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序章:異世界にて
第二十二話:竜対策会議
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軋む階段を昇ると、また廊下が続いており、行き止まりには重厚感のある木の扉。板チョコのような扉である。
案内人がその板チョコをノックすると、中から低い声で入室を許可された。
室内には、ギルドマスターとシルスの他に、トップパーティのリーダー四名がギルマスの机を囲むように立っている。
ギルドマスは最奥の椅子に腰掛けた、中老にしては筋肉質でガタイの良い男である。
「揃ったか。レイヴン、その子供が……」
ギルマスの視線が怖かったのか、ヴィルの後ろに隠れるブラトニール。
ヴィルは、もしかしてギルマスまでロリコンなのでは? と訝しんでいた。
「ああ、森の集落から来たという少女だ」
レイヴンの返答に、ギルマスは少し複雑そうな表情をした。
全員が部屋の真ん中に用意された長机に着席すると、竜の対策会議が始まる。
とは言ったものの、やはりシルスが語った通り、村への戦力の派遣は難しいという意見でまとまりつつあった。ギルマスや各パーティリーダーたちも、ブラトニールに申し訳なさそうにしているが、どうしようもない。
ではなぜ今改めて会議を始めたのかというと、おそらく最高戦力のレイヴンとヴィルに釘を刺すのが一番の目的なのだろう。
ヴィルの隣に座るブラトニールの表情は、見る間に曇っていき、俯く視線に映るのは膝に置いた、自分の小さな手。その小さな手に、一滴、ニ滴と大粒の水滴がこぼれ落ちては弾けて散る。
そんな彼女の涙に気づいたヴィルが、
「俺が……」
「私が守ります」
ヴィルが口を開くのとほぼ同時にシルスの言葉が室内に響く。壁の魔力石の光に照らされる彼女の横顔は凛としていて、空気をヒリつかせる程の魔力に全員が押しだまる。
「街の防衛は私一人で大丈夫ですので、レイヴンたちを集落に行かせてください」
その言葉にまず驚いたのはブラトニールだった。瞠目した涙色の瞳から溢れ出す涙の止め方を、少女は知らない。
シルスの気持ちは理解るが……、という面持ちで短髪の冒険者が口を開く。
「シルスさん……いくらあなたでもそれは難しいんじゃないですか?」
「確かに竜に対して魔法は有効打になりませんが、防御結界は私の得意とするところ。もし竜がこちらに攻めて来たのなら、何十日でも何百日でも耐え抜いて見せます」
机に両手をついて身を乗り出し、鋭い目は全員に訴えかけるように灯りを反射している。
それでも一度出かけた結論を棄却することは難しく、また同じ冒険者が食ってかかる。
「だからっ! 気持ちは分かるがそんなことできな…………」
彼の言葉を遮ったのは、テーブルを断絶するように出現した一枚の結界。
どう見てもただの結界ではない、百年以上かけて研鑽された技術と、集積された魔法知識によって編み出されたであろう結界術。
単純な暴力での破壊が困難を極めることは、その場の誰もが理解した。
溢れ出す魔力で金色の髪を浮かせたシルスは男を睨みつけ、「不可能」と言う言葉を脳裏から消し去る。
「私だって竜が怖い、百五十年も前に対峙して以来ずっとだ。親友が葬られる姿も目の当たりにした。だからずっと守る力を磨いてきたんだ。もう……竜に怯えて生きるのはやめる。この街は、私が守る……」
最後に静かな覚悟を示したところで、誰も何も言えなくなっていた。
「あの……」
ここでふと思いついたように沈黙を破ったのはヴィルだった。
「俺、場所がわかっていれば転移できるので、もし街に襲撃があった場合、どうにか連絡がつけば戻って来ることができます」
転生直後、王城での戦いの中で発動しかけたが、魔法陣を破壊され不発に終わり、それからすっかり忘れていた。
