にさらされ、その外皮にヒビをはしらせていた。
一煮立ちして、器に並々と注がれるドングリ汁。申し訳程度の肉切れが浮かび、ドングリの渋みが溶け出ているであろう灰汁だらけの茶色のスープ。
そこに浮かぶ、ホクホクのドングリ島。
「ほいヴィル、こっちはブラトニール。どうだ美味そうだろ! さあ食うぞ」
ぶっ飛んだ禍々しさこそ感じないものの、
(あ、普通にまずそう……)
そんな感想が心に浮かび、差し出された器を震える手で受け取り、ごろごろと浮かぶ島々を凝視するヴィル。
森に住んでいたブラトニールも、このドングリは食べたことがないらしく、立ったまま固まり、斜め下に座るヴィルの様子を見ている。
「どうした? 遠慮しなくてもいいぞ。木の実は、外皮を剥いてかぶりつけばいい」
その悪意ない言葉に、逃げられない圧力を感じたブラトニールは、その場にストンと腰を下ろす。
フォークでドングリの表面を軽く撫でると、ヌルッと外皮が剥がれる。見た目はドングリのようだが、構造は全く異なるようだ。
自信満々なレイヴンの視線に負けて、意を決したようにドングリに齧り付くブラトニール。
「……ぅ……んぁ」
小さな口いっぱいに、トロトロとした苦味と渋味が広がる。
ドングリの断面からは、白い粘性の液体が溢れ出している。
ブラトニールは嗚咽を堪え、目を固く瞑り、涙ながらにそれを喉の奥に流し込む。唇から垂れた謎の液体を手首で拭うと、無理やりに笑顔をつくった。
「お、いしい……です」
「だろ! これ独特のうまさがあるんだよ。それに貴重なタンパク源でもある」
明らかに顔色を悪くしながら、それでも精一杯の虚勢を張る少女の姿を見て、だが気づかないレイヴンは続ける。
「この実、普通は硬くて煮ても食えたもんじゃないんだが……」
嫌な予感。
ブラトニールが食べたのなら、とドングリを口に運ぼうとしていたヴィルの手が止まる。
そしてヴィルは、レイヴンの続く言葉に耳を傾ける。
「この虫が入ると、こうして……食べられるように、なる」
彼はドングリに豪快にかぶりつきながら、聞き捨てならない事をさらりと告げた。
むし? 虫のことだろうか。
どこに……、
「えぇっ! これ虫なのかッ!?」
叫び、飛ぶように器から距離を取るヴィル。
「ああ、メマイドリの幼虫だ」
メマイドリとは、森でたまに見かける尾の長い蛾みたいな虫である。木の実の中で孵化した幼虫は、内部を食べてすくすくと成長。実の外皮を盾にしながら土に埋もれ冬を越し、暖かくなると成虫へと変体する。
つまり、このドングリの中には、その幼虫がギチギチに詰まっているのだ。
ブラトニールはすっかり青ざめた様子で、もう一度ドングリの断面に目をやる。白いトロトロの中に浮かぶ黒い点々、虫だと理解ったいま、それらは心なしか蠢いているように見え、
「あぅ……」
思わず口を覆い、すでに白い粘液に体内への侵入を許してしまっている事実を脳で反芻する。豊かな想像力を働かせ、自身も体内から幼虫に食われる映像を脳内再生。
微動だにせず、込み上げる吐き気を我慢することに心血を注ぐが、しかしこれは序章に過ぎないというように、絶望の声が響く。
「どうした? やっぱり、口に合わなかったか?」
ほんとうに悪気はないのだろうが、その言葉は律儀なブラトニールとすこぶる相性が悪い。
自分の集落まで足を運び、竜の調査をしてくれるという人が、飯まで作ってくれたのだ。
残すなんて失礼があってはならない。
「い……ぃえ、とてもおいしいですよ……ほんとに」
上擦った声を出すと、またドングリと睨めっこを始める。
意を決してフォークを指し、口の前まで運ぶと、恐る恐る感触を確かめるように、前歯の先端でゆっくりと千切る。
「……んっ……んぅ。んぁ……はぁ、はぁ……んはぁ。……お、いし、い」
なるべく鼻で息をしないように、最低限の咀嚼で喉の奥へと押し込む。そうして鼻呼吸に戻ろうとすると、残留した幼虫の土臭さに、飲み込んだものが逆流しかけて、涙を浮かべる。
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