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㊿まさか彼がそうくるとは予想外でした
しおりを挟むロバートが何か仕掛けてくるのは明白だ。だが、何をどうやってかまでは、わからない。
私は少しずつ立ち位置をずらし、彼の後ろ側にまわりながら、左手で鞭を取り出した。
「お嬢様、降参だ。あんたの腕にはかなわねえ。オレは捕まったら縛首だろう。最後に教えてくれないか。あんたはどうやってオレを見破ったのか? 誰があんたにオレの事を話したのか? 」
「その前にあなたから話してくださらない? どこの国のどなたが、あなたに今回の事を命じたのか? 」
「知ってるだろ? トウゾウ国さ」
「それは表向きのシナリオですわね。私くしは本当の話が聞きたいのですわ」
ロバートの首近くに剣先を当てながら、私はなるべく彼と距離をとった。左手に馴染んだ愛用の鞭は、いつでも使用可能な状態だ。
(なんか、怪しい。絶対、仕掛けてくるわね)
「本当の話を聞いてどうするつもりなんだ?」
「もちろん、然るべき対応をするのですわ」
「然るべき対応って、どういうことか……なっ!?」
ロバートが勢いよく振り向きながら、隠し持っていた鞭で私の右手を剣ごと捉えた。私は瞬時に、自身の左手に持つ鞭を体の後ろに隠した。
「クックっ……残念だったな、お嬢様。オレを捕まえるまであと一歩だったのにな」
ロバートは勝ち誇った表情で、にやにやしながら私を舐めるようにながめた。
「私をどうするおつもり?」
「さあて、どうするかな? 殺すのは簡単だが、もったいないしな。オレが楽しませてもらった後は、どこかの変態お貴族様に高値で売り払うか」
ロバートは嬉しくて仕方ないという表情で、顔を歪めながら私に近づいてくる。彼の残虐な本性が現れた、見る者をゾッとさせるような狂気じみた笑顔を浮かべながら。
(これが、彼の本当の姿なのよね。なら、余計な気遣いは無用だわ)
「ロバート、あなたには剣士としてのプライドはないのですか?」
「八ハッ……! 面白い事をいうなあ、お嬢様。オレは金で汚れ仕事を請け負う傭兵だ。剣士じゃねえし、しかも……」
「しかも……?」
ロバートは私から剣を取り上げ、その剣先を私の首元に当てながら、顔を寄せてきた。
「形勢逆転だな。んーー。やはり美しいな、ジェシカ嬢。あんたが北の一族の従者を連れていると聞いた時には、あまりにも悔しくて嫉妬してしまったぜ。コブ付きのその男より、コブなしで見た目も美しいオレの方がよっぽど公爵令嬢の専任剣士にふさわしいだろ」
(……コブなしのオレ……)
互いの眼の瞳孔が見える程近くで、私達は対峙している。
ロバートの眼は、ますます残忍な色を帯びた。
「そうなの……。あなたも……北の一族なのね……」
「元もとだよ、元。あんなバカバカしい掟のある連中に付き合ってられっか。そう、これが誰も知らねえ、オレの出自の秘密だ。知られたからには、本気であんたを野放しにはできねえな。とりあえず、目か喉を潰しておくか。なあに、心配するな。とりあえず、売り払うまでの命は保証してやるからよ」
ロバートの右手が私の顔に触れる直前に、私は左手の鞭を動かすと同時に、強く強く強く念じた、
ーーこれはほんまにヤバい!! この男コイツから離れる!! ーー
バシッと鞭でロバートに一撃を加えると同時に、私は彼から5メートル程離れた場所に移動していた。
位置関係を確認し、即座に左手で鞭を構えながら、短剣を右手に握る。
「クッソ、なんだよテメエは! 心威力持ちなのか!? ふざけやがってーー! 」
動揺したロバートは、怒鳴りながら剣で切り込んでくる。
鞭で腕や脇に攻撃を仕掛けるが、頭に血が上っている彼には通じない。
何度も攻撃を受けるうちに、こちらの鞭は切られてしまった。
「殺してやる! もう、今この場でコロシテやる……! 」
彼の常軌を逸したような様子に、ゾッとしながら、必死で攻撃をかわす。
(ちょっと、何よコレは……! さすがに想定外でしょ)
勢いよく次々に剣を繰り出してくるロバートを、短剣で防御しながら、ひたすらかわす。
(落ち着いて、彼の隙を待つのよ。慌てず、今はただかわすの)
力任せに踏み込んでくる彼の足がふらついた瞬間、勢いよく彼の足元に向けて飛び込み、踝を短剣で切りつけた。
「グオオオオオーー……!! 」
勢いあまって体を2,3回転させて止まった私は、すぐさま体勢を整え、ロバートの叫び声が聞こえる方向へと体を向けた。
「この……小娘がぁーー!! 許さねえ……今すぐバラバラにしてやるーー 」
(うわあ……手負いの獅子みたくなってる……面倒だわあ。こっちは短剣、あっちは大剣と狂気持ち。しかも、超興奮状態。火事場の馬鹿力状態だし、私が切った足の痛みも感覚が麻痺してそうね。失敗したわ。いざと言う時、身を守るには、躊躇なく完膚なきまで相手を叩きのめさないといけないのに……。とりあえず、池に誘い込んで落として、時間を稼ごう)
後退するかのように見せながら、私はロバートを池へと誘う。
その時、後ろから誰かの手が私の肩に触れた。
新たな敵かと思い、恐怖した私に、意外な人物の声が聞こえた。
「武器で不利なら、地形を武器として使う。及第点ですね、お嬢様」
「え……なんで? どうして……?」
振り向くと、そこにはいる筈のない、ライガがいた。
「あなたが無事で本当に良かった……」
ライガは一瞬、私をギュッと抱きしめて、すぐに体を離した。
私は茫然と安心のあまり、腰が抜けそうになったが、何とか耐えた。
「よく凌ぎましたね。ここからは、私が処理しましょう」
「あ、あの、お兄様は?」
「大丈夫です。安全な場所に置いてきましたから」
「置いてきたって……どこに!?」
急な展開に頭がついていかない私に、ライガはゆっくりとこう告げた。
「詳細は後からご報告致します。まずは、お嬢様を傷つけようとしたこの無作法者に罰を与えねばなりません」
先程のロバートに勝るとも劣らない冷たい光を目に宿しながら、ライガは前方に立つ男を睨んだ。
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