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序章:異世界にて
第十四話:荒くれ者には縁がある!!
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レイヴンはヴィルの脇腹刺さった短剣を見ると、すかさず剣に手をかける。
「動くなぁあッッ!!! 剣から手を離せ、こいつを殺すぞ」
その声は、今まさに地面を蹴り出そうと構えを取ったレイヴンを硬直させた。怒りと焦りで彼の眼球は震える。
男がヴィルの背中を軽く押すと、そのまま前のめりに地面に倒れ込む。
こんな短剣で刺されても、彼にとって致命傷になるはずないのだが、どうにも体の自由が効かなかったのだ。
「麻……痺……」
すぐに思い至った毒の可能性。それもただの毒ではない。体に突き刺さった刀身からは魔力を感じる。
ダメージはない、ただ体が動かない。
「おおっ! まだ口が動くのか。その短剣には麻痺の術式が付与されている。魔王領の迷宮から出土したレア物らしいぜ」
嬉しそうに口元を歪ませる男の顔に、レイヴンは記憶の底からその顔を引き出していた。
「お前は…………」
この男、いつぞや酒場で絡んできた冒険者だ。
レイヴンが、歯を食いしばりながら睨みつけると、男は愉快そうに手を叩き、
「覚えててくれて光栄だぜ英雄さんよ。あれからお前の顔を思いだすたび……ぶっ殺したくて頭が割れそうなくらい痛むんだよ……。ああ……ついでにこのガキも殺してえなあぁ……」
そう語る男の瞳孔は開き、瞬きする事もなく、ただ自己中心的な怒りに身と声を震わせている。
充血した双眸で足元に転がる少女と、離れたところで動けないでいるレイヴンを交互に見ては、口元だけを不敵に歪ませた。
完全な異常者を前に、焦りが募るレイヴンも柄の上に添えていた手から、渋々と力を抜く。
男は息を荒くしながら、震える手で腰から数本のナイフを取り出して笑う。
「そうだ、そのまま剣を捨てろ」
緊迫した状況に従う他なく、レイヴンは腰から鞘ごと剣を取ると、横へ放り投げる。
どうにか隙を見つけて距離を詰められないものか、という考えは雨水に泥濘んでゆく地面に沈んだ。
こんな足場では思うように動けない、失敗すればヴィルは殺される。
「……。その子は解放してくれないか?」
慎重に相手の様子を伺いながら言葉を発するレイヴンの頬を、冷や汗が流れる。
男はナイフを手で弄びながら暫し考えた。
どうすればこの男に恥をかかせられるか、嫌がるのか、苦しむのか、絶望するのか。
泣いて懇願してきたところで、頭をかち割ってやりたい。
降り頻る雨が天を覆う葉に溜まり、滝のように地面を打つのを見て、男は小さく鼻を鳴らした。
そうだ……、
「土下座しろ。そこで全裸で這いつくばって土でも食ってお願いされたら……。くっ、ふふ……考えてやるよ」
笑いを堪えるように腕で口を覆い、震える声で言い放つ。
その言葉に一瞬も躊躇う事なく、荷物を捨て外套を脱ぐレイヴン。
「ぶわっっはぁ!!! …………まじかよコイツ、まじでやんのかあ!!! 面白くなってきたなああ!」
ヴィルは、一人で大笑いしている男に殺意が湧き上がるも、体が動かず首から上を僅かに動かしてレイヴンを見た。
この男は壊れている。何をしてもどうせ許すつもりはないだろう。
だからそんなこと、
「…………」
「やめてくれ」と言うつもりだったが、口から漏れたのは喘ぎ声にもならない空気。
(駄目だレイヴン……、俺はこんなんじゃ死なないんだ……。だから……)
必死にそのことを伝えようとするも、眼球を動かすのがやっとで、地面に頬を半分埋めたまま、睨むようにしてレイヴンへ視線を送る。
乾いた目に、地面が弾く泥水が入り込むのも気にならない。
動きたいのに……どんなに力を入れようとしても、しだいに体の輪郭すら溶けて曖昧になる。
同時に、男への怒りの感情が頭を支配していく。僅かに見えるレイヴンの表情は、ヴィルを巻き込んだ後悔と自責に塗れた悲しいものだった。
