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第三章 普通
3-28
しおりを挟む千陽は一度部屋着に着替えてエプロンをして、料理を始めた。
キャベツの千切りのリズムが意外に良くトントントントンと進む。
フライパンで肉をジュワーと焼く匂いはとても食欲を沸き立たせる。
一時間ほどで、
「あなた、ご飯よ」
「誰かあなたじゃい!っておっ、美味そう」
とても細い繊細なキャベツの千切りが載せられた皿に豚の生姜焼きと、けんちん汁。
そして、ぬか漬け?
「いただきます」
「めしあがれ」
キュウリのぬか漬けから口にすると、ほどよい塩加減とぬか漬けの風味が口に広がる。
「ん?ぬか漬け美味い、千陽のお祖母ちゃんの手作りか?」
「あ~それ?私が漬けてるの。元のぬか床は、お祖母ちゃんに分けて貰ったやつだけどね。俺がちゃんと毎日混ぜてるよ。愛情と俺の汗と体液と肌の常在菌がたっぷり入ってる」
「・・・・・・やめてくれ美味いのに一気に萎える」
千陽は冗談交じりに言いながら、こねくり回す動作をしていた。
「あはははははははははっ、だよね。お祖父ちゃんがお祖母ちゃんのぬか床をそうやって褒めていたけど、ぬか床ってさ、家族愛の食べ物だと思わない?」
ぬか床、毎日空気を含ませてあげるなど管理しないとカビが生えたり、腐ってしまったりすると聞く。
素手で毎日かき混ぜれば、千陽が言うように、かき混ぜる人の何かも含まれてしまう。
よくよく考えれば、潔癖症の人などは食べられないだろう。
俺はそんなのは気にならないし、そう言うことを言ってしまえば、おにぎりだって、お寿司だって、蕎麦、うどん、パンだって手でこねている。
数えればきりがなく、気にしていたら美味しい物は食べられなくなる。
「言われてみればそうだけど・・・・・・その表現はやめて。でも、本当に美味しいよ」
褒めながら食べると、千陽は力こぶを付くって見せている、ぬか漬けに力こぶは必要なのだろうか?
豚肉の生姜焼きも、生姜がたっぷりと入って少し辛めの大人向けの味だが美味い。
「千陽意外に料理、上手いんだな・・・・・・」
「せめて胃袋くらいは掴みたいから勉強してたんだ」
「・・・・・・財布の紐は掴ませないからな」
びっくりした顔を見せ咳き込む千陽、
「それってプロポーズ?」
「まさか」
「だよね」
黙々とちょっと恥ずかしく、お互い静まりかえって咀嚼音だけが部屋に響いていた。
後片付けくらい手伝おうとすると千陽が拒んだ。
「俺もさっ、憧れってあるんだよね。台所に夫を立たせるとか、ちょっとしたくないって古風な」
「へ~~珍しい。昨今じゃ家事は分業だって騒いでいるのに」
「それは勿論、悪くはないと思うけどさっ、それって日本文化の否定なんだよね。みんながみんな家事分担をしたい男の人じゃないでしょ?そんなこと騒ぎ出しているから結婚もしなくなって少子化になるんだよ。俺は身なりはこんなんだけど、中身は古風な主婦に憧れてるんだ。それに台所って俺の領域であって欲しいんだよね。俺が使いやすいように配置する、家事分業だと夫の仕様も入って来ちゃうじゃん、手を出させない、そして口も出させない、だから分担も望まない」
意外に少子化問題まで自分なりに考えを持っている千陽に驚く。
確かに自分の領域を犯されるのは誰でも嫌うだろう。
俺の部屋の本棚だって作家、出版社、レーベルで独自に分けている。
それをこの作品とこの作品は同じジャンルだから隣の方が良いんでは?などと言われたくない。
机の上だって乱雑に見えるだろうが、自分が使いやすい配置になっている。
そんな事を考え洗い物をしている千陽を見ると不思議と懐かしい。
「・・・・・・なぁ~おままごとするときって母親役してなかったっけ?」
「少しは思い出してきた?」
「ん~たまに一枚の写真のような思い出がちらっと出てくるんだよ」
「リュウちゃんがお父さん役で、トッキーとヒロミちゃんが娘役してたよ」
「あのころって、ヒロミって丸坊主じゃなかったっけ?」
「それって、ヒロミちゃんがお父さんに無理矢理切りに床屋さんに連れて行かれた後の記憶だよ。年長さんになるまで市松人形みたいに肩まであったの覚えてない?」
「ん~年長の終わりくらいの記憶がギリギリ・・・・・・」
「忘れっぽいなリュウちゃんは」
話しながらも意外とテキパキと片付けも終わらせる千陽は、昆布茶を入れてくれた。
千陽は昆布茶がお気に入りなんだな。
「こんな風にちょっと昭和の家庭に憧れてるんだ。・・・・・・子供も5人くらい作ってさ、でもお父さんには子育ては期待しないお母さん」
「男としてはポイント高いな」
「でしょ?今ならお買い得だよ」
「なぁ~安売り文句は言うなよ。まだ帰ってきてちょっとしかたってないけど、俺さっ千陽といると心地よいからさ・・・・・・なっ・・・・・・その・・・・・・俺が最高のシチュエーションで言いたい」
目を一度見開いた後、両手で昆布茶の入った茶碗を両手で持ち、中でふよふよと泳いでいる昆布茶の粉をジッと見て、
「それ言ってると一緒だよ、リュウちゃん」
小さく言った。
昆布茶に集中しているように見せかけている顔は、ニヤニヤとしているのが横から見えた。
「かもしれないが聞き流しておけ」
「・・・・・・うん、今はそうする」
昆布茶の入った茶碗を両手で持ち手を温めながらこたつの中では、長い足をもぞもぞとくっつけてくる千陽は可愛かった。
格好いいのに可愛い女。そんな千陽を俺は好きだ。
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