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フィールドアドベンチャーの章

第18話 青年はなんて鈍感なんだろう?

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 冒険者は街道を王都へ向けて進む。
 一日に一組くらいの旅人とすれ違う。
 だいたいは商隊だ。
 モンスターとはその三倍から五倍くらいは遭遇している。
 街道でさえこうなのだとすれば、街道から外れた場所ではいったいどれほどのモンスターと遭遇するのだろう。
 モンスターはだいたいがスケルトンやゾンビといったアンデッドだ。
 ライアン曰く

「無念を残して死んだ旅人が負のエネルギーで動き出したものだ。プリーストである俺が責任持って成仏させてやるよ」

 っていうのだけれど、ライアンは仏教徒だったのか?
 見た目はどちらかといえばキリシタンって感じなんだけど……いや、日本語翻訳機能のエラーってことにしとこう。
 それが一番精神衛生上いいぞ、レイト。
 アンデッド以外でいうと、いつでもどこにでも出てくるゴブリンだのオークだのだ。
 ここら辺りはRPG的視覚情報ビジュアルとは違ってある種のリアリティってことなんだろう。
 これまたライアン曰く

「この大陸の隅々に勢力を伸ばしているのは人間とゴブンリン、オークくらいだ。まあ、ゴブリンもオークも村を作ることはあっても国を作ることはないけどな」

 だそうだ。
 えーと……地球でもそうだけど人間の繁殖力は世界でも有数ってことですかね?
 モンスターたちは数はワラワラと出てくるけれど、一体一体は決して強くない。

「いや、でも、限度ってものがあるでしょうが!」

 その日三度目のゴブリンとの遭遇戦でついにレイトが叫んだ。

 「戦は兵力ですな」(By軍師)

 なんて某有名シミュレーションゲームの名台詞が頭に浮かぶほど、一度に戦う相手が多いのだ。
 味方は五人、かたや敵は最低二十体。
 これが家族単位だっていうんだから、親族総出だと一体何人になることやら……。
 と、レイトは辟易してしまう。

「以前襲われた村にはオークの軍勢が四六五体押し寄せたことがある。俺はその時一人で八六体倒して隊長に昇進した」

「それ、守備側何人で戦ったの?」

 興味本位でレイトが訊くと

「一〇人だ」

(それで勝てるんだ。それ、なんて無双ゲームですか?)

 おいおいレイト、今日はそのメーカー特集ですか?
 それはともかく、そんな事を考えながらでも苦もなく勝ててしまえるんだから、ゴブリンが弱いのかレイトたちがやたら強いのか?
 たぶん両方なんだろうね。
 その翌日、彼らは次の町にたどり着いた。
 この町も砦の町だ。
 そこで彼らは冒険者組合ギルドで、倒したモンスターと戦利品の報告および換金をして宿をとる。
 ガゼラクトまではモンスターを倒すとなぜかモンスターのポリゴンが砕け散り、直接金が落ちていたのだけど、この旅では倒したモンスターの後には牙だの爪だのが落ちていた。
 もちろん、アンデッドや群れのボスはお金を持っていることはあったけど、虫系や獣系モンスターからお金を得られることはなくなった。

(細かいとこまでアップデートされてるなぁ……)

 レイトよ、感心するのはそこか?
 …………そこか。
 うん、そこだな。

「いやあ、モンスターを倒してりゃ賞金を貰えるなんて、外の世界はいいところだねぇ」

 ヴァネッサはジャラジャラと鳴る銭袋をふりふりしてほくほくしている。
 冒険者なんて危険と隣り合わせだよ?
 いいのかい? ヴァネッサ。

「出発は明後日だ。この先は火の山フレイテン、サラマンダーの生息地だ。俺はガゼラクトでもらったドラゴンが出たという情報の真偽を確かめる。三人は各自買い物を忘れないように」

 明日を旅の間に消耗した備品の買い足し、補修に当てるとクリスは宣言した。

(また俺たちは買い出し班かよ)