そうして、とうとう服を全て脱ぎ、額を地面に当てる。
「食えよ……」
男は本当に全裸で土下座したレイヴンを見下ろし、期待するように言い放つと、降り注ぐ雨で泥濘んだ土を、歯で掘り起こすようにして口に含む馬鹿な人間を見て、腹を抱えて笑う。
嗚咽を堪えて、口に含んだ泥を喉に流し込むレイヴンの姿に、ヴィルは心の中で叫び続けていた。
「レ……ィ…………」
辛うじてでた言葉も雨音にかき消されてしまう。
どうしてそこまで……。
そこまでする理由がわからない。
自分はそんな価値のある人間じゃない。見捨てて逃げたって罰が当たることもない。
頼むから、もう、止めてくれ……。
だがその願いも聞こえないように、天からは無数の雨粒。
「だっはあーーーッ!!! ……ここまでやるとは、ほんと尊敬するぜ! さすが英雄だ」
「うぅっ……ぉえ……」
体内に取り込んだ異物に体が拒絶反応を示し、レイヴンは泥を吐き出す。
それを実に愉快そうに眺める男は、手で顔を覆い、込み上げてくる笑いに身を震わせながら、
「いやー、良い頑張りだった……プっふふ……。ふー」
ひとしきり笑って疲れてきたのか、大きく深呼吸をするとポーチから小瓶を取り出す。
「これは……、魔獣用に調合された魔毒なんだが……」
そう説明しながら毒をナイフに垂らすと、目線の先でナイフとレイヴンを重ねる。
男の瞳には足元で踠く少女など、すでに映っておらず、地に這いつくばる惨めな竜殺しの英雄の、無様な死に様だけが頭を覆い尽くしていた。
「避けるなよ」
男は先程までより数段低い声色で呟きナイフを投げると、レイヴンの肩甲骨あたりに突き刺る。
すぐに毒がまわり、身体強化で活性化した細胞すらも徐々に侵され、彼は苦悶に喘ぎ始める。
身動きの取れなくなったレイヴンは、髪を掴まれて顔面に膝蹴りをくらい、衝撃で鼻血を吹き出しながら転がると、ヴィルの視線の先にその血まみれの顔を置いた。
泥で顔をぐちゃぐちゃに汚し、絶望に染まった少女の瞳に映るのは、儚く無力な男と、雨音と悪意の中で微笑んでいる男だった。
「動くなぁあッッ!!! 剣から手を離せ、こいつを殺すぞ」
その声は、今まさに地面を蹴り出そうと構えを取ったレイヴンを硬直させた。怒りと焦りで彼の眼球は震える。
男がヴィルの背中を軽く押すと、そのまま前のめりに地面に倒れ込む。
こんな短剣で刺されても、彼にとって致命傷になるはずないのだが、どうにも体の自由が効かなかったのだ。
「麻……痺……」
すぐに思い至った毒の可能性。それもただの毒ではない。体に突き刺さった刀身からは魔力を感じる。
ダメージはない、ただ体が動かない。
「おおっ! まだ口が動くのか。その短剣には麻痺の術式が付与されている。魔王領の迷宮から出土したレア物らしいぜ」
嬉しそうに口元を歪ませる男の顔に、レイヴンは記憶の底からその顔を引き出していた。
「お前は…………」
この男、いつぞや酒場で絡んできた冒険者だ。
レイヴンが、歯を食いしばりながら睨みつけると、男は愉快そうに手を叩き、
「覚えててくれて光栄だぜ英雄さんよ。あれからお前の顔を思いだすたび……ぶっ殺したくて頭が割れそうなくらい痛むんだよ……。ああ……ついでにこのガキも殺してえなあぁ……」
そう語る男の瞳孔は開き、瞬きする事もなく、ただ自己中心的な怒りに身と声を震わせている。
充血した双眸で足元に転がる少女と、離れたところで動けないでいるレイヴンを交互に見ては、口元だけを不敵に歪ませた。
完全な異常者を前に、焦りが募るレイヴンも柄の上に添えていた手から、渋々と力を抜く。
男は息を荒くしながら、震える手で腰から数本のナイフを取り出して笑う。
「そうだ、そのまま剣を捨てろ」
緊迫した状況に従う他なく、レイヴンは腰から鞘ごと剣を取ると、横へ放り投げる。
どうにか隙を見つけて距離を詰められないものか、という考えは雨水に泥濘んでゆく地面に沈んだ。