日々の依頼でも使っていれば、倍の報酬は稼げたという事実に肩を落とす。
こんな便利な魔法を持っていて使わなかったことに、みんな呆れているのだろう、とヴィルが顔を上げると、
「な……なにぃぃぃいいいいッ!!!?」
腕組みをして渋そうな顔をしていたギルマスが、唾を飛ばしながら大声を上げて立ち上がった。驚きすぎてそのまま後ろへ倒れるのでは、と心配したほどだ。他の者も驚いていたようだが、ギルマスの驚き様に冷静さを維持できていた。
必然的に一同の視線はギルマスへ向く。
彼はコホンと一つ咳払いをすると、冷ややかな視線の中、倒れた椅子を「よいしょよいしょ」と無駄に丁寧に直し、
「ほ、本当に使えるのか?」
と、今のを無かったことにした。
それに対して流石のヴィルも空気を読み、
「はい……」
と、苦笑いを返す。
これには場の全員が机の下で控えめに親指を立てていた。
その後会議は順調に進み。結局、レイヴンとヴィルが、ブラトニールの集落へ調査へ行くことになり、中位以上の竜が観測された場合、手出しは厳禁だと忠告を受けて終了した。
みんなでギルドを出ると、ヴィルの後ろにいたブラトニールが突然シルスの前に出る。
「どうしたの?」
シルスは中腰になり、柔らかな声で少女に耳を向ける。少し尖った綺麗な耳だ。
「シルスさん、さっきは、その、ありがとうございました」
気恥ずかしいのを誤魔化すためか、お腹の前で指を絡めて、シルスの反応をちらちらと伺う。
自信がなさそうな事に変わりはないが、気持ち明るくなったように見える。
シルスは少女の頭を軽く撫でて立ち上がると、皓々と注がれる月の光に目をやり、物悲しそうな横顔で独り言をした。
「あなたなら……見捨てないよね」
それはとても小さく、呟くような、ともすれば夜風に消えてしまうような声だった。
そうして少女に向き直ると、今度は救われたように穏やかな表情をして一言。
「ありがとう」
「……? うんっ! どういたしまして!」
少女は女の言葉の意味を汲めなかったが、その暖かな表情に嬉しくなり、無邪気な笑顔を返すのであった。
案内人がその板チョコをノックすると、中から低い声で入室を許可された。
室内には、ギルドマスターとシルスの他に、トップパーティのリーダー四名がギルマスの机を囲むように立っている。
ギルドマスは最奥の椅子に腰掛けた、中老にしては筋肉質でガタイの良い男である。
「揃ったか。レイヴン、その子供が……」
ギルマスの視線が怖かったのか、ヴィルの後ろに隠れるブラトニール。
ヴィルは、もしかしてギルマスまでロリコンなのでは? と訝しんでいた。
「ああ、森の集落から来たという少女だ」
レイヴンの返答に、ギルマスは少し複雑そうな表情をした。
全員が部屋の真ん中に用意された長机に着席すると、竜の対策会議が始まる。
とは言ったものの、やはりシルスが語った通り、村への戦力の派遣は難しいという意見でまとまりつつあった。ギルマスや各パーティリーダーたちも、ブラトニールに申し訳なさそうにしているが、どうしようもない。
ではなぜ今改めて会議を始めたのかというと、おそらく最高戦力のレイヴンとヴィルに釘を刺すのが一番の目的なのだろう。
ヴィルの隣に座るブラトニールの表情は、見る間に曇っていき、俯く視線に映るのは膝に置いた、自分の小さな手。その小さな手に、一滴、ニ滴と大粒の水滴がこぼれ落ちては弾けて散る。
そんな彼女の涙に気づいたヴィルが、
「俺が……」
「私が守ります」
ヴィルが口を開くのとほぼ同時にシルスの言葉が室内に響く。壁の魔力石の光に照らされる彼女の横顔は凛としていて、空気をヒリつかせる程の魔力に全員が押しだまる。
「街の防衛は私一人で大丈夫ですので、レイヴンたちを集落に行かせてください」
