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序章:異世界にて
第十八話:竜の目撃情報
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シルスの笑顔に、黒髪少女の緊張も解けたようで、口元が緩んでいるのがわかる。
ヴィルは頬杖をつき、呆れた目で少女に続きを話すよう促すと、彼女は姿勢を正して、コホンとわざとらしく咳払いした。
「ええと、ボクはブラトニール。ここから少し離れた森の集落からきました」
「なんだ普通に話せるじゃん。俺はヴィルトゥスだ、よろしく」
「シルスよ」
それぞれ簡潔に名前を述べる。
ブラトニールは、ヴィルに何か言いだげだったが我慢して続けた。
「ここにきた理由は、その集落から半日ほど歩いたところにある滝で、竜の目撃情報があったからです。もし本当に竜がいるのなら集落が壊滅するのも時間の問題だと、大人たちが言ってました。そこで集落周辺の調査と、できれば討伐もお願いしたいんです」
一生懸命に暗記した言葉を並べてから、一息ついている彼女にヴィルは安心したが、それよりも興味を引いたのはやはり。
「どっ、ドラゴン……」
「竜、困ったね……」
しかしシルスはヴィルとは別の理由で驚き、困惑していた。
通常、竜種は大規模な討伐隊を編成し、多数の死傷者を出しながらようやく勝てる相手。
シルスは昔、やっと一人前の魔術師になったという頃、竜討伐の任務に参加したことがある。
その時は下位竜二頭が相手であったが、それでも人間にとって十分すぎる脅威であり、何人もの犠牲者を出してしまった。
「シルスでも、竜は厳しいの?」
表情を曇らせている彼女に、ヴィルが質問をする。
二ヶ月シルスといた彼だが、その強さは他の魔術師や冒険者と比べても、桁違いに強かった。
そんな彼女にこの顔をさせる竜とは、と認識の違いを感じる。
「そうね、実際に対峙した私からすると、まず存在としての格が違っていた。加えて、竜の体表を覆っている鱗は高い魔法耐性を備えているから、魔法じゃ致命傷にならないの」
「なるほど……。じゃあ、レイヴンなら」
そうだ、と『竜殺し』とまで言われている男を思い出す。
「アイツなら下位竜数頭であれば、一人でも問題ないでしょうね。でも中位以上なら、援護なしじゃ流石に。この街でそれができるのも、私とヴィルくらい……、正直戦力不足ね」
「そんな……」
シルスは淡々と現実を語っていく。
簡単に言うと、
『中位以上の竜に対抗できるパーティを編成できない』
『街の防衛にも戦力を残す必要がある』
この二つが大きな問題のようで、考えてもどうにもならないことだった。
仮にこの街に被害が及ぶ場合、領主が兵力を割いて対応するのだろうが、森の奥地にある小さな集落となると、それは無理だろう。
必然、集落は見捨てざるを得ないというのが結論だった。
黙って聞いていたブラトニールの瞳から希望の光は消え、視線はまた机の方へ戻っている。
失意と焦燥の中、彼女は縋るように声を絞り出す。
「え…………。どうしても……無理なんですか……」
「……。ギルド長にも相談はしてみるけど……期待はできない」
静かに目を伏せて、申し訳なさそうに返答するシルス。
力になってあげたいのだが、大丈夫だと断言できる自信がなかった。
少女の露草色の瞳は、みるみるうちに涙に濡れていき、小さく肩を震わせる。
「ママが……、ママがいるの……。ねぇ……助けてよ、お願いだから……」
力無い少女の声に、ヴィルは掛ける言葉が見つからなかった。
自分はこの世界に来て力を得た。だからと言ってフィクションのヒーローみたいに、何でもできる訳ではない。
ここは異世界で、二度目の現実。
勘違いしてはいけない、粋がってはならない、自分は主人公ではない。
ここで己の義勇に任せて行動したとして、その結果は先日のように他者を巻き込んで終わり。
そんな卑屈な考えが脳内を駆け回り、彼はブラトニールからそっと目を逸らした。
卑怯者……、誰かにそう言われた気がした。そんなこと彼にとっては百も承知である。
そんな自分が嫌で嫌で仕方がないはずなのに、『自分は無力の出来損ない』という短く悲しい自己定義に沈んでいく。
カタッ、と力なく木の椅子から立ち上がる少女の顔を、眼前に垂れた紅髪の隙間から覗き見た。
「…………」
一瞬、その表情に息を忘れて固まった。
よく知っている表情だ。
自身の無力さと、降りかかる理不尽を呪った、艶のない瞳。
前世で鏡の前に立てば、いつもその目が自分を睨みつけていた。
だが彼は、ブラトニールの暗い瞳に僅かに残る淡い光に気づく。
その光には、確かに力強さが宿っているように見え、絶望の淵からでも這い上がる意思を感じさせる。
彼はその光の大切さも理解していた。
かつてそれを失って、死の淵を彷徨った末に結局死んで、この世界で取り戻した光。
ーー故に彼は、彼女を見捨てることができない。
その光を失わせない。
彼女を救うことが、かつての自分を救うことで、この世界を生き抜くために不可欠なことだと直感する。
一人でもやってやる。竜だろうが、何だろうがぶち殺して、笑って明日を迎えてやる。
「……!? ヴィル?」
「ちょっと心配なので声かけてきます。ギルマスとレイヴンへの説明お願いしますね」
