大罪人に転生!? 美少女に転生したいとは言いましたが……

息吹く遥

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序章:異世界にて

第二話:ニートと魔女②

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「ここは、どこだ? 死後の世界……?」

 男は真っ白の、どこまでも続くような景色を眺めて考える。風もない、匂いもしない不思議な空間だが、嫌な感じはしなかった。
 ここが天国なのだろうか? 異世界転生など実際に起こり得るわけもないのだが、かと言ってあの怠惰な人生を貪っただけの自分が、天国にいるというのも考えられない。

「あなたが契約に応じてくれた人ね」

 柔らかな声が空間に響いた。
 男が声の主を探すと、そこには白髪の美少女が立っていた。
 加えて透き通るような白い肌に、宝石と見紛うほど美しい紅の瞳をした美少女だ。
 もしかするとこの少女は女神様で、魔王が暴れる世界へ自分を勇者として招いたのかもしれない、という妄想が駆け巡った。

「て、えっ契約?」

 言葉の意味を理解できないという様子の男は、童貞らしく目を逸らしたまま訝しげに眉を寄せる。
 契約、そんなものした覚えがない。なんなら、一度一人暮らしをした時も電気ガス水道代その他諸々の契約は母に任せていた。
 そしていつの間にサインをしたのか、生命保険までかけられていたのだ。ああ……、恐ろしや恐ろしや……。
 もしや、母が俺のために転生の手続きをしてくれていたのかも知れない。
 と腐った脳をフル回転させても、ゴミのような思考が堆積していくだけだった。
 
「えっ!? 魂の契約に応じたからここにいるんでしょ?」

 そんな男に、目を丸くして驚く少女。
 動揺で彼女の視線は、ゆらゆらと定まらない。
 
「あの、説明をお願いしてもいいかな?」
「そ、そうね。えっと、私とあなたは、魂の契約を交わしたことになっているわ。私は私の存在全てをあなたにあげる、私の魂はあなたの魂に取り込まれて、あなたの魂は私の体に定着する。あなたはこれに応じたはずよ」

 男には全く心当たりがなかった。
 これは確かに転生ではあるが、その中でも憑依転生というジャンルだ。しかも少女の口ぶりからして、自分が少女の意識まで乗っ取るのだろう。それは流石に気が進まないので、できれば契約を破棄したい。

「あの、そもそも、なんでそんな契約を?」
「これは自分の魂を代償にした秘術。魔法は代償の重さと、術者の資質に応じた力をくれる。どうしても妹を助けたかったの」

 魂を魔法に使用することは禁忌とされてきた。それゆえ少女にとっても、その効果と成功確率は未知の賭けであったのだが、彼女は見事にその賭けに勝ち、人智を超えた魔力と不死性を手にしたのだ。

「秘術……。んー……。ごめん、マジで心当たりがない」

 男は暫し目を瞑って考えたが、思い出すことはできなかった。

「いや、でも秘術は成功しちゃったし、契約も成立しているはず……。えっ、もしかして巻き込んじゃった?」

 少女の白い顔がみるみる青ざめていき、申し訳なさそうに上目で男の様子を伺う。
 いつこの男が憤慨し、あれやこれやと自分を蹂躙してくるのかと身構えていたが、存外に彼は怒る様子も焦る事もなく。

「まーでも、俺にデメリットがあるわけじゃなさそうだし、できるん、なら………あ」

ーー来世は美少女にでも生まれ変わりたいぜ……。

 そう、男が死の間際に思ったこと、それが偶然、どういう原理か時空を超えて契約を承認した判定になってしまったようだ。

「何? 思い出した?」
「まあ……」
「よかった」

 少女は少し安心したように目を細め、控えめな胸を撫で下ろした。

「魂の契約に乗ってくるヤツがどんなのかと思えば、面は悪くないし、優しそうな好青年って感じで安心したわ」
「好青年って……」

 中年でいかにも不潔そうな男への反応とは思えない少女の感想に、彼は不思議に思ったが。

「ん? あれ?」

 よくよく自分の体を見てみると、ビールとカップ麺で肥えた腹が引っ込んでいる。しばらく剃ってなかったはずの髭もない。

「なあ、自分の姿が見たいんだけど」
「んぁあ? ナルシストか? 目の前にこんな美少女がいるというのに……」

 少女が少し引き気味で地面に手をかざすと、水たまりができる。
 男が水面に映る自分を見ると、そこには二十歳前後の自分がいた。

(もしかして、精神的に、仕事辞めた時から成長してないってことか……? まあおかげで好印象っぽいし……)

