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序章:異世界にて
第十話:冒険者なかま
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賑やかさを取り戻したギルド内を、レイヴンとヴィルは恥ずかしそうに歩き、受付の窓口へと向かっていた。
途中、ヴィルを気遣うように何人もの冒険者が声を掛けてくれた。ヴィルはコミュ力不足でぎこちなく、それでも努めて明るく返事を、レイヴンは恥ずかしそうに頭を掻きながら軽く謝罪を述べていた。
おかげで気まずさはなくなり、むしろ居心地の良さを感じる。
「あの、冒険者登録の手続きをお願いします」
「はい、ではこちらの書類への記入と登録料のお支払いをお願いします。何か特技がありましたらそれもお書きください、こちらからお仕事の依頼をすることもできますので」
受付のお姉さんは丁寧に案内してくれた。騒動はあったものの、改めてこのギルドは治安が良さそうだと感じる。
特技と聞くと就活を思い出す。昔から平々凡々のヴィルはこの質問が苦手だった。
今は魔法が得意……なのか? まあ必須項目でもないので飛ばしておこう。
登録料は少額ではあったが、持ち合わせのないヴィルはやはりレイヴンに払ってもらい、すんなりと登録は完了した。
登録したてのランクは最下のD。
「……てあれ? 普通ここで魔力測定やらなんやらあって、俺の実力にギルド内は騒然、不正を疑う輩も現れて一悶着って流れは……?」
まあ実力は依頼をこなしていけばじきに知れてくる。徐々に自分の実力が知れ渡っていくのも楽しそうだ、と今後の活動に思いを馳せてニヤける。
そんな少女に視線を落とし、どこからこの職業にそんな興味が湧いてくるのかと疑問に思うAランクのレイヴン。
そのまま二人は、二階へと続く階段を昇った。
階段を昇ると奥方の机にさっきの女がいた。左手には酒が掴まれており、白い肌がほんのりと赤みがかり、新緑の色をした瞳は僅かに潤んでいる。さらりとした金髪も相まってとてつもない色気を放っていた。
「おーレイヴン、結構早かったわね。この賑やかさで一人で飲むのはちょっと恥ずかしいぞ」
まだあまり時間も経っていないはずだが、彼女は出来上がりつつあった。口調も乱れている。
「相変わらず弱いな、酒」
「うるさーい、別に弱くないし。まだ酔ってないもん」
その返答は完全に酔っている人のものであり、レイヴンも苦笑する。
しかし先刻はあれほどまでにクールに場を納めた女性が、今はこんなにも可愛らしく酔っ払っているというギャップ。
彼女いない歴イコール年齢プラス童貞のヴィルは簡単に心を掴まれてしまいそうになった。
「じゃあ、まずは自己紹介から始めましょうか」
女性はとろんとした表情のまま、いたずら気に歯を見せる。
「私はシルス・ルーク、かなり腕の立つ魔法使いだと自負しているわ。昔はある王国の宮廷魔法使いをしていたが色々あって辞めて、今はこの地方で冒険者として活動している。気軽にシルスでいいよ」
小ぶりな胸を張って誇らしげな顔をしながら、褒めて欲しそうに尖った耳をピクピクと動すと、ヴィルとレイヴンに交互に視線を送る。
しかしこの二人に気の利いた反応は難しかったようで、揃って困り顔。その態度に彼女は呆れられたのだと勘違いして、しょんぼりと小さくなってしまった。
この手の酔っ払いは大抵面倒臭いのだが、彼女ほどの美しさがあれば気になりはしない。
「あ、いや……凄いと思います」
この世界の常識もわからないが、とりあえず適当なことを言っておくヴィル。文頭に「あ」「いや」とかつけて狼狽してしまうのは悪癖だ。
対してもう一人の気の利かない男は至って面倒くさそうに、
「凄いんじゃない?」
ヴィルは思った。そういえば妻がいると言っていたが、なぜこんな男が結婚できたのか、現代でこのセリフは間違いなくアウトだ。しかもこれはわざとやっている訳でもなく、間違いなく素でやっている。
もしかしたら俺もこっちの世界に生まれていたら結婚できたのか……?
