白川町商店街とはじめてのそっくり王国

高瀬 八鳳

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白川町商店街とはじめてのそっくり王国

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「圭斗、あんまり遠くへ行くなよ」

「わかってるよ、父さん。商店街からは出ない」



 父さんについて、包丁を研ぐお店にやってきた。

  面白そうだと思ったんだ。



 店のなかには、いろんな種類の包丁や砥石が並んでいる。最初は珍しいものが多くてワクワクしたけど、しばらくすると飽きてきた。



 オレは店を出て、まわりを探検することにした。



 ここは、白川町商店街っていう、細長い商店街。

 名前は知ってたけど、来たのは初めてだ。



 狭くて細くて長い、レンガでできた通路。

 ダンジョンぽくて、ワクワクする。

 

 開いてる店は、そんなに多くない気がするけど。シャッターが閉まってたり、普通の家があったり。



 思っていた商店街とはちょっと違ったけど、昔っぽい看板や、おばあちゃんのかけ声が聞こえたりと、不思議な場所だ。



 商店街の天井には、なんかいろんな色の丸いボールみたいなものが、いっぱい吊ってある。

 なかには、顔がかいてあるようなものもあって、謎だ。



「なんだ、あれ。黄色の……。ひよこみたいだ」

「上にぶら下がってるのは、紙ランタンよ。黄色のあの子は、ぴよ子っていうの」



 オレのひとり言に、誰かが答えた。

 びっくりして横を向くと、女の子が立っている。



 髪の毛は肩ぐらい、目のクリっとした、オレと同い年位の女の子だ。

 Tシャツに、ハーフパンツにサンダル姿。

 すごい普通の服装なんだけど……めっちゃ、可愛い。



「紙ランタンって、なんだ?」

「あの丸いボールみたいなのは、全部紙でできてるの。紙ちょうちんよ。黄色のひよこは、私がつくったぴよ子」

「お前がつくったのか? すげえな」

「お前じゃない、私はサラっていうの。小学1年生よ。あなたは?」

「オレは、けいと。お前と同じ1年だよ」

「お前って言わないでよ。なんか、偉そうでイヤな感じ」

「え、偉そう……なのか? ごめん」

「いいよ、でももう、お前って言わんといて。私にはサラって名前があるんだから」

「わかった。……サラ」



 サラは、ニコッと笑った。

 オレは、なんだか、ドキッとしたんだ。



「けいとは、商店街に来たのは、何回目?」

「オレは、今日はじめて来た。父さんと一緒に、刃物研ぎの店に来たんだ」

「刃物研ぎ、常岩さんのとこやね」

「知ってるのか?」

「うん、私はここに住んでるから。商店街の人はみんな友達だよ」

「嘘だ、店の人って、大人だろ? サラは子供だから、大人とは友達にはなれないよ」

「嘘ちゃうよ、ほんまやもん。私は子供だけど、常岩さんも、とりやさんも、みんな私の友達。あ、一回、二回会っただけじゃ友達にはなれないよ。けいとも十回位きて、お店の人と色々話したら、なれるかもね」



 そう言って、サラはくるっと後ろを向いて、歩き出した。

 オレは、もっとサラと話をしたいと思った。



「な、なあ、もう帰るのか?」

「うん、帰る。と言っても、私の家は、ここなんやけどね」



 さらは、斜め前にある、木でできた古い家を指さした。



「ここ、私の家。宿屋さんなの。けいと、家のなか見たい?」

「お、おお……。うん、できたら、見たい」

「今ならお客さんもいないし、大丈夫」



 サラは、ガラガラと木の扉を横にスライドさせた。

 家の前には、木でできた看板と、大きな石が置いてある。



「ただいま」

「おかえり、咲良サラ。あれ、お友達?」

「うん、けいと君。ちょっとだけ、庭をみせてあげようと思って」

「こ、こんにちは。お邪魔します。けいとです」

「こんにちは、けいと君。えっと、初めましてよね。お母さんかお父さんは、けいと君がここにいてること知ってるのかしら?」

「知らない、です。でも、父さんはすぐ近くにいるので大丈夫」

「けいとのお父さん、常岩さんにいてはるんやって。ちょっとだけ庭を見たら、すぐ戻るから大丈夫だよ、お母さん」



 そう言いながら、どんどん奥に進むサラについて、オレも家の奥に入っていく。

 普通の家みたいだけど、ちょっと違う。入口で靴を脱がずに、細長い廊下を進み、靴のまま庭へと出た。



 花がいっぱい植えてあるうちと違って、木が数本だけ見えた。

 土の色が、茶色じゃなく、緑色なのは何でなんだろ?