こんな足場では思うように動けない、失敗すればヴィルは殺される。
「……。その子は解放してくれないか?」
慎重に相手の様子を伺いながら言葉を発するレイヴンの頬を、冷や汗が流れる。
男はナイフを手で弄びながら暫し考えた。
どうすればこの男に恥をかかせられるか、嫌がるのか、苦しむのか、絶望するのか。
泣いて懇願してきたところで、頭をかち割ってやりたい。
降り頻る雨が天を覆う葉に溜まり、滝のように地面を打つのを見て、男は小さく鼻を鳴らした。
そうだ……、
「土下座しろ。そこで全裸で這いつくばって土でも食ってお願いされたら……。くっ、ふふ……考えてやるよ」
笑いを堪えるように腕で口を覆い、震える声で言い放つ。
その言葉に一瞬も躊躇う事なく、荷物を捨て外套を脱ぐレイヴン。
「ぶわっっはぁ!!! …………まじかよコイツ、まじでやんのかあ!!! 面白くなってきたなああ!」
ヴィルは、一人で大笑いしている男に殺意が湧き上がるも、体が動かず首から上を僅かに動かしてレイヴンを見た。
この男は壊れている。何をしてもどうせ許すつもりはないだろう。
だからそんなこと、
「…………」
「やめてくれ」と言うつもりだったが、口から漏れたのは喘ぎ声にもならない空気。
(駄目だレイヴン……、俺はこんなんじゃ死なないんだ……。だから……)
必死にそのことを伝えようとするも、眼球を動かすのがやっとで、地面に頬を半分埋めたまま、睨むようにしてレイヴンへ視線を送る。
乾いた目に、地面が弾く泥水が入り込むのも気にならない。
動きたいのに……どんなに力を入れようとしても、しだいに体の輪郭すら溶けて曖昧になる。
同時に、男への怒りの感情が頭を支配していく。僅かに見えるレイヴンの表情は、ヴィルを巻き込んだ後悔と自責に塗れた悲しいものだった。
そうして、とうとう服を全て脱ぎ、額を地面に当てる。
「食えよ……」
男は本当に全裸で土下座したレイヴンを見下ろし、期待するように言い放つと、降り注ぐ雨で泥濘んだ土を、歯で掘り起こすようにして口に含む馬鹿な人間を見て、腹を抱えて笑う。
嗚咽を堪えて、口に含んだ泥を喉に流し込むレイヴンの姿に、ヴィルは心の中で叫び続けていた。
「レ……ィ…………」
辛うじてでた言葉も雨音にかき消されてしまう。
どうしてそこまで……。
そこまでする理由がわからない。
自分はそんな価値のある人間じゃない。見捨てて逃げたって罰が当たることもない。
頼むから、もう、止めてくれ……。
だがその願いも聞こえないように、天からは無数の雨粒。
「だっはあーーーッ!!! ……ここまでやるとは、ほんと尊敬するぜ! さすが英雄だ」
「うぅっ……ぉえ……」
体内に取り込んだ異物に体が拒絶反応を示し、レイヴンは泥を吐き出す。
それを実に愉快そうに眺める男は、手で顔を覆い、込み上げてくる笑いに身を震わせながら、
「いやー、良い頑張りだった……プっふふ……。ふー」
ひとしきり笑って疲れてきたのか、大きく深呼吸をするとポーチから小瓶を取り出す。
「これは……、魔獣用に調合された魔毒なんだが……」
そう説明しながら毒をナイフに垂らすと、目線の先でナイフとレイヴンを重ねる。
男の瞳には足元で踠く少女など、すでに映っておらず、地に這いつくばる惨めな竜殺しの英雄の、無様な死に様だけが頭を覆い尽くしていた。
「避けるなよ」
男は先程までより数段低い声色で呟きナイフを投げると、レイヴンの肩甲骨あたりに突き刺る。
すぐに毒がまわり、身体強化で活性化した細胞すらも徐々に侵され、彼は苦悶に喘ぎ始める。
身動きの取れなくなったレイヴンは、髪を掴まれて顔面に膝蹴りをくらい、衝撃で鼻血を吹き出しながら転がると、ヴィルの視線の先にその血まみれの顔を置いた。
泥で顔をぐちゃぐちゃに汚し、絶望に染まった少女の瞳に映るのは、儚く無力な男と、雨音と悪意の中で微笑んでいる男だった。
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