上 下
64 / 74

64第一章 エピローグ

しおりを挟む

 ヨーロピアン国内にあるナルニエント公国領では、今日から祝祭が三日間催される。小さなナルニエント城の城下には、常店舗だけでなく、臨時の屋台が建ち並び、お祝いムードの人々が楽しそうに集っている。

 軽食と酒をふるまうメシ屋は、何時にもまして、賑わいをみせていた。
 若い男性店員の、威勢のよい声が聞こえる。

「はいよ、ソーセージとビールお待ち――! お代は九ヨルだ」
「おお、うまそうだ。九ヨルだな。これで頼む」
「毎度あり」
「ところで、祭が開催中のようだが、何の祝いなんだ?」
「ん、お客さん、他国の人だね。今日から三日間、この地域の公爵令嬢、ジェシカ様の成人祝いの祭が催されるのさ。このお嬢さんってのは、昔に神鳥の神託を受けてから女だてらに剣の修業を積み、めっぽう強くなったって話だ。しかも、国王様にも認められてさ。しばらくの間、公爵のかわりに公国の仕事も任されてるそうだ。おもしろいだろ話だろ?」
「それはまた……、すごい話だな。女性が公爵代理をされているとは……」

 顔を髭で覆われた男は、年齢不詳だが、話し方から気品が感じられる。

「そうだろ? この話をすると、他国の人は皆驚くよね。まあ、ここはヨーロピアン国のなかでも芸術的な色合いが濃い地域だしさ。ナルニエントの公爵様も俺達住民も、よそより自由というか、物事にこだわらない気質なのかもね。まあ、条例がかわるとか、民に負担が増える訳でもなく、以前とかわらないし。今んとこ、俺達にお嬢さんに対して不満はないんだ」
「ほお、なるほど。……その噂の公爵令嬢、ぜひ一目見てみたいものだな」
「そうでしょそうでしょ! 明後日の午後、城のバルコニーでお披露目があるから、見て行きなよ。うちは隣に宿もあるよ。残室僅かだから、早めに予約した方がいいなあ」
「そうか……。では今日、明日と宿を頼む」
「毎度あり! んじゃ、すぐ宿の帳面をもってきますよ。あ、部屋は一人部屋が百ヨル、二人部屋が二百五十ヨルですが、どっちにします?」
「なかなかの値だな」
「すいません。ほら、なんせ今は、祭価格なもので、いつもよりちょっと高めなんですよ」
「なるほど。それでは、仕方ないな。一人部屋で頼む」
「ありがとございます――! は――い、宿のご予約入りました!」

 男性店員は大声で、宿の予約を他の店員に知らせる。

「ロン! 部屋の手配が終わったら、表のテーブルを片しておくれ」
「あいよ――! あ、ビー姉さん」
「なんだい?」

 忙しく厨房内で動き回る女性店員に、彼はすれ違い際に小声で囁いた。

「問題ないと思うけど、多分彼は他国の貴族だろう。血の臭いはしないから、工作員や戦士ではないと思う」
「わかったよ」

 宿の台帳を取りに行きながら、ロンはジェシカことチカと、ライガの事を考えた。

(いやあ、公爵代理の仕事までしちゃうお嬢様と、北の一族、あ、元・北の一族か。公爵令嬢とド平民のライガが恋人同士だと知ったら、皆ショックで卒倒しちゃうだろうな)

 ライガが初めてチカをこの店に連れてきた時は、まだあどけない子供だった。少女は数年であっという間にいっぱしの剣士に成長し、また美しい大人の女性へと変貌を遂げつつある。

(まさか、チカが俺より強くなるなんて夢にも思わなかったし。マジ、おとぎ話だよな。あり得ない程に身分差のある二人が、本当に結婚できるのか……。心配だけど、でも、ライガは本当にいいやつだし、二人には幸せになってほしい。まあ、でも、ガチで障害多すぎだけどな……)

 ロンが机を離れている間、異国の男はビールをゆっくりと味わいながら、周りの男達の話に耳を傾ける。皆、だいぶ出来上がっているようだ。

「いやあ、だからよオ。俺はあの日、現場に立ち会ったんだよ。広場に神鳥が舞い降りてな、ジェシカお嬢さんは神鳥を撫でたんだよ」
「お、俺もあの時見てたよ。嘘じゃねえんだ、あの神鳥の唸り声に、俺はチビリそうになったぜ。そのでけえ神鳥をさ、ジェシカお嬢は犬っころを触るみてえに、ガシガシ撫でたんだよ。そりゃ驚いたさ」
「あれからだよな。残念な令嬢だったナルニエント公爵様の末っ子が、かわったのは」
「そうよ、わがまま放題だった娘っ子が、修業を積み、今じゃ国王様に認められる程の剣の腕前だそうだ!」
「ここは神鳥の加護がある、自由で安全な地域だからな。悪い事するやつがいれば、お嬢に退治されちまうぞ」
「違いねえ! よおし、乾杯だーー! ヨーロピアンとナルニエントとジェシカお嬢に!」
「ヨーロピアンとナルニエントとジェシカお嬢に!」
「乾杯ーー!!」

 男達の掛け声につられて、あちこちで乾杯の声とグラスの音が響きだす。

「なるほど、神鳥の神託を受けた少女は、噂でなく実在するのだな。興味深い」

 異国の男の呟きは、乾杯の音頭に掻き消される。

 ナルニエント公国の公爵代理を務める、ジェシカ・デイム・ドゥズィエムナルニエント嬢の成人の祝祭は、まだ始まったばかりだ。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

再会した彼は予想外のポジションへ登りつめていた【完結済】

高瀬 八鳳
恋愛
お読み下さりありがとうございます。本編10話、外伝7話で完結しました。頂いた感想、本当に嬉しく拝見しました。本当に有難うございます。どうぞ宜しくお願いいたします。 死ぬ間際、サラディナーサの目の前にあらわれた可愛らしい少年。ひとりぼっちで死にたくない彼女は、少年にしばらく一緒にいてほしいと頼んだ。彼との穏やかな時間に癒されながらも、最後まで自身の理不尽な人生に怒りを捨てきれなかったサラディナーサ。 気がつくと赤児として生まれ変わっていた。彼女は、前世での悔恨を払拭しようと、勉学に励み、女性の地位向上に励む。 そして、とある会場で出会った一人の男性。彼は、前世で私の最後の時に付き添ってくれたあの天使かもしれない。そうだとすれば、私は彼にどうやって恩を返せばいいのかしら……。 彼は、予想外に変容していた。 ※ 重く悲しい描写や残酷な表現が出てくるかもしれません。辛い気持ちの描写等が苦手な方にはおすすめできませんのでご注意ください。女性にとって不快な場面もあります。 小説家になろう さん、カクヨム さん等他サイトにも重複投稿しております。 この作品にはもしかしたら一部、15歳未満の方に不適切な描写が含まれる、かもしれません。 表紙画のみAIで生成したものを使っています。

どこにいてもこれが自分の進む道

高瀬 八鳳
ファンタジー
とある王城の成人の祝祭で、突然婚約破棄を言い渡された伯爵令嬢。婚約破棄を受け入れ、こう言い残してその場を去る。「自分もこれからは自由に生きる事にします! 押忍!」   強いヒロインが好きな方、昭和の少年漫画好きの方に、クスっと笑って頂けると嬉しいです。 他サイトにも重複投稿しています。 表紙画のみAIで生成したものを使っています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...