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フィールドアドベンチャーの章

第20話 青年は己の非力さに唇を噛む

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「まずはドラゴンを地上に落とさないと満足に戦えないぜ」

 ライアンが叫ぶ。
 レイトはざっと戦力を確認する。
 そもそも武器を持っていないクリスティーンを除いても飛び道具を持っているメンバーがいない。

「俺に任せろ!」

 馬から降りたクリスが騎士の剣を構えて瞑想を始める。

「何をやってるんだ?」

 ドラゴン相手に戦おうって時にそのドラゴンを無視して目を閉じ、瞑想を始めるのだからレイトが疑問に思うのも仕方ない。

「騎士には代々伝わる剣技ってものがあるんだ。詳しいことは判らねぇが、技を発動するまでの手順の一つなんだろうよ。レイト、それからヴァネッサもクリスを守って時間を稼げ」

「時間を稼げったって、あたしにはあんな高いところを飛んでるドラゴンに攻撃できる技なんてないよ」

 ヴァネッサが見上げる先はどれくらいの高さなのか?
 TPS三人称視点のレイトにはイマイチよく掴めない。
 それはともかく、クリスに狙いを定められるのだけはよろしくないと彼から距離をとったレイトは、とりあえず手持ちの札から使えそうなものを試すことにした。

 まずはファイヤーボール2。
 火山地帯にいる赤い竜だし、効く気がしないと思いつつ試した魔法は案の定彼自身がタゲられる以上の効果を発揮しなかった。

(火がダメなら)

 と、次に試したのはウォーターショットだ。
 しかし、ウォーターショットは射程が短いらしく、上空を飛ぶドラゴンに当たらない。

「何やってんだよ!」

 と、仕方ないとはいえ口を出すだけで何もしない(正確にはできないんだけど、レイトの心証としてはやっぱり「しない」と感じてしまう)ライアンに舌打ちしたい気持ちになる。

「ブラストカッター!」

 カマイタチを発生させる魔法もドラゴンの羽ばたきに相殺されるらしく攻撃が届かない。

(くそ、ゲームならそんな物理現象無視してダメージ与えろよ!)

 無茶をいいないな。

(これだから現実世界は)

 一応ちゃんと現実と認識しているんだね。

「ライトニングボルト!」

 魔法の電撃は確かに届いたものの、これも射程のせいで威力が減衰して大したダメージにはなっていないようだ。
 ドラゴンは空中を三度旋回して天を仰ぐ。

「やばい! 逃げろ!!」

 ライアンは魔法使用直後の(クールタイムで動けなくなっているように見える)レイトを突き飛ばす。
 そこにドラゴンのファイヤーブレスが吐きかけられた。
 突き飛ばされて動けるようになったレイトが絶叫に振り返ると、炎に焼かれるライアンがいる。
 クリスティーンの悲鳴が上がり、ブレスを履き終わったドラゴンは次の標的にそのクリスティーンを選んだようだ。

「ヴァネッサ!」

 レイトに呼ばれて我に帰ったヴァネッサがクリスティーンをかばうようにドラゴンとの間に割って入る。

「ライトニングボルト!」

 唯一ダメージを与えられる魔法で自身にタゲを移すレイト。

(クールタイムの長い魔法は不利だ。かといって弱い魔法じゃ威嚇や牽制
にもならない。どうすりゃいいのさ)

「待たせた」

 再び空中に静止し天を仰ぎ、ブレスを吐こうとするドラゴンに向かってクリスが剣をぎゃくに斬り上げる。

「奥義 真空しんくう裂破れっぱざん!」

 ブラストカッターをずっと派手にしたようなエフェクトで斬撃が、今まさにブレスを吐こうとしているドラゴンを直撃する。
 胴と一緒に切り裂かれた片翼がドラゴンから離れ、一撃でドラゴンが地に落ちた。

