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創造6《敗北は鉄の味がした》②

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   こんな辛い思いをするくらいなら、元の世界で廃人の様に生きた方がマシだ。
   死ぬのは怖いから、何も頑張らずに高校を卒業して、何も頑張らずに行ける大学に行って、何も頑張らずに行ける所に就職して、何も頑張らずにを歳を取って死んで行く。
   それでいい。登太の世界は、ずっとこのままモノクロのままでいい。

《本当に、それでいいのかい?》

   形を変えて、ドット文字が羅列する。

「それでいいのかって……。いいよ。それが僕の望みだよ」

《本当に?》

「しつこいよ? 本当、マジと書いて本当!」

《——だったら、どうしてずっと変わりたがっていたんだい?》

「………………」

《あの日、あの部屋の中でも、それ以前も、ずっと願っていた筈だ。変わりたいと。このままじゃ、父と母に顔向けできないと》

「——!? ……どうして、そのこと……」

《神様だから、その説明じゃ不十分かい?》

「いや、まぁ、うん。十分です……」

《ならいい。で? もう一度聞くけど、本当にいいのかい?》

   再三、神様から登太に投げ掛けられる。
   諦めてもいいのかと。負けたままでいいのかと。父と母にずっと感じていた負い目、親不孝な自分のままでいのかと。
   その言葉の重みは、登太にしか分からない。

   モノクロの世界で、ずっと考えていた。
  このままでいいのか。死んだ様に生きるのが、あの日登太を生かしてくれた両親に対して出来る唯一の贖罪なのか。
   考えて、考えて、考えて、考えて。

   ——変わりたいと、思った。

「両親に恥じない自分でありたいって、そう思った。……ずるいよ、神様」

《ずるくなんてないさ。私が君をこの世界に連れて来た。連れて来て、はいさよならなんて神様のする事じゃないだろ?》

「今の異世界物の定番は、そのはいさよならだけどね」

《なんと、それは神様らしからぬ仕打ちだ。そうはなりたくない物だな》

「はは。でも、僕がいた世界も同じ様な物だと思うよ? まぁ、神様の話を聞く限り、あの世界に神様はいないから同然っちゃ当然の話なのかもしれないけど」

《……あの世界は、もう軌道に乗ってしまっているからな》

「軌道って?」

《我々、神がいなくとも十分に進んで行ける世界だ。君のいた世界以外にも、そういった世界は山ほど存在している》

「なるほど……。なら、この世界はまだ神様が必要な世界って事?」

「当たらず遠からずだ。この世界もまた、軌道には乗っている。だが、あまりにも不確定要素が多い。故に、私一人ではあるが未だこの世界に身を置いている」

「いつかいなくなる?」

《そうだな。だが、君が生きている間にいなくなる事はない。後、三千年程はこの世界に身を置くつもりだ》

「わぁ、神様スケール……」

《神様だからな》

「はは。違いないね」

 部屋の中、神様と登太が笑みを浮かべて語らう。
 文面だけじゃ分からないが、恐らく神様も微笑くらいは浮かべてくれているだろう。

 生命としての格も、神と人という上下も関係ない。
 まるで、友人と接する様に、神と人とが対等の目線で語らう。
 夜が更けていくのも気にせず、高鳴る鼓動に身を委ねて、ただ話したい事を話す。

 それは、登太がいた世界の話。それは、オススメのゲームや小説の話。それは、遠い世界にいる神様のお話。それは、この世界についての話。世界の神秘に触れる様な話に、それ言っていいの?という話。
 色々な話をした。本当に、本当に長い時間を。

 部屋の中、朝日が差し込む夜明けまで——。

「また会える?」

《君が天寿を全うするその日までには》

「はは。気が遠くなる話だね。——名前、聞いてもいいかな?」

《名乗る程の者じゃない。そう言ってやりたい所だが、いいだろう》

「うん。ありがとう」

《私の名は———————》

「はは。本当に? まさか、神様が僕でも知ってる神様だなんて思いもしなかったよ」

《私は、有名なのか?》

「うん、物凄くね。知らない人はいないんじゃないかな?」

《そうか。それは、少し込み上げてくる物があるな》

「伝えることが出来てよかったよ。……そろそろ行かないと」

《もう、大丈夫か?》

「お陰様でね」

《そうか。なら、私もそろそろ行くとしよう》

   切り替わる様に、そう新たにドット文字が記されて、人の顔を模したポリゴンとドット文字が朝日に溶ける様にして消え始める。
   そんな姿を見て、ふと、さっきも過ぎった疑問が登太の脳裏を掠めた。

   ——次に会えるのはいつだろうか。

   登太が天寿を全うするまでにはとは言っていたが、それが一年後か、十年後か、それ以上かは完全に神様次第。時間という概念すら神様スケールだ。会えるかも怪しい。

   だから、伝えたい事は伝えられる時に伝えなくちゃ。

「神様、ありがとう」

《あぁ、健闘を祈っている、イズミ=トータ》

   最後、そう記して、神様がいた痕跡は跡形もなく部屋の中から消えた。

   楽しい時間、その余韻が胸を打つ。だけど、感傷に浸っている時間は登太にはない。
   するべき事がある。成すべき事がある。
   背中は、最も偉大な存在に押して貰った。

   なら、後は——。

「前に進むだけだ」

   立ち上がり、登太は制服の袖に腕を通した。
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