 腐った思考回路により弾き出された突飛な考察結果は、今回に限っては正解を引き当てていた。
 男は自分の精神の停滞ぶりにやや複雑な心境になったが、同時にその若々しさが好印象を与えたことに安堵する。

「確かに……顔は悪くねーな」

 顎に手を当て、目に力を入れると奥二重が綺麗な二重へとトランスフォーム。
 首の角度を変え、水面に映る自分のポテンシャルを引き出そうと試行錯誤していると、背に少女の冷ややかな視線が刺さる。

「頭の方は残念なようね」
「うっ……」

 自分の魅力に目を奪われていた男はハッとして振り返ると、雪の様に白く冷たい少女が眉間を押さえていた。
 あまりに残念そうな彼女の反応に耐えかねた男は、無理やりに話を進める。

「そう言えば、君の名前は? 俺は、久賀誠ひさかまことだ」
「まこと? 私はエリザよ」

 エリザは聞き馴染みのない名前に不思議そうに小首をかしげた。

「聞き馴染みのない名前ね、あなたどこから来たの?」
「おそらくだが……、こことは違う世界だと思う。俺の世界には魔法なんてなかった」
「それって異世界人ってこと!? そんなことあるんだ……」

 エリザは小さな口をポカンと開けて固まった。

「異世界人って珍しいのか?」
「いや私は封印されてたから、そういうことは詳しく知らないけど。いないんじゃないのかな? 魔法も使えないのに、さらに時空を超えてくるって……いったいどうやって?」

 エリザは何やら学者のように顎に指を当て考え始めた。
 男のことなど忘れ、優秀な頭脳の織りなす思考の世界へと身を沈める彼女を引き戻すように、男は口を開く。

「まあ、それはこれから調べてみることにするよ」

 思考の海から引き上げられたエリザは、ふと思い出したように告げる。

「あっ、その目立つ名前は変えた方がいいよ。私大罪人だし」
「はっ? ドユコト?」

 あっさりと告げられた驚愕の事実に、男は思考停止。
 ゴミの様な処理能力を使い、その驚愕をどうにか受け止める。

「ええっ、俺の美少女転生ゆるふわ異世界生活は? ただの逃亡生活になっちまうのか?」
「あっ、言ってなかったね……」

 エリザはまた申しわけなさそうにしたかと思うと、悪戯気に満面の笑みを浮かべてゆっくりと口を開いた。

「私……、この国の王、殺っちゃたんだよね!」
「……? ……はああぁぁぁぁぁーーーー!!!」

 とんでもない事を笑顔で言われ、理解するのに数秒かかった。あ、終わった、どの世界でも俺はダメなんだ、と今にも消え入りそうな男を満足そうに眺めるエリザ。

「まあ、目立つ髪色を染めて、顔は見られないようにすればいいんじゃね?」
「じゃね? じゃねーよ! 他人事みたいに!」
「おお、なかなか元気あんじゃん!」

 エリザは楽しそうに笑っているが、どこかぎこちない様にも見える。

「どうすんだよ……」
「いやホント大丈夫だって、君の世界じゃどうだかわからないけど、とりあえず国外に逃げれば、指名手配もされないよ」

 そう少女が諭すも、夢の異世界生活は本当に夢のようだ、と深くため息をつき項垂れる男。
 臆病な男の肩を面倒臭そうに叩いて、脅かしたことについて上部だけの謝罪を軽く投げる。
 そうしているうちに、世界は静かに歪み出し、真っ白な世界も終わりを告げようとしていた。

