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外伝③ 新しい道

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「お父さん、お願いします! 私、どうしても学問を学びたいんです」
「何度言えばわかるんだ? お前はこのロムス商店の娘なんだぞ! 学問など不要だ」
「で、でも。前におっしゃいましたよね。16歳まで、家の手伝いをしっかり頑張れば学園に通わせてくれるって……」
「うるさい! 女は口答えなどせず、黙って言うことを聞いていればいいんだ」

 久々の休日。
 街をウロウロしていると、不穏な会話が耳に飛びこんできた。

 声の聞こえる店の前には、人だかりができている。

 ロムス商店といえば、小規模ながら手堅い商売を行う、昔ながらの商家だわ。
 先程の、保守的な男尊女卑な発言もうなずける。

 だけど、女は黙って言うことを聞け、というフレーズは私にとって禁忌。

 つい、自分の父親の事を思い出してしまう。
 ロムス会長ほどではないけれど、子供の頃からなにかにつけ、父も似たような事を言っていた。
 女は、自分の考えを持たなくていい。賢い男に従うのが、女にとっての幸せだ、と。

 ああ、なんか思い出したら腹がたってきたわ。

 かっての私と同じ状況の彼女を、見過ごすわけにはいかない。
 私は、声の方へと近づいた。

「待ってください。お父さん、ではあの時の約束はどうなるのですか? 学園に通ってもいいという約束を反故になさるおつもりですか?」
「イアナ、お前は商家の娘だ。商売のことをしっかり学んで、よその商家へと嫁ぐ身だ。学問など必要ないだろう」
「タン大商会のお嬢様は、国立学園を卒業後、王城で士官されています。私もその道に挑戦したいのです。もし試験で落ちれば諦めますから、どうか、どうかお願いします……!」
「何度も言わせるな!」

 隙間をぬって、人垣の前にでる。
 ロムス商会の大きな店舗の扉前に、恰幅の良い中年男性と、その前に跪く少女の姿が見えた。
 話の内容からすると、男性がウスター・ロムス会長で、言い合っている少女が彼の娘なのだろう。

 ロムス商会の長女は幼い頃から家業を手伝っていて、聡明でやり手だという噂は昔から聞いていた。
 実物を見ると、噂がただの噂ではないことがわかる。

 青みがかかったグレーの髪はきちんと束ねられ、華やかさはないが質の良い、動きやすい衣服を身につけている。清潔感ときちんと感が半端ない。
 彼女の表情は落ち着いており、目には強い光を宿している。知的で、意志が強そうだ。

 また、あえて人前でこの話をしているあたり、確信犯よね。
 なるほど、彼女に諦める気は全然ないらしい。

「……これは言いたくありませんでしたが、お父様。私は、16歳になり成人しました。今の私には、自分で進みたい道を選ぶ権利があるのです」
「イアナ、お前今日はおかしいぞ! 女に道を選ぶ権利などないとわかっているだろう。父親や夫に従うのが、一番幸せになれるんだ。そして、お前の考えている道など、幻想にすぎない。大商会のお嬢様が王城に仕官できたのは、財力と貴族の後ろ盾があったからこそ。どこにでもある弱小商会の娘が王城で勤めるなど、夢をみるのもいい加減にしろ」
「お話中に失礼致します。お言葉ですが、ロムス会長は、いつまでも古い慣例から思考が抜け出せていないようですね。女にも考える頭はありますし、勿論進む道を選ぶ権利がありますよ。そして幻想でない、王城士官への新しい確かな道が、今は存在するのです」

 突然2人の会話に割って入った私を、ロムス会長と少女だけでなく、周りの野次馬の面々も驚いた顔で見る。旅人御用達の、フード付きマントをかぶった私は、さぞかし怪しい人間に見えていることでしょう。

 私は気にせず、話し続けた。

「ルイ―サ様が王妃となられてこの3年間、様々な改革が行われました。今では、国立学園の生徒の3割弱は、貴族籍を持たない人達です。身分に関係なく、学ぶ意欲がある者や野に埋もれた優秀な人材を発掘したいという国の意向によるものです。また、学園で学びたいけれど学費を払えない、住む家がないと言った財政的に厳しい人達にも、道がつくられました。試験に合格し、信用に値すると認められれば、認定孤児院を紹介されます。孤児院の仕事を手伝う事を条件に、学費が免除され、住む場所も提供されます。勿論、人数は限られますがね」