その言葉にまず驚いたのはブラトニールだった。瞠目した涙色の瞳から溢れ出す涙の止め方を、少女は知らない。
シルスの気持ちは理解るが……、という面持ちで短髪の冒険者が口を開く。
「シルスさん……いくらあなたでもそれは難しいんじゃないですか?」
「確かに竜に対して魔法は有効打になりませんが、防御結界は私の得意とするところ。もし竜がこちらに攻めて来たのなら、何十日でも何百日でも耐え抜いて見せます」
机に両手をついて身を乗り出し、鋭い目は全員に訴えかけるように灯りを反射している。
それでも一度出かけた結論を棄却することは難しく、また同じ冒険者が食ってかかる。
「だからっ! 気持ちは分かるがそんなことできな…………」
彼の言葉を遮ったのは、テーブルを断絶するように出現した一枚の結界。
どう見てもただの結界ではない、百年以上かけて研鑽された技術と、集積された魔法知識によって編み出されたであろう結界術。
単純な暴力での破壊が困難を極めることは、その場の誰もが理解した。
溢れ出す魔力で金色の髪を浮かせたシルスは男を睨みつけ、「不可能」と言う言葉を脳裏から消し去る。
「私だって竜が怖い、百五十年も前に対峙して以来ずっとだ。親友が葬られる姿も目の当たりにした。だからずっと守る力を磨いてきたんだ。もう……竜に怯えて生きるのはやめる。この街は、私が守る……」
最後に静かな覚悟を示したところで、誰も何も言えなくなっていた。
「あの……」
ここでふと思いついたように沈黙を破ったのはヴィルだった。
「俺、場所がわかっていれば転移できるので、もし街に襲撃があった場合、どうにか連絡がつけば戻って来ることができます」
転生直後、王城での戦いの中で発動しかけたが、魔法陣を破壊され不発に終わり、それからすっかり忘れていた。
日々の依頼でも使っていれば、倍の報酬は稼げたという事実に肩を落とす。
こんな便利な魔法を持っていて使わなかったことに、みんな呆れているのだろう、とヴィルが顔を上げると、
「な……なにぃぃぃいいいいッ!!!?」
腕組みをして渋そうな顔をしていたギルマスが、唾を飛ばしながら大声を上げて立ち上がった。驚きすぎてそのまま後ろへ倒れるのでは、と心配したほどだ。他の者も驚いていたようだが、ギルマスの驚き様に冷静さを維持できていた。
必然的に一同の視線はギルマスへ向く。
彼はコホンと一つ咳払いをすると、冷ややかな視線の中、倒れた椅子を「よいしょよいしょ」と無駄に丁寧に直し、
「ほ、本当に使えるのか?」
と、今のを無かったことにした。
それに対して流石のヴィルも空気を読み、
「はい……」
と、苦笑いを返す。
これには場の全員が机の下で控えめに親指を立てていた。
その後会議は順調に進み。結局、レイヴンとヴィルが、ブラトニールの集落へ調査へ行くことになり、中位以上の竜が観測された場合、手出しは厳禁だと忠告を受けて終了した。
みんなでギルドを出ると、ヴィルの後ろにいたブラトニールが突然シルスの前に出る。
「どうしたの?」
シルスは中腰になり、柔らかな声で少女に耳を向ける。少し尖った綺麗な耳だ。
「シルスさん、さっきは、その、ありがとうございました」
気恥ずかしいのを誤魔化すためか、お腹の前で指を絡めて、シルスの反応をちらちらと伺う。
自信がなさそうな事に変わりはないが、気持ち明るくなったように見える。
シルスは少女の頭を軽く撫でて立ち上がると、皓々と注がれる月の光に目をやり、物悲しそうな横顔で独り言をした。
「あなたなら……見捨てないよね」
それはとても小さく、呟くような、ともすれば夜風に消えてしまうような声だった。
そうして少女に向き直ると、今度は救われたように穏やかな表情をして一言。
「ありがとう」
「……? うんっ! どういたしまして!」
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