「そろそろ時間だね。ほら元気出しなよ! 私の魂は君に取り込まれる、そしたら君の念願の美少女転生ゆるふわ異世界生活が待っているさ」

 満足そうに笑うエリザだったが、その声は言葉尻にかけて脱力し、穏やかでいて儚い、そんな雰囲気を纏っていた。

「ちょっと、俺はどうすれば」

 ようやく顔を上げた男は、このまま一人にされるのがどうしても不安であるようだ。

「じゃあ、最後にアドバイス! まず名前は……、ヴィルトゥスと名乗ること! それから髪色が目立つから、なんとかすること! あと、さっき王城にいた兵は私が殺したから顔は見られてないけど、すぐに増援が来るよ。その中になかなか強そうな魔力があったから、顔を見られないように逃げ切ること! 以上!」

 少女は面白がりながらも、的確に指示を出す。
 男は観念して覚悟を決めると、心がスッと軽くなった気がした。
 同時に気分が高揚してくる。前世では、社会のルールに縛られた人生を嫌い、それを放棄した自分が、今世ではすでにルールがどうとかの次元じゃない大罪人。

「わかった。ちょっと頑張ってみるよ」

 そう言って男は笑う。笑ったのは久しぶりだった。
 その瞬間、真っ白だった空間の光が薄れていき、地面が漆黒に染まる。男の体が宙に浮かび、エリザは漆黒の地面に徐々に呑み込まれていく。

「おいっ! エリザ!」

 何が起きたのか分からず、目の前で闇に呑まれていく少女を見て思わず叫んでいた。

「手! 手ぇ伸ばせ、はやくっ!」

 宙に浮いて自由に動かせない体を捻り、懸命に少女へと手を伸ばす。
 伸ばした手の先に見えた少女の体は膝下まで闇に呑まれ、柔らかに微笑みながら小さく首を振っていた。

「まこと、ありがとう。あなたのおかげで妹を救ってあげられた」
「……」

 闇に呑まれながらもエリザは冷静に感謝を口にする。彼女の紅の瞳は闇の中でも穏やかに輝いている。
 男の手はもう少女には届かない、彼は何も言えず眉を顰めて少女を見ていた。 
 こんな事を、俺は望んだわけじゃない。誰かの体を乗っ取ってまで、二度目の人生を歩むなんて……。
 しかし、彼女がそれを望んだのなら、自分にできることはもうないのか?
 徐々に闇に覆われていく白い少女は、それでもなお笑顔だった。

「あっ! あともう一つだけ言い忘れてた」

 能天気なエリザの声が、感傷に浸っている最中の男に届く。

「今度はなんだ?」
「全部あげるって言ったけど、妹との思い出だけは私にくれないかな? 大事な……ものだから……」

 そう口にするエリザの表情はどこか儚げで、悲しくなるような深い優しさがある。

「わかった」

 この契約において核となったのはエリザの魂とそれに付随する肉体。それ以外の付属品の一部は、契約者が価値がないとして破棄すれば譲渡されない。 
 闇の中で少女は、手のひらに残った小さな光を大事そうに包み込むと、男に向き直る。 

「まこと、改めてありがとう。そしてヴィル、頑張ってね」

 これまでの自分を認め、これからの自分を見てくれる、そんな少女の言葉に男は救われた気持ちになった。

「……。エリザ」
「そんな悲しい顔しないでよ。こっちまで悲しくなっちゃうわ」

 もう肩まで呑まれたていた彼女は、心配そうな瞳でヴィルを見つめていた。
 男はどうすればいいのかわからなかった。これまで何もしたことがなかったのだから。
 確かに彼はニートのクズ野郎で腐ってはいるが、それゆえに自身の無価値さも理解していた。
 だから、そんなクズが、この少女の全てを奪うことなど、やはり認められなかった。

「エリザ! 俺は、いつかお前を迎えに行く! 絶対、そこから連れ出してやるからっ!!!」

 方法も何もわからない。ただ口から溢れただけの、無責任な言葉だと自分でも理解していた。
 ゆえに言ってから後悔した。これは彼女に期待だけを残して苦しませる結果になると。
 しかし、やはり男の考えは的外れで、少女はキョトンとした顔をすると。

「ははっ、会ったばっかなのに何言ってんのよ。期待しないで待ってるわ」

 エリザは男の無謀な啖呵たんかに、無邪気な笑顔で返す。

「じゃあね、ヴィル」
「ああ、また……」

 エリザは闇に呑まれ、ヴィルは輝く空に昇る。
 そして歪みの広がった世界は、音もなく消滅した。
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