「もういい……。つぎ……」
不機嫌そうに右手のフォークをヴィルに向ける彼女の瞳はさらに潤っているように見え、やや上を向いて瞬きもしない。
前髪が右目を隠してくれているが、左目は完全に泣いている。微動だにしていない様子から、少しでも動くわけいはいかないのだろう。
シルスの涙が渇くのを待ってから、
「ヴィルトゥスです。森で遭難して困っていたところをレイヴンに助けてもらいました。これからは冒険者として生活をしていきたいと思っています」
「そっか、それは大変だったね。何か困ったことがあればお姉さんに相談するんだよ」
落ち着きを取り戻したシルスは、やはり大人びた美しさを持っている。
ヴィルの頭を雑に撫でると彼女はレイヴンの方を向く。
「いや、俺はいいだろ」
「そうね」
氷のように冷たい返事だった。恐ろしいのは、こんな美女がそれをやっているところだ。
一部界隈ではご褒美というのだろうが……。ヴィルはやはり、優しくしてもらいたいと思った。
「ふんっ」と言って小さな口で肉料理咀嚼しながら、彼女はまだレイヴンを睨みつけている。
「そういえば……シルス、この辺りの地理について教えてくれませんか?」
ヴィルはふと思い出したように質問をした。そういえば、自分がどこにいるのか把握していなかった。
知り合いと宿を見つけた安心感で忘れていたのだ。
「ああいいとも。えっと、ここはフェルミ大陸の北部で」
心配そうにしながら、彼女はテーブルの物を使って簡単に説明してくれた。
現在いるのは三つある大陸のうち、最も広大なフェルミ大陸、その北東部に位置するカイネル王国・シンウッド領の街らしい。
街の名前はとりあえずどうでもいいが、ヴィルが最初に転生したヴァレリア王国は、フェルミ大陸の南西部に位置し、馬を乗り継いでも一年弱の距離は離れていると聞き、指名手配の心配がないことに安堵した。
あと二つの大陸は、マクセル大陸とフォーゼン大陸、マクセル大陸は平和的な国家が林立しているそうだが、魔王領があるらしい。
マクセル大陸は神話の時代に巨神が支配していたと言われており、探検家の手記によれば、現在は人の住める環境ではないそうだ。
神話の時代、巨神、気になる言葉たちだ。
この世界のことはもっと知りたいし、戦えるようになったら旅に出るのもいい。
魔法についても調べて、エリザを解放する手がかりも見つけたい。
「それで、ヴィルは何ができるの?」
「ああ、それは俺も気になっていた。剣なら俺が教えられるし、魔法ならこのおばs……姉さんが教えられる」
おそらくレイヴンは「おばさん」と言いかけたのだろう、アイリスの刺すような視線に冷や汗をかいている。彼女は見た目以上に歳をとっているのだろうか。しかし女性におばさんはないだろ……まじでなんで結婚できたんだよ。
今まで一応正体を隠そうと頑張っていたが、この国にいる間は特に気にしなくても問題なさそうだ。
「魔法がちょっと使えるだけです」
ちょっとと保険をかけたのは、正体を隠すためでなく、単にヴィルの癖だ。
これまでの経験から、人に期待をかけられるような言動は極力避ける、そんな癖がついていた。
「そうか、俺が剣を教えようと思っていたんだが魔法が使えるなら、それを極めた方がいいな」
レイヴンはしょんぼりとし、酒を口に運んだ。やはり剣には相当自信があったようで、教えるつもりでいたようだ。
「魔法と剣術、両方習うのはダメなんですか?」
「魔法剣士ね、いい目標じゃない。将来はSランク冒険者かな」
「けどそう簡単じゃないぞ……魔族や長耳族《エルフ》ならともかく、人間に剣術と魔術を使いこなすやつなんてそういない。どちらかを極める方が普通だ」
ノリノリのシルスに対して、レイヴンは難しそうな顔を示す。
人間には剣と魔術の両方を使うものはいない。
魔術には詠唱と集中力が必要であり、近接戦闘でそんな隙を見せれば即座に切り捨てられてしまうという当然の理由だ。
対して、魔族や長耳族などの一部種族は、魔力に関して人間より優れた干渉能力を有しており、長命でもあるため魔法に関する練度も違う。これら種族には近接戦闘中に魔法を行使する者も存在する。
