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序章:異世界にて
第十九話:夕暮れ時の風は冷たい
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ブラトニールを追ってギルドを飛び出したヴィルだが、周囲に彼女の姿は見当たらない。
「どこ行ったんだ?」
近くの市場で、井戸端会議をしていた老婦の一団に聞くと、黒髪の少女が泣きながら西へ走って行ったというので、躓くように足を前に出して走り始める。
すれ違う人々の中に少女の姿はなく、景色は住宅街に変わっていた。
家々の隙間に注意を払いながら走っていると、小さな広場に堂々と佇む大きな木が目についた。
そして、その木の下に仰向けに倒れ、目を回している少女。
「はぁ……」
安堵とともに、深くため息をついて少女に歩み寄る。
大方、涙で前も見えないまま走って木に激突したのだろう。割れた額から血が出ている。
ヴィルは少女を治療すると、横に腰を下ろして胡座をかく。
木陰から見える晴れ渡った青空は、昼寝をして落ち着けと語っていた。
サラサラと涼やかな風が二人の髪を靡かせ、揺れる木漏れ日が寝ている少女の顔を優しく撫でるように照らす。
「なんか小動物みたいで癒されるな。ふあぁ……。こいつが起きるまで、寝る、か」
安らかな寝息を立て始めた少女を見ているうちに、ゆらゆらと深い眠りに誘われて意識がフェードアウト。
心地良い陽気の中で眠る二人の少女は、これから立ち向かうであろう困難を前に、ひと時の休息を取るのであった。
ヴィルが目覚めた時には、日はすっかり暮れかかっていて、服の隙間から通り抜ける風に身を縮める。
「やば、結構寝てた。つかさっむ……」
腕でよだれを拭い、動こうとすると足に重みを感じて視線を落とす。寒そうに縮こまって、ヴィルの足にしがみついているブラトニール。
揺すると不機嫌そうに眉を顰めて、ヴィルの太ももに顔を埋めてしまう。
せめて風除けに結界を張ると、彼女はまた気持ちよさそうに寝息を立て始めた。
ヴィルは座り直し、伸びた木の陰を見つめていると、視線の先に、物にぶつかりながら歩いてくる男。
「レイヴン……」
先日の出来事が脳裏をよぎり、軽く頭痛がした。
例の冒険者の顔は、思い出しただけでも吐き気がするが、やはり事の結末だけは思い出せない。
害された気分を洗い流すため、冷たく新鮮な空気を肺一杯に取り込むと、ヴィルは顔を上げる。
「よう、また寝ていたのか。とりあえず元気そうでよかったよ」
レイヴンはそう言って目を細めると、ヴィルの横に腰を下した。
ヴィルは彼の顔を見ようとしたが、逆光に目を灼かれて地面へと顔を逸らす。膝上のブラトニールを撫でながら、何から話すべきかと思案。
夕暮れの静寂の中、煌めく紅髪が頼りなく揺れていた。
考えが纏まったのか、ヴィルは小さく息を吸って吐くと、今度は目が眩まないように気をつけてレイヴンを見る。
「まずはありがとう。この前は助かった。それからごめん、俺のせいであんなことになって……」
思い出したくない事に言葉に詰まり、彼の紅の瞳は不安そうに揺らいだ。
「いや、お前のせいじゃないだろ。元は俺が蒔いた種だ、お前が謝ることなんて……」
「違うんだ! 俺は……、お、れは……」
隠していたことがある、と声に出したかった。
初めから自分の正体を話していれば、少なくとも自分が不死身だとレイヴンが知っていれば、危険な目には遭わなかった。
だが今まで隠していた罪悪感と、失望の目を向けられる恐怖が、肺と心臓を圧迫して声を発するのを許してくれない。
僅かに開いた口から漏れるのは、音にもならないほど小さな息。
言えばいいのに、息を吸って声に出せばいい。
結果的に無事だったんだ、話せば分かってくれる。
