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序章:異世界にて
第九話:荒くれ者には縁がある!
しおりを挟む武具屋を出た二人は、遂に冒険者ギルドの前にきていた。
石の土台に建つ大きな木造の建築物、扉からは中の賑わいを感じさせる声と暖色の光。
「ここが……冒険者ギルド、中は酒場にでもなってて冒険者たちで賑わってるのか」
建物の前で恍惚とした表情を浮かべている紅髪の少女、興奮気味の独り言は語尾にかけて声が浮いている。
「ヴィル、舐められないように行くぞ。そんなだらしない顔じゃダメだ、シャキッとしろシャキッと!」
だらしなさそうな顔をした男が少女に言い聞かせると、少女はどんな顔をしたらいいものかと困惑する。
この時間帯は冒険者の多くがギルドに集まっている。新入りは第一印象が大切なのだ。
しかし、先ほどのダイラの反応を見てもレイヴンは本当に凄腕であることは分かった。
彼が同行するだけで舐められることはないだろう。このだらしない見た目じゃなければ……。
錆びた鉄の取手を引いて扉を開く。
「おおー、想像通りのファンタジー感っ! これはテンション上がるなー!」
石の床に木の長机が並べられており、様々な装備の冒険者がワイワイと酒を酌み交わしている。
二階にも同じような席が設けられているようだ。
見渡すと女性の冒険者もちらほらいる。大きな杖を立てかけているので魔法使いだろう。
他にも亜人種のような者もおり、ヴィルはいつかケモ耳美少女に出会えることを静かに願う。
こうみると思っていたほどの荒くれ者の集団には見えず、この街は民度がいいのだろうと安堵する……。
「おいおいおい! ここはガキ連れてくるような場所じゃねーぞ!」
「絶対にあるとは思っていたが……、はぁ……」
二人が声のした方へゆっくりと顔を向けると、いかにも「荒くれ者です」という品性の欠片もない人相をした男が、酒を片手に立っている。
あいつ竜殺しに何言ってんだ? 酔いすぎだろ……。痛い目を見ないと分からんかね。
などと周囲が騒めく。
「ヴィル、行こうか……」
下手に関わらないようにその場を離れようとするが、酔った男はフラフラと近づいてくる。
「何すかしてんだぁオッサン? おお、ガキかと思ったがなかなか可愛いじゃねーか。俺と飲もうぜ、可愛がってやんよ」
男は無遠慮にヴィルに手を伸ばす。浅ましさが張り付いた男の黒目に、背筋が凍るような悪寒が走った。
(あれ? なんか、体動かな……、キモいキモいキモいキモい……)
感じたことのない恐怖に体が強張り動かない。迫り来る男の手を凝視し、呼吸が乱れ、汗が頬を伝う。
ひどくゆっくりと感じる時間に、目眩がしてくる。
橙色の照明がチカチカと明滅をはじめ、伸びた光に視界が奪われていく……。
「痛ッ……、うぐぅぅ……」
「汚ねえ手で……ウチの子に触るな」
気がつくと男の手はヴィルの顔の手前で停止しており、見るとレイヴンが男の腕を掴んでいる。
その瞳には怒りの色が滲み出ており、噛み締めた奥歯から軋む音が聞こえてくる。
「クソッ! 放し……やがれ」
男の腕は今にも折れそうなほど強く握られており、痛みに耐えかねて床に膝頭をつく。それでもレイヴンを憎らしそうに睨み上げ、唸り声をあげている。
その光景にギルド内は静まり返っていた。
「ぎぃ……この、放せって言ってんだろ!」
「ひっ!? ……冷た」
苦し紛れの抵抗として男は手に持っていた酒を、レイヴンにかけようとするが手を滑らせ、隣のヴィルは頭から酒をかぶった。
紅の長い髪から滴り落ちる酒が、床に落ちるより先に。
男の体は宙を舞っていた。
男は何をされたのか理解できないまま、入り口の扉を勢いよく破壊して路地に放り出される。
「うぅ……、痛ッ…………腕が……」
朦朧としながら男は体を起こし、外れた肩と折れた手首を見て自分が投げ飛ばされたことに気づく。
「酔いは覚めたか?」
「ひっ!?」
壊れた扉からゆっくりと近づくレイヴン。その重く低い声に、男の酔いはすっかり消え失せていた。
鈍い痛みに顔を歪め、尻を地面に引きずり後ずさる男だが、今度は顎を下から蹴り上げられ、後ろに転げる。
「あぐ……お、俺が悪がった……許してぐれ」
「……」
男は地に這いつくばり、切れた口から血を流しながら許して欲しいと懇願するが、レイヴンの視線は鋭く冷徹で返答はない。
このまま男を蹴り殺してしまいそうだが、止められるものはいない、そう思われたが、
「レイヴン……そこまでにしときな。この子も怯えてる」
背後から響いた低い女性の声がレイヴンを静止させた。
彼がハッとして振り向くと、見知った魔術師の女と怯えた顔のヴィルの二人が立っていた。自分の行き過ぎた行動を顧みて、レイヴンはバツが悪そうに地面へ視線を落とす。
「あんたたち、あとで扉直すのよ」
女はツカツカと歩き、レイヴンの前を通り過ぎると、重症の男に治癒魔法をかける。淡い光に包まれて、男の傷は瞬く間に癒えていった。
「す、すまねえ……」
「酔いすぎだね。いいから今日は帰りな」
立ち上がれるまでに回復した男は、冷静さを取り戻していたもののレイヴンを恨めしそうな目で睨みつけて、宿屋の方向へ消えた。
ひとまず事態が収集すると、女は「まったく」と至極面倒そうに溜息をつき、
「二階から見てたよ、確かにあの男が悪い……、でもここまでする必要はなかった。もっと穏便に済ませられたはずよ」
「すまない……、冷静さを欠いてしまった……」
先ほどの出来事を振り返り、レイヴンは湧き上がってくる怒りを噛み殺す。
拳を固く握り、自身を戒めている彼に対し、女はまた呆れたように溜息を吐く。
「もう、めんっっっどくさいなあ!! ウジウジしてんじゃないわよ、それよりこの子の心配でしょ!!」
それでもレイヴンは気まずそうに目を逸らす。もっと穏便に済ませられたはずだ。あれだけ暴れて、ヴィルを怖がらせてしまったのではないかとも考えた。
そんな彼に、黙っていたヴィルが口を開いた。
「レイヴン、さっきは助けてくれて、ありがとうな」
あのとき、酔った男を目の前にしてヴィルは足がすくんだ。
ニート時代の自分よりもガタイがよく、顔つきも怖かった。
昔から学校や職場でも、なぜかこういう人種に絡まれることが多かったが、そんなときは、できるだけ大人しくしていた。そうすれば、向こうの世界ではそれほど酷い目に遭うことはないからだ。そうしているうちに、いつしか負け犬根性が染み付いてしまっていたのだろう。
ヴィルは、そんなことを考えて黙っていただけだった。
「ヴィル、ごめんな」
「気にすんなよ、本当に感謝してるんだから。それよりここに来た目的!」
ヴィルの呑気すぎる一言に、レイヴンの気持ちは幾分軽くなったようで、
「そうだったな、登録しに行こう。お前にも迷惑かけたな」
「別にいいわよ、今日はその子の登録に来たのね。私は二階にいるから、あとで話聞かせてよね」
そう言って女はヴィルに目配せをすると、背中に細く束ねられた金髪を揺らしながら二階へと上がっていった。
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