 オレが立ち止まって土をみると、サラが教えてくれた。



「その緑色の植物は、苔っていうの。うちの庭は、和風だから、そういう苔がいいらしいんだ」

「こけ? こけ、かあ。初めて見る」

「うちはね、けっこう古い、木でできたお家だから、珍しいみたい。宿のお客さんは海外の人もみんな、京都の木の家ワンダフルって言って嬉しそうに見てるよ」

「古い家なのに? 新しい家の方がよくないのか?」

「新しい家はいっぱいあるけど、古い家はあんまり残ってないでしょ。希少価値、やねんて」

「きしょうかち?」



 サラは、商店街の店の人と友達だって言うだけあって、なんか大人みたいな話し方をする。

 難しい言葉も、いっぱい知ってる。



 オレは、ちょっと悔しくなった。



「オレは、新しい家の方が好きだな。なんか、古いのって、汚なそうだろ?」

「……はあ、けんとは子供なんやね。その古いのが、味があって好きだって人もいるんだよ」



 サラは、そう言って、別の木戸を開けて進んでいく。

 オレは慌てて、追いかけた。



 失敗した……。嫌われたかもしれない。

 別に、オレだって古い家はおばあちゃん家みたいで、けっこう好きなのに。汚そうだなんて、本当は思ってないのに。



「待てよ、サラ。オレ……その……」



 サラは、急に振り返ってオレの顔をみた。

 そして、ふふっと笑った。



「ここ見て。これを、けんとに見せたかったの。昔っぽいでしょ? タイルでできた流し台。とってもかわいくて、私のお気に入り」

「流し台……、銀色じゃない、タイルの水道……。うん、はじめてみた」



 オレはサラの真似をして、流し台の前にしゃがんだ。



「タイルの、この模様の部分が好きなの。不思議なんだけど、可愛いよね」

「う、うん。……このタイル、すげえいいな。古いけど、カッコいいと思う」

「そうでしょ。ちょっと、ここ触ってみて」



 そう言うと、サラはオレの手を握って、その模様の上に手を重ねた。



「な、なにすんだよ……」



 そう言おうとした瞬間、光がオレ達を取り囲んだ。

 まぶしくてまぶしくて、ギュッと目を瞑った。



***



「おーい、いつまで寝てるんだい? 君達はどこから来たんだ?」

「へ……?」



 目をあけると、大きな犬が椅子に座って、こちらを見ていた。

 机の上には、いっぱいノートや書類が置いてある。テレビでみた、学校の校長先生の部屋みたいだ。

 

「それで、君達はなぜ、そっくり王国へ来たのだね?」



 犬が、喋った。

 そして、茶色のモフモフした犬なのに、眼鏡をかけて人間みたいに喋って、服を着ていて、ノートに何か書いている。



 どういう事だ?



「な、なんで? お前は、なんだよ? ……あ、そういえば、サラは?」



 ハッとして、周りを見回すと、オレの後ろにちょうど起き上がったサラがいた。



「ん~~、何? え、ここ、どこ?」

「ここは、そっくり王国。私は入国審査官のワンコ・シバだ」

「そっくり王国……? あの、私は、サラです。ひいるサラ」

「……オレは、けんと、です」

「サラ君とけんと君、か。よろしく」



 ビックリおどおどしているオレとは違って、サラは目を輝かせて話しだした。



「あの、ワンコ・シバさんは、柴犬なんですか? どうして話せるの? そっくり国ってどこですか? あ、私達、どうやったら家に戻れますか?」

「うむ、サラ君は質問が多いね。まあ、好奇心が旺盛なのは、悪いことではない。まず、最初の問だな。確かに私は犬族だが、このそっくり王国では誰もが皆、話せるのだ。猫もカバも河童も天狗も人も。生き物は皆、同じ言語を話すのだよ。文字は違うがね」