 私の言葉に、少女が反応する。即座に立ち上がり、私の前へとやって来て、頭を下げた。

「有益な情報を有難うございます。私は、イアナ・ロムスと申します。もう少し詳しくお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「勿論よ。ただ、こう見えて、私けっこう忙しい身なの。時間を無駄にしたくはないわ。イアナ、あなたには家を出て、孤児院で働きながら、2年間学ぶ意志があるのかしら?」
「はい、あります!」
「な、なにを馬鹿な事を……!」

 ハッと我に返ったロムス会長が泡を飛ばしながら私を睨みつける。

「ハアァ……。もうたくさんだ……。家に入るぞ!」
「いえ、お父さん、私はこの方とお話します」

 イアナ・ロムスは、真っすぐに私の目を見た。
 穏やかながらも、自分の意思を通す胆力がある。

 いいなあ、この子。
 ゆくゆくは、王城に欲しい人材だわ。

 私は笑顔でこう質問した。

「あなたには、家をでる覚悟がある? ロムスの名を捨てる覚悟があるのかしら?」
「はい、国立学園に通えるのであれば、今スグにでも、家をでます」
「なっ……っつ! イアナ……! 」


 ロムス会長の悲壮な叫び声と周りを取り囲む人々の驚きの声で騒然となるなか、イアナは落ち着いてこう言った。

「私は父親や夫の言いなりのまま一生を終えたくはありません。女性が自らの主人となれる新しい道を進む為なら、ロムスの名を捨てる覚悟はできています」
「わかったわ……。いいでしょう、今から私があなたの保証人になります。国立学園の試験や他の条件等について、これから詳しく話します。ところで、あなたはルイ―サ王妃のことはどう思っているの?」
「心の底から尊敬しています!! ルイ―サ王妃は、憧れの方です。お強くて、賢くて、私達平民にもチャンスを下さるお優しい方です」
「そう、そのとおりよ! ルイ―サ王妃は最高に強くてカッコいい方なの。あなたわかってるわね」

 私はつい嬉しくなって、イアナの両手を握りしめた。

「ま、待て! 親の許可もなく連れて行くことは許さんぞ! この人さらいが!! 」
「あら、そういえば、自己紹介してなかったですね。すいません」

 私はマントを脱いで、頭を下げる。

「ロムス会長、イアナ、私は城外警防隊第二部隊の副隊長をしているローレライ・アイシャ・タンです。宜しくお願いします。ちょっと、ゴドゥイン! 傍観してないで、早く出てきなさいよ」
「はっ……? ローレライ……タン? まさか、タン大商会のご令嬢の……? 」
「城外警防隊第二部、副隊部隊……。という事は、鷲の盾の……」

 イアナの驚いた顔は可愛いなあと思いながら。
 私は野次馬の人々のなかから渋々出てきたゴドゥインの腕をひいた。

「私の身元は彼が証明してくれます。彼は、ゴドゥイン・ドゥル・オスカーワイド・ノバルティ・ルノワール。城外警防隊第二部隊隊長で、ルノワール侯爵家の三男ですわ」
「なぜお前がかってに私を紹介するのだ……。まあ、いい。私は鷲の盾の、ゴドゥイン・ドゥル・オスカーワイド・ノバルティ・ルノワールだ。この者は、副隊長のローレライ。私の部下で、身元は確かだ。貴殿の娘は、ローレライと私が責任をもって預かる。安心してくれ」
「ル、ルノワール侯爵家のご子息様……! いえ、あの、いや……」

 ゴドゥインの登場により、周りの群衆はさらに興奮状態に陥った。
 私より彼が有名人なのは、仕方ないけど、ちょっと悔しい。

 結局、私達はロムス商会の店内へ避難し、4人でお茶を飲んだ。
 イアナの決意の強さに、ロムス会長は結局折れた。
 編入試験に合格した彼女は、家から学園に通う事となった。