「これなら!」

 すかさずヴァネッサがドラゴンに近寄り、バーサークラッシュを放つ。
 剣先が何本も見えるようなエフェクトで次々とドラゴンの横腹に突き刺さる。

「ウォーターショット! ブラストカッター!」

 レイトもここぞとばかりに魔法を連発する。
 どうもウォーターショットよりブラストカッターの方が与ダメージは大きいようだ。

れつざん!」

 動きは真空裂破斬同様だが、剣による直接攻撃の技なのだろう。
 クリスの攻撃も大きなダメージを与えている。
 どうも、三人の中でレイトの攻撃力が一番低いらしい。
 魔力が底をついたレイトが予備の剣でちまちまと攻撃する横で二人が大技、剣技を繰り出す。

(俺も剣の技が欲しいな)

 その気持ちよく判るよ。

 その後もドラゴンはブレスこそ吐かなかったが尻尾、噛みつき、かぎ爪などの攻撃を繰り返して三人を苦しめたが、最後には力つき、レイトの渾身の一撃でついに断末魔の咆哮をあげて息絶えた。
 その最期の一撃が何かの天啓だったのか、それともレベルアップの特典か? なにか剣による必殺技ができるような気になるレイトだった。
 呼吸を整えていると、視覚情報がFPS一人称視点に変更される。

(…………)

 レイトは戦闘中は強く強く意識的に考えないようにしていたことに向き合わなければいけないことを覚悟する。

「ライアン! ライアン……」

 悲しげなクリスティーンの彼を呼ぶ声がともすればせっかくの覚悟をゆるがす。

 長いこと戦っていた。

 もうずいぶん前からレイトの魔力は枯渇している。
 その間、クリスティーンも必死にライアンを救うために治癒魔法をかけ続けていたに違いない。
 とすれば彼女の魔力だってもう残ってはいないはずだ。

「どうしたんだい、魔法で怪我は治るんじゃないのかい!?」

 ヴァネッサがクリスティーンに詰め寄っていた。

「治す先からどんどん生命力が奪われていくのです」

「ブレスの炎が体の中で燃え続けているんだろう」

 クリスが地面に横たわるライアンを見下ろしている。
 普段あまり感情を表にだす方ではない男だが、その表情は沈痛だ。

「じゃあ、その炎を消せば助かるんだな? レイト、水の魔法でライアンの体の中で燃えてるっていう炎を消しておやりよ」

「…………」

「レイト?」

「ごめん。もう、魔力がない……」

 そもそもレイトの魔法は攻撃用魔法だ。
 仮に消せたとしても魔法そのものによるダメージを与えかねない。

「ヴァネッサ。レイトの魔法ではたぶん炎は消せない。消せるとすれば聖水だけだろう」

「じゃあそれで消しておやりよ」

「ヴァネッサ……」

 言いながらそっと彼女の肩に手を置くクリスティーンの頬を涙がつたう。

「ここに聖水はないのです。聖水を生み出せるのは聖職者だけ……これ以上、私たちにできることは…………」

 言葉はしりすぼみに消えていく。
 最後までいうことができないようだ。

 低い嗚咽がヴァネッサから漏れる。

 決して長いとは言えない付き合いだった。

 しかし、ここまでの旅路は濃密なものだったと言える。
 命の危険に何度も遭遇し、その度に助け合い切り抜けてきた。
 特にライアンはプリーストとしてモンスター相手にメイスを振るい、仲間たちの傷を癒してきた。
 レイトもヴァネッサも、何度命を救われたか判らない。
 今日のこの一戦だってライアンに助けてもらわなければ、ブレスに焼かれていたのはレイトだったのだ。
 そう思うと、レイトには悔恨の念さえ広がる。

 彼らが囲む中、ライアンの命の火は静かに竜の炎に飲み込まれていった。

 レイトにはヴァネッサの慟哭が葬送曲のように聴こえ、しばらくは動くこともできなかった。
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