そんなことは知っているのに、震えた唇は、思うように言葉を紡いではくれなかった。
「俺な……」
長い沈黙を破り、そう口にしたのはレイヴンだった。
「どこ行ったんだ?」
近くの市場で、井戸端会議をしていた老婦の一団に聞くと、黒髪の少女が泣きながら西へ走って行ったというので、躓くように足を前に出して走り始める。
すれ違う人々の中に少女の姿はなく、景色は住宅街に変わっていた。
家々の隙間に注意を払いながら走っていると、小さな広場に堂々と佇む大きな木が目についた。
そして、その木の下に仰向けに倒れ、目を回している少女。
「はぁ……」
安堵とともに、深くため息をついて少女に歩み寄る。
大方、涙で前も見えないまま走って木に激突したのだろう。割れた額から血が出ている。
ヴィルは少女を治療すると、横に腰を下ろして胡座をかく。
木陰から見える晴れ渡った青空は、昼寝をして落ち着けと語っていた。
サラサラと涼やかな風が二人の髪を靡かせ、揺れる木漏れ日が寝ている少女の顔を優しく撫でるように照らす。
「なんか小動物みたいで癒されるな。ふあぁ……。こいつが起きるまで、寝る、か」
安らかな寝息を立て始めた少女を見ているうちに、ゆらゆらと深い眠りに誘われて意識がフェードアウト。
心地良い陽気の中で眠る二人の少女は、これから立ち向かうであろう困難を前に、ひと時の休息を取るのであった。
ヴィルが目覚めた時には、日はすっかり暮れかかっていて、服の隙間から通り抜ける風に身を縮める。
「やば、結構寝てた。つかさっむ……」
腕でよだれを拭い、動こうとすると足に重みを感じて視線を落とす。寒そうに縮こまって、ヴィルの足にしがみついているブラトニール。
揺すると不機嫌そうに眉を顰めて、ヴィルの太ももに顔を埋めてしまう。
せめて風除けに結界を張ると、彼女はまた気持ちよさそうに寝息を立て始めた。
ヴィルは座り直し、伸びた木の陰を見つめていると、視線の先に、物にぶつかりながら歩いてくる男。
「レイヴン……」
先日の出来事が脳裏をよぎり、軽く頭痛がした。
例の冒険者の顔は、思い出しただけでも吐き気がするが、やはり事の結末だけは思い出せない。
害された気分を洗い流すため、冷たく新鮮な空気を肺一杯に取り込むと、ヴィルは顔を上げる。
「よう、また寝ていたのか。とりあえず元気そうでよかったよ」
レイヴンはそう言って目を細めると、ヴィルの横に腰を下した。
ヴィルは彼の顔を見ようとしたが、逆光に目を灼かれて地面へと顔を逸らす。膝上のブラトニールを撫でながら、何から話すべきかと思案。
夕暮れの静寂の中、煌めく紅髪が頼りなく揺れていた。
考えが纏まったのか、ヴィルは小さく息を吸って吐くと、今度は目が眩まないように気をつけてレイヴンを見る。
「まずはありがとう。この前は助かった。それからごめん、俺のせいであんなことになって……」
思い出したくない事に言葉に詰まり、彼の紅の瞳は不安そうに揺らいだ。
「いや、お前のせいじゃないだろ。元は俺が蒔いた種だ、お前が謝ることなんて……」
「違うんだ! 俺は……、お、れは……」
隠していたことがある、と声に出したかった。
初めから自分の正体を話していれば、少なくとも自分が不死身だとレイヴンが知っていれば、危険な目には遭わなかった。
だが今まで隠していた罪悪感と、失望の目を向けられる恐怖が、肺と心臓を圧迫して声を発するのを許してくれない。
僅かに開いた口から漏れるのは、音にもならないほど小さな息。
言えばいいのに、息を吸って声に出せばいい。
結果的に無事だったんだ、話せば分かってくれる。
そんなことは知っているのに、震えた唇は、思うように言葉を紡いではくれなかった。
「俺な……」
長い沈黙を破り、そう口にしたのはレイヴンだった。
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