「私、良い仕事したよね。優秀な人材をスカウトしたんだもの。ご褒美があってもいいんじゃない、ゴドゥイン隊長?」

 今日は、国立学園の入学パーティー。
 会場の見回りをしながら、遠目でイアナを眺める。とても嬉しそうだ。

 そう言えば、私はこの場所ではじめてルイ―サ様にお会いしたのよね。懐かしいなあ。
 あの方との出会いが、私の人生をかえたのだ。

「また一人、生意気な女が増えるんだと思うと、げんなりする」
「なに、あなたまだルイ―サ様に負けた事を根に持ってるの?」
「その話はするな」
「器が小さいわね」
「器が小さいわけではない」

 庭の暗がりに入ったところで、急に腕を引かれ、頭からすっぽりと抱きしめられた。
 そして、言葉を発する間もなくゴドウィンに唇を塞がれる。

「……見回り任務中に、正気?」
「優秀な人材をスカウトした褒美だ」
「キスが褒美、ね。生意気な女性が増える事を喜んでくれるんだ」
「女でも、生意気でも、使える人間であれば歓迎する。私は度量が広いからな」

 ニヤリと笑うゴドウィンの頬を両手で包んで、今度は私からキスを返した。

「確かに、あなたは度量が広いお貴族様ね。平民の女と婚約するなんて、ほんと物好きな変わり者だわ」
「ローレライ、お前はその変わり者の妻になるのだ。覚悟しておけ」

 偉そうに言いながらも、彼は私の額に、優しい優しいキスを落とした。

 本当に、誰が私とゴリゴリ貴族のゴドウィンがこんな関係になるなんて予想できただろうか。
 私も自分が彼を愛する事になるとは、夢にも思わなかった。
 ルイ―サ様を敵視する高慢ちきなお貴族様だと嫌がっていた筈なのに。

 彼にしても同じだろう。
 貴族籍のルイ―サ様を、女性だという理由のみで下に見ていたゴドウィンが、まさか平民の私と婚約する程、本気で私を好きになるなんて。

 人生って、何が起こるかわからない。
 人の考えや状況は、かわり得るんだって実感する。

『進むべき道がないなら、つくればいいのよ』 

 ルイーサ様のお言葉だ。

 普通の人間が言ったら、まさに寝言は寝て言え、夢み過ぎだよってなるけれど。
 ルイーサ様は、実際にご自身で人生を切り拓いてきた方なのだ。言葉の重みが違う。

 そう、みんな勘違いしているのよ。
 ルイーサ様がそうやって行動できたのは、貴族できちんとした教育を受けてきた、地位名誉を持つ恵まれた人間だからだ、って。

 確かに生活に余裕があったのは確かでしょう。でも、それだけじゃない。現に他の貴族で、ルイ―サ様みたいな人は一人も出てきてない。

 私は、あの方が学園時代からどれだけ勉強してこられたか、努力されてきたかを見てきた。
 掌の豆が裂け、血を流しながら、それでも剣の鍛錬を続ける様を見てきた。
 平民の意見を聞き、教え、共に笑い共に怒る姿を見てきた。

 なんの不自由もない生活を保証された貴族令嬢が、平民や他人の為に身を粉にして行動する事のに、皆気づいていないのだわ。

 アドラー王は確かにすごい方だ。
 でも、ルイ―サ王妃も、アドラー王に負けないくらい人間として尊敬できる、唯一無二の素晴らしい存在だと思う。

「好きよ、ゴドウィン。ルイーサ様と同じくらいに」
「王妃と同列とは心外だな。私が一番ではないのか?」
「ごめんね。あなたがとても大切よ。でもルイーサ様は、なんていうか私の心に住みついちゃってるのよね。どうにもならないの」

「いつも王妃は私の邪魔をする。……だが、まあいい。剣の勝負よりは勝算がある。時間をかけて、ローレライの一番の座を得るよう努力しよう」

 私は無言で彼の胸に顔を埋め、目を閉じた。

 本音を言えば、ゴドウィンと結婚するのは、怖い。
 まだまだ、平民を馬鹿にする貴族は大勢いるし、平民の人達からも玉の輿にのってと嫉妬されたりもする。
 正直、面倒だとも思う。だけど、それでも、彼と一緒の道を進みたい。

 新しい道、新しい挑戦。
 私とゴドウィンは、間もなく結婚する。
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