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君にしかけた甘い罠 3
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「ご機嫌ですね」
「そう?」
四季杜財閥の中で海上輸送を担う『四季杜海運』の副社長室には、荒れ模様の冬の海とは真逆の穏やかな空気が流れていた。
衣都に結婚を承諾させた響はここのところ、かなりの上機嫌だった。
朝は同じベッドで目覚め、夜は最愛の女性を愛で溶かし腕の中に閉じ込めて眠る。
ああ、なんと幸せなことか。
満ち足りた生活を送り、心が弾んでいる響とは打って変わり、律は何とも言えない渋い表情だった。
「何があったのか聞かないのかい?」
「身内のコイバナなんて聞きたかないです。勘弁してください」
「つれないねえ……」
「響さんの機嫌を取るのは俺の仕事じゃないんで」
長年、響の秘書として働いておきながら、この発言である。
響は律の誰にも迎合しないところを、非常に気に入っていた。
しかし、あらゆる人間が弱点と呼ぶべき弁慶の泣き所を持っている。
響は更に一歩踏みこむことにした。
「僕の機嫌を取っておけば、三宅製薬を取り戻せるかもしれないのに?」
意地悪をしたかったわけではない。
何事ものらりくらりとかわす律が一体どういう反応をするのか、純粋に気になったのだ。
「実際、そういう話はちょこちょこありますね」
律は怒るでもなく、嘆くでもなく、やれやれと面倒臭そうに首の後ろをかいた。
「俺は三宅製薬の元社員たちがくいっぱぐれることがなくて、家族が幸せならそれでいいんです。余計な波風立てる必要ありませんよ。四季杜財閥と違って、こちとら小市民なもんで」
「父上の会社を取り戻さなくていいのかい?」
「響さんの面倒をちまちま見てる方が、気が楽でいいです。それに、四季杜の監視の目が光っている内は、迂闊に元社員達の首を切れないでしょう?共存の道を模索していた親父なら、文句言いませんよ」
響は素直に感心した。
試合に負けて、勝負に勝つ。言うが易し、行うが難し。
自分の感情を押し殺し、大多数の幸福を迷いなく選び取れるのは、やはり経営者の器に違いない。
……本人は否定したがるだろうけれど。
「はい、三宅です」
執務室に着信音が鳴り響くと、律は話を中断し、素早くスマホを耳に当てた。
何往復かやりとりした末に通話を終えると、改めて響に向き直る。
「総帥から御命令です。明後日、衣都と一緒に屋敷まで来るようにと」
「……わかった」
秋雪の動きは響の予想よりも随分と遅かった。
(とうとう来たか)
ようやく手に入れた最愛の女性との生活を守るためなら、響はどんなことでも厭わないつもりだった。
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