大罪人に転生!? 美少女に転生したいとは言いましたが……

息吹く遥

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序章:異世界にて

第三話:ニートは騎士から逃げたい

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「ん……。本当に転生した……のか?」

 ヴィルは目を覚まし自分の体が少女になっていることに気がつくと周囲を見渡した。
 王国の威厳を示す謁見の間には炎と煙が充満し、床は王とエリザの血に染まっている。

「うわ……まじか」

 ヴィルは、エリザの言っていたことが本当なのだと確信した。

「そこまでだ。大罪人」

 背後の広間の扉が勢いよく開け放たれ、勇ましい声が飛び込んでくる。エリザの言っていた増援のようだ。
 ヴィルはフードを深く被り顔を隠して振り返る。
 そこには一人の騎士を先頭に数名の騎士が立っていた。
 
「陛下……」

 先頭に立つブロンドの髪の騎士は、広間の惨状を見て王の死を理解する。

「王国を脅かす魔女め、王に代わり、この王国最強の騎士レオナ・シンカーが貴様を打ち滅ぼす」

 強い怒りと覚悟を瞳に宿し、ヴィルに言い放つ。
 一方ヴィルは、ようやく使えそうな魔法をエリザの記憶から引っ張り出してきていた。

「はぁ……、やったのは俺じゃないんだけどな」

 ため息を吐きながらゆっくりと顔に手をかざすと、深い闇が少女の顔を隠す。
 本来目眩しにつかう闇魔法を、顔に纏うことで仮面としたのだ。
 これで顔は見られない。あとはこの国から脱出できればヴィルの勝ちだ。

「それじゃあ逃げさせてもらうよ」
「逃すな、囲め!」

 レオナの合図とともに一斉にヴィルを取り囲む騎士たち。全員が相当な実力者のように見える。
 そうでなくとも、引きこもりから見たら、自分より弱いやつを見つけることのほうが難しい。
 どう見ても絶体絶命の状況なのだが、相手が鎧を纏った騎士だとどうも現実味が薄く、舞台俳優にでもなったかのようだ。
 これが街の不良集団だったら、とっくに漏らして土下座している。
 もちろん漏らすのは、大きい方だ。実体験もある。

「闇魔法『暗黒霧ダークミスト』、集団戦じゃ撹乱が基本だろ」

 闇の霧に紛して逃げようとするヴィル。しかしブロンドの騎士はそれを許さない。

「気配も消さず、馬鹿にしているのか!!!」
「マジかッ!?」

 目の前に現れた刃にかろうじて反応し、腕で防ごうとするヴィル。
 キイィィィン!!!
 腕と剣が交わったとは思えない甲高い音が響く。その一撃で霧はかき消されていた。

「……!? 魔力を腕に集中させたのか、それにしても硬い。だが次は切り落とす」

 腕で自分の剣が防がれたことに驚くが、感覚を修正し次は斬れると確信するレオナ。
 周囲の騎士は彼の邪魔にならないように、一定の距離を保ってヴィルの退路を塞いでいる。

(この騎士はマジでやばい、素人の俺には動きがほぼ見えねえし、どうする? 転移魔法って使えるのか? 戦闘中は使えないのがお約束だが……)

 この場から離脱することが、そう甘くないことを理解し、全身に大量の冷や汗が滴るのを感じる。

「とりあえず隙ができるまで凌ぐしかねえな」

 ヴィルは、闇の仮面と同様にして、全身に闇の衣を纏う。
 密度を高めた闇は、硬さは無いものの流動的で、剣の軌道を逸らすことのできる軽量の防具となる。
 エリザの記憶から鎧になりそうな魔法を見つけてきてもいいが、ただでさえ戦闘経験の無いニートなのだから機動力を重視した。
 
 向けられた切先に視線が集中し、一瞬レオナが二重に見えたその時、ヴィルの視界から彼は消えた。
 再度レオナを認識した時には、脇腹から刃が闇を切り裂いて侵入してくる頃であった。
 そのままレオナの刃は、ヴィルを脇腹から肩にかけて骨を断ちながら走り抜ける。
 傷口から赤い血を景気よくばら撒くと、膝から力が抜け床に崩れ落ちる。

「うぅ……、ぐあぁぁああ…………」

 痛い、痛い痛い痛い痛い痛い……。前世で経験したことも無い痛みに恐怖を覚える。
 胴体の前面が大きく裂け、隙間から溢れる内臓を必死で抱える。
 腕の中の臓物は温かく、そして柔らかかった。

「浅いか……」

 今の一撃で両断してしまいたかったレオナは悔しそうに、眉を顰める。
 目の前の族は、戦闘経験を積んでいるようには見えない。
 今もこうして痛みに震えているような者を、自分が二度も仕留め損なうことに驚愕していた。