 こればっかりはしょうがないぞ。
 不貞ふてるな、すねねるな若人わこうどよ。
 青春だね。

 さて、翌日だ。
 機嫌の治らないカリカリした彼にニヤニヤとした笑い顔を向けるライアンと、お構いなしのヴァネッサと共に買い出しをするレイト。
 しかしさすがに鈍感……いや、他人の機微に興味のないヴァネッサでもレイトの様子があまりにもおかしいことに気がついたようだ。

「どうしたレイト、なにをカリカリしてるんだ?」

「……なにも」

 なにもじゃないよ、レイト。
 ヴァネッサだってカッコイイ系美女だぞ。
 そんな美人さんに心配されているってのにレイトってば……まぁ、ダンジョン内のイベントCGのイメージは今の七頭身ポリゴンでは雰囲気以上の面影はない。
 でも、それをいうならクリスティーンだって似たようなもんじゃないか?

「『なにも』じゃないぞ。カリカリしてると冷静な判断ができずにやらかしかねない。あたしは構わないけど、他人の足引っ張るんじゃないよ」

「腹に一物抱えてるとろくなことはないからな、ここらでいっぺん吐き出しちまうのがいいぞ」

 と、ニタニタしながらライアンもいう。

(そのニタニタが嫌なんだよ)

 とは思うものの、二人の言い分ももっともだったので、レイトはちょっとガス抜きすることにした。
 最初は嫉妬をはらんだ愚痴だったものが、いつしかガス抜きがうまくいったためか冷静さを取り戻し、思考が冴えてくる。
 嫉妬以外にも度重なる戦闘などの旅のストレスも募っていたのかもしれない。

「で、俺、思うんだよ。クリスティーンをお姫様として扱うのはよくないんじゃないかって」

「なんでさ?」

「考えてみてよ、ただでさえ一度さらわれてるんだよ? いつまた誰かに襲われないとも限らないじゃないか」

「けど、首謀者のウィザードはあんたが倒したんだろ?」

「ああ」

「俺は寝返ったし、他の奴らもあらかた倒したんだから大丈夫じゃねぇか?」

「そうかなぁ……」

「なにか気になることでもあるのかい?」

「んーん……クリスティーンは城からさらわれたのか?」

「ああ、城内じゃあない。公務で城を出たところを襲ったそうだ」

「やっぱそうだろ? 王族が城から出るってことはそれくらいリスキーなことなんだよ。ましてや今は護衛が少ないんだし、打てる手は打っとくべきなんじゃないのかな?」

「それで、素性を偽って冒険者にって案なわけだな」

「そ。光の巫女を狙っているのがウィザードだけとも限らないし」

「それもそうだな。よし、俺がクリスに掛け合ってみるよ」

 ライアンは抱えていた荷物をレイトに押しつけ、ふらりとその場を離れていった。

「あ、ちょ……おっと」

 追いかけようとしたレイトだったけれど、機敏に動くには荷物が多すぎた。

「体よく買い出しから逃げたしやがったな」

 と、ヴァネッサはカラカラと笑いだす。

「笑い事じゃないよ、まったくもう……どうすんだよ、この荷物。まだまだ買い出し残ってるんだよ?」

「しょうがない。いっぺん宿に戻ってもう一度出かけようじゃないか」

「それしかないか……」

 一旦宿に戻って部屋に荷物を置くと、改めて買い出しに出かける二人。

 …………。

 ちょっと待て、レイト。
 二人だぞ。
 男前美人と二人っきりだぞ。
 これはまるで、デートじゃないか!

「荷物で一杯になる前に服を買ったりしたいんだけど、いいかな?」

 ホラ、ほら!

 ヴァネッサが狙って行動したのか、それとも単に稼いだお金を使ってみたかったのか?
 ホントのところは判らないけど、半日付き合って、夕暮れ時に宿へ戻る道すがら、

「これってデートなんじゃないか?」

 と、ようやく思い至ったレイトであった。

 …………遅いよ。
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