「そうなのか……、じゃあ魔法にしたほうがいいか」
「いや、その前にヴィルがどのくらい魔法を使えるのかを見たいわ。今日は遅いし、明日の朝に北西の門に集合でいい?」
「確かにそうだな、わかった」
暫く雑談が続いた後、レイヴンが酔っ払ったシルスを彼女の自宅まで引き摺って歩き、玄関の扉を開けて放り込むのを見届け、その後道具屋でレイヴンと解散した。
途中、ヴィルを気遣うように何人もの冒険者が声を掛けてくれた。ヴィルはコミュ力不足でぎこちなく、それでも努めて明るく返事を、レイヴンは恥ずかしそうに頭を掻きながら軽く謝罪を述べていた。
おかげで気まずさはなくなり、むしろ居心地の良さを感じる。
「あの、冒険者登録の手続きをお願いします」
「はい、ではこちらの書類への記入と登録料のお支払いをお願いします。何か特技がありましたらそれもお書きください、こちらからお仕事の依頼をすることもできますので」
受付のお姉さんは丁寧に案内してくれた。騒動はあったものの、改めてこのギルドは治安が良さそうだと感じる。
特技と聞くと就活を思い出す。昔から平々凡々のヴィルはこの質問が苦手だった。
今は魔法が得意……なのか? まあ必須項目でもないので飛ばしておこう。
登録料は少額ではあったが、持ち合わせのないヴィルはやはりレイヴンに払ってもらい、すんなりと登録は完了した。
登録したてのランクは最下のD。
「……てあれ? 普通ここで魔力測定やらなんやらあって、俺の実力にギルド内は騒然、不正を疑う輩も現れて一悶着って流れは……?」
まあ実力は依頼をこなしていけばじきに知れてくる。徐々に自分の実力が知れ渡っていくのも楽しそうだ、と今後の活動に思いを馳せてニヤける。
そんな少女に視線を落とし、どこからこの職業にそんな興味が湧いてくるのかと疑問に思うAランクのレイヴン。
そのまま二人は、二階へと続く階段を昇った。
階段を昇ると奥方の机にさっきの女がいた。左手には酒が掴まれており、白い肌がほんのりと赤みがかり、新緑の色をした瞳は僅かに潤んでいる。さらりとした金髪も相まってとてつもない色気を放っていた。
「おーレイヴン、結構早かったわね。この賑やかさで一人で飲むのはちょっと恥ずかしいぞ」
まだあまり時間も経っていないはずだが、彼女は出来上がりつつあった。口調も乱れている。
「相変わらず弱いな、酒」
「うるさーい、別に弱くないし。まだ酔ってないもん」
その返答は完全に酔っている人のものであり、レイヴンも苦笑する。
しかし先刻はあれほどまでにクールに場を納めた女性が、今はこんなにも可愛らしく酔っ払っているというギャップ。
彼女いない歴イコール年齢プラス童貞のヴィルは簡単に心を掴まれてしまいそうになった。
「じゃあ、まずは自己紹介から始めましょうか」
女性はとろんとした表情のまま、いたずら気に歯を見せる。
「私はシルス・ルーク、かなり腕の立つ魔法使いだと自負しているわ。昔はある王国の宮廷魔法使いをしていたが色々あって辞めて、今はこの地方で冒険者として活動している。気軽にシルスでいいよ」
小ぶりな胸を張って誇らしげな顔をしながら、褒めて欲しそうに尖った耳をピクピクと動すと、ヴィルとレイヴンに交互に視線を送る。
しかしこの二人に気の利いた反応は難しかったようで、揃って困り顔。その態度に彼女は呆れられたのだと勘違いして、しょんぼりと小さくなってしまった。
この手の酔っ払いは大抵面倒臭いのだが、彼女ほどの美しさがあれば気になりはしない。
「あ、いや……凄いと思います」
この世界の常識もわからないが、とりあえず適当なことを言っておくヴィル。文頭に「あ」「いや」とかつけて狼狽してしまうのは悪癖だ。
対してもう一人の気の利かない男は至って面倒くさそうに、
「凄いんじゃない?」
ヴィルは思った。そういえば妻がいると言っていたが、なぜこんな男が結婚できたのか、現代でこのセリフは間違いなくアウトだ。しかもこれはわざとやっている訳でもなく、間違いなく素でやっている。
もしかしたら俺もこっちの世界に生まれていたら結婚できたのか……?