「ッ!? 貴様、なぜその傷で立てる」

 確実に致命傷を負ったはずの相手が、腹に繋がるモツを床に散らかしながらヨロヨロと立ち上がると、その異様さにレオナの顔が引き攣る。
 彼の視界に映る、直立したセンシティブなゾンビには、モザイクなど一切かかっていないのだから、気分も悪くなるだろう。
 さらにヴィルが腹からだらしなく伸びるソレを、手で引きちぎり出すのだから、周囲の騎士も数歩後ずさった。

「ふー、ふー……、痛すぎるぞ、何すんだクソが」

 深呼吸をし、血走った目で最大限強がって見せる。
 魔女の魂が取り込まれても、秘術の効果は継続していた。
 王に心臓を貫かれても蘇生した体は、今みたいな傷でも再生するみたいだ。
 
 ヴィルは、再生能力を悟られぬように傷口を闇で覆う。

「そうだな陛下が、この程度の族に敗れるはずがないと思ったが……。私の動きに反応し、切られても死なぬ不死性……。一体何者だ?」
「何者かって? 別に何者って程のものでもないよ、見ての通りの美少女さっ」

 にへら顔でバカにするよう言い放った後、仮面で顔が見えないことに気づくと、美少女の御尊顔を拝めない騎士たちに同情した。
 それから大袈裟に両手を広げて、わざとらしい高笑いをすると、警戒して手も出さない騎士たちを見渡し。 

「ほんとに逃げさせてもらうよ」

 奇行と問答で時間を稼ぎ、転移魔法陣を思い出していたヴィルは実行に移す。
 床に複雑な紋様を描き、そこに魔力が収束する。
 しかし転移魔法の発動を察知したレオナは、一瞬で床の魔法陣ごとヴィルを切り上げる。腹から鎖骨にかけて切り裂かれたヴィルは後ろに跳躍し、距離をとる。

「痛ってえな、やっぱ無理か」
「諦めて投降しろ」

 耳元で声が響いたかと思うと、距離を取っとはずなのに何故か刃が迫っている。

「ぐっ……、カハッ……」

 なす術なく喉を切られ血が噴き出る。
 よろめき、二、三歩後ずさるヴィルの肩を剣が貫く。

「痛ッ……、うぅ……」

 続けて、嵐のように刃がヴィルに襲いかかる。肉が裂け、骨が断たれても、たちどころに癒える。床は血でドロドロに汚れ、炎に照らされて、ゆらゆらと赤く輝いている。
絶え間ない痛みに、耐え難い苦痛が続くと、全て諦めてしまおうという考えが脳裏をよぎった。

(ふざけんな、エリザにあんな啖呵切ったんだ。……なんとしてでも逃げ切ってやる)

 初めて感じる痛みの奔流、その痛みがすぐに和らぎ癒える感覚。暑いのか寒いのかわからないような不快感を、ずっと不快にしたような感覚。
 しだいに感覚が麻痺し、ただただ壮絶な不快感に襲われた。

(絶対逃げ切ってやる……。絶対……。絶対に!)

 それでもヴィルは諦めなかった。前世の自分なら最初の痛みでギブアップしていたはずだ。
 エリザに啖呵を切ったからというプライドだけでは説明できない、自分でもわからないが、どうしても諦められない。
 斬られ続けながらも狂気的な執念で、レオナを睨みつける。

「諦めない限り、この苦しみが続くだけだ……」

 苦い顔で剣を振りながら投降を促す彼の手が止まる。
 ヴィルの腹に刺した剣が微動だにせず抜けない。

「うっ……」

 もはや人間とは思えない狂気に染まった少女の目に、半歩引き下がるレオナ。
 闇に覆われ、血の池に佇む少女は、譫言のように呟く。

「せっかく……、美少女に転生したんだ……」
「はぁ……?」

 血まみれの少女が、ついに意味のわからないことを言い始めたことに、レオナは恐怖し剣を放す。

「夢の……異世界転生リア充ライフ! 邪魔すんじゃ、ねえぇぇぇぇーーー!!!」

 ヴィルは叫ぶ。刺さった剣が腹を裂くが、そんな痛みを感じていないかのような絶叫。
 そして体が淡く光る。

「まずい……、逃すか」

 転移の気配に気づき、剣を引き抜こうと手を伸ばすが、柄に触れる寸前で目の前の狂人は姿を消した。

「……クソッ! なんだあの魔法は!」

 王を殺した族を取り逃した。
 あってはならない失態に憤りを隠せず床を殴りつける。
 広間には灰と焦げた血の匂いだけが充満していた。
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