何もできず顔を曇らせているシルスの横から立ち上がり、おぼつかない足取りで外へ出て行った少女を追いかける。
シルスが呼び止める間もなく、ヴィルは扉を破り、文字通り飛び出して行ってしまった。
ヴィルは頬杖をつき、呆れた目で少女に続きを話すよう促すと、彼女は姿勢を正して、コホンとわざとらしく咳払いした。
「ええと、ボクはブラトニール。ここから少し離れた森の集落からきました」
「なんだ普通に話せるじゃん。俺はヴィルトゥスだ、よろしく」
「シルスよ」
それぞれ簡潔に名前を述べる。
ブラトニールは、ヴィルに何か言いだげだったが我慢して続けた。
「ここにきた理由は、その集落から半日ほど歩いたところにある滝で、竜の目撃情報があったからです。もし本当に竜がいるのなら集落が壊滅するのも時間の問題だと、大人たちが言ってました。そこで集落周辺の調査と、できれば討伐もお願いしたいんです」
一生懸命に暗記した言葉を並べてから、一息ついている彼女にヴィルは安心したが、それよりも興味を引いたのはやはり。
「どっ、ドラゴン……」
「竜、困ったね……」
しかしシルスはヴィルとは別の理由で驚き、困惑していた。
通常、竜種は大規模な討伐隊を編成し、多数の死傷者を出しながらようやく勝てる相手。
シルスは昔、やっと一人前の魔術師になったという頃、竜討伐の任務に参加したことがある。
その時は下位竜二頭が相手であったが、それでも人間にとって十分すぎる脅威であり、何人もの犠牲者を出してしまった。
「シルスでも、竜は厳しいの?」
表情を曇らせている彼女に、ヴィルが質問をする。
二ヶ月シルスといた彼だが、その強さは他の魔術師や冒険者と比べても、桁違いに強かった。
そんな彼女にこの顔をさせる竜とは、と認識の違いを感じる。
「そうね、実際に対峙した私からすると、まず存在としての格が違っていた。加えて、竜の体表を覆っている鱗は高い魔法耐性を備えているから、魔法じゃ致命傷にならないの」
「なるほど……。じゃあ、レイヴンなら」
そうだ、と『竜殺し』とまで言われている男を思い出す。
「アイツなら下位竜数頭であれば、一人でも問題ないでしょうね。でも中位以上なら、援護なしじゃ流石に。この街でそれができるのも、私とヴィルくらい……、正直戦力不足ね」
「そんな……」
シルスは淡々と現実を語っていく。
簡単に言うと、
『中位以上の竜に対抗できるパーティを編成できない』
『街の防衛にも戦力を残す必要がある』
この二つが大きな問題のようで、考えてもどうにもならないことだった。
仮にこの街に被害が及ぶ場合、領主が兵力を割いて対応するのだろうが、森の奥地にある小さな集落となると、それは無理だろう。
必然、集落は見捨てざるを得ないというのが結論だった。
黙って聞いていたブラトニールの瞳から希望の光は消え、視線はまた机の方へ戻っている。
失意と焦燥の中、彼女は縋るように声を絞り出す。
「え…………。どうしても……無理なんですか……」
「……。ギルド長にも相談はしてみるけど……期待はできない」
静かに目を伏せて、申し訳なさそうに返答するシルス。
力になってあげたいのだが、大丈夫だと断言できる自信がなかった。
少女の露草色の瞳は、みるみるうちに涙に濡れていき、小さく肩を震わせる。
「ママが……、ママがいるの……。ねぇ……助けてよ、お願いだから……」
力無い少女の声に、ヴィルは掛ける言葉が見つからなかった。
自分はこの世界に来て力を得た。だからと言ってフィクションのヒーローみたいに、何でもできる訳ではない。
ここは異世界で、二度目の現実。
勘違いしてはいけない、粋がってはならない、自分は主人公ではない。
ここで己の義勇に任せて行動したとして、その結果は先日のように他者を巻き込んで終わり。
そんな卑屈な考えが脳内を駆け回り、彼はブラトニールからそっと目を逸らした。
卑怯者……、誰かにそう言われた気がした。そんなこと彼にとっては百も承知である。
そんな自分が嫌で嫌で仕方がないはずなのに、『自分は無力の出来損ない』という短く悲しい自己定義に沈んでいく。
カタッ、と力なく木の椅子から立ち上がる少女の顔を、眼前に垂れた紅髪の隙間から覗き見た。
「…………」
一瞬、その表情に息を忘れて固まった。
よく知っている表情だ。
自身の無力さと、降りかかる理不尽を呪った、艶のない瞳。
前世で鏡の前に立てば、いつもその目が自分を睨みつけていた。
だが彼は、ブラトニールの暗い瞳に僅かに残る淡い光に気づく。
その光には、確かに力強さが宿っているように見え、絶望の淵からでも這い上がる意思を感じさせる。
彼はその光の大切さも理解していた。
かつてそれを失って、死の淵を彷徨った末に結局死んで、この世界で取り戻した光。
ーー故に彼は、彼女を見捨てることができない。
その光を失わせない。
彼女を救うことが、かつての自分を救うことで、この世界を生き抜くために不可欠なことだと直感する。
一人でもやってやる。竜だろうが、何だろうがぶち殺して、笑って明日を迎えてやる。
「……!? ヴィル?」
「ちょっと心配なので声かけてきます。ギルマスとレイヴンへの説明お願いしますね」
何もできず顔を曇らせているシルスの横から立ち上がり、おぼつかない足取りで外へ出て行った少女を追いかける。
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