「もういい……。つぎ……」
不機嫌そうに右手のフォークをヴィルに向ける彼女の瞳はさらに潤っているように見え、やや上を向いて瞬きもしない。
前髪が右目を隠してくれているが、左目は完全に泣いている。微動だにしていない様子から、少しでも動くわけいはいかないのだろう。
シルスの涙が渇くのを待ってから、
「ヴィルトゥスです。森で遭難して困っていたところをレイヴンに助けてもらいました。これからは冒険者として生活をしていきたいと思っています」
「そっか、それは大変だったね。何か困ったことがあればお姉さんに相談するんだよ」
落ち着きを取り戻したシルスは、やはり大人びた美しさを持っている。
ヴィルの頭を雑に撫でると彼女はレイヴンの方を向く。
「いや、俺はいいだろ」
「そうね」
氷のように冷たい返事だった。恐ろしいのは、こんな美女がそれをやっているところだ。
一部界隈ではご褒美というのだろうが……。ヴィルはやはり、優しくしてもらいたいと思った。
「ふんっ」と言って小さな口で肉料理咀嚼しながら、彼女はまだレイヴンを睨みつけている。
「そういえば……シルス、この辺りの地理について教えてくれませんか?」
ヴィルはふと思い出したように質問をした。そういえば、自分がどこにいるのか把握していなかった。
知り合いと宿を見つけた安心感で忘れていたのだ。
「ああいいとも。えっと、ここはフェルミ大陸の北部で」
心配そうにしながら、彼女はテーブルの物を使って簡単に説明してくれた。
現在いるのは三つある大陸のうち、最も広大なフェルミ大陸、その北東部に位置するカイネル王国・シンウッド領の街らしい。
街の名前はとりあえずどうでもいいが、ヴィルが最初に転生したヴァレリア王国は、フェルミ大陸の南西部に位置し、馬を乗り継いでも一年弱の距離は離れていると聞き、指名手配の心配がないことに安堵した。
あと二つの大陸は、マクセル大陸とフォーゼン大陸、マクセル大陸は平和的な国家が林立しているそうだが、魔王領があるらしい。
マクセル大陸は神話の時代に巨神が支配していたと言われており、探検家の手記によれば、現在は人の住める環境ではないそうだ。
神話の時代、巨神、気になる言葉たちだ。
この世界のことはもっと知りたいし、戦えるようになったら旅に出るのもいい。
魔法についても調べて、エリザを解放する手がかりも見つけたい。
「それで、ヴィルは何ができるの?」
「ああ、それは俺も気になっていた。剣なら俺が教えられるし、魔法ならこのおばs……姉さんが教えられる」
おそらくレイヴンは「おばさん」と言いかけたのだろう、アイリスの刺すような視線に冷や汗をかいている。彼女は見た目以上に歳をとっているのだろうか。しかし女性におばさんはないだろ……まじでなんで結婚できたんだよ。
今まで一応正体を隠そうと頑張っていたが、この国にいる間は特に気にしなくても問題なさそうだ。
「魔法がちょっと使えるだけです」
ちょっとと保険をかけたのは、正体を隠すためでなく、単にヴィルの癖だ。
これまでの経験から、人に期待をかけられるような言動は極力避ける、そんな癖がついていた。
「そうか、俺が剣を教えようと思っていたんだが魔法が使えるなら、それを極めた方がいいな」
レイヴンはしょんぼりとし、酒を口に運んだ。やはり剣には相当自信があったようで、教えるつもりでいたようだ。
「魔法と剣術、両方習うのはダメなんですか?」
「魔法剣士ね、いい目標じゃない。将来はSランク冒険者かな」
「けどそう簡単じゃないぞ……魔族や長耳族《エルフ》ならともかく、人間に剣術と魔術を使いこなすやつなんてそういない。どちらかを極める方が普通だ」
ノリノリのシルスに対して、レイヴンは難しそうな顔を示す。
人間には剣と魔術の両方を使うものはいない。
魔術には詠唱と集中力が必要であり、近接戦闘でそんな隙を見せれば即座に切り捨てられてしまうという当然の理由だ。
対して、魔族や長耳族などの一部種族は、魔力に関して人間より優れた干渉能力を有しており、長命でもあるため魔法に関する練度も違う。これら種族には近接戦闘中に魔法を行使する者も存在する。
「そうなのか……、じゃあ魔法にしたほうがいいか」
「いや、その前にヴィルがどのくらい魔法を使えるのかを見たいわ。今日は遅いし、明日の朝に北西の門に集合でいい?」
「確かにそうだな、わかった」
暫く雑談が続いた後、レイヴンが酔っ払ったシルスを彼女の自宅まで引き摺って歩き、玄関の扉を開けて放り込むのを見届け、その後道具屋でレイヴンと解散した。
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