「そうなんですね。動物も人も、みんな言葉が通じるなんて、すごい」

「ま、人間も動物の一員であるからな。次に、このそっくり王国は、色んな世界の歪ひずみに存在している。だから、たまに、他世界から生物が落っこちてくる事がある。君達のようにな」

「お、オレ達、落っこちてきたのか? え、てことは、ここは地底ですか?」

「違うよ、けんと。ワンコ・シバさんは、この世界はひずみにあるって言ったんだよ。つまり、異世界って事」

「い、異世界?」



 オレは、ビックリして、何も考えられなくなった。

 マンガとかアニメによくある、異世界。オレは今、異世界にいるのか?



 メガネをモフモフの手で動かしながら、ワンコ・シバさんはサラに話しかけた。



「ふむ、サラ君は以前にもここに来たことがあるのかな?」

「いえ、多分初めて、やと思います。ただ、なんだか、夢でみたことがある気もする」

「成程、なるほど。顕在意識では初めてだが、潜在意識下、もしくは別の時空間の記憶が残っている可能性があるという事かな。おもしろい」



 柴犬、じゃなくてワンコ・シバさんが何を言ってるのか、オレにはさっぱりわかないけど、なんだか嬉しそうなのはわかった。

 めちゃめちゃ、しっぽふってるから。

 

「このそっくり王国は、君達の世界とある程度似ている部分が多い。だが、ある意味では全然違うかもしれない。そして、最後の質問の答えだ。君達は、二人でペアになり、これからある事をしてもらう。その任務を完了すれば、元の世界へ戻れるから安心しなさい」



 ***



  あの時の、爆発しそうな心臓のドキドキ感と、ワンコ・シバさんの顔としっぽの動きは、今も忘れられない。



 はじめての白川町商店街。

 はじめてのそっくり王国。

 はじめてのサラとの冒険。



 あの日が、オレが今のオレへと変化した、ターニングポイントってやつだろう。



 そして、多分、出会ったあの瞬間から、オレはサラの事を……。



「けんと、お待たせ。久しぶりだね」



 刃物研ぎの常岩さんの店の前で、ボーっと包丁を見ながらあの日の事を思い出していたら、サラがやってきた。

 今日のサラは、髪の毛をポニーテールにしてて、やばいくらい可愛い。



「……おう。クリスマス以来だから、3ヶ月ぶりじゃね? サラ、全然会ってくれねえし」

「仕方ないよ。私も色々と忙しいんだし。でも、来月からは同じ中学校だから、学校で会えるやん」

「まあ、そうだけど……。よし、とりあえず、そっくり王国に行こうぜ! オレ、天狗の大将と話がしたいしな」

「私も、ミセスかっぱや、うさこや、ワンコ・シバさん達。皆に久しぶりに会うの楽しみ!」



 オレ達は、サラの家の庭からタイルの流し台へと向かった。

 あの不思議で可愛い模様に、二人で手をかざす。



 あれから、オレ達は10回以上そっくり王国へ行った。

 あっちの世界で友達もたくさんできた。ちょっとした冒険をしたり、謎を解いてワンコ・シバさんを手伝ったり。



 なぜだかわからないけど、サラと二人一緒に手をあてないと、一人だけではそっくり王国へ行けないらしい。



 オレはサラと一緒の時間が、嬉しくて楽ししくて仕方ない。



 二人だけの秘密。

 家族にも友達にも、誰にも話していない。

 サラとオレだけの、秘密の王国。



「けんと、いい? いくよ」

「おう、行こうぜ」



 サラはそう言って、オレの手の上に彼女の手を重ねて、タイルの模様の上にピタッとくっつけた。



 いつもの、とんでもなくまぶしい光がオレ達を取り囲む。

 目をつむりながら、繋がっているサラの手の温もりを感じる。



 これからも、ずっとずっと一緒に、二人でそっくり王国に行けますように。



 そう思いながら、オレは彼女の手を、ギュッと強く握りしめた。

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