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発動

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陸羽は、体を低くし構えながら唸った。図書館は、美術館を併設しており、広い芝生の庭園がある。迫る裏山には、古き良き時代からの羅漢像が見下ろすように並んでいる。あの宝物を押し込んだ蔵も、小さいながら、重厚な存在感を醸し出している。裏山から、吹き下ろす季節外れの生暖かい風が、陸羽の背中を撫で下ろす。
「何、厄介な事に巻き込まれているんだよ・・・」
低く唸りながら、陸羽は、1匹の大きな狼の姿に変わっていた。風に揺れる草波が、陸羽の背丈を覆う。
「胸糞悪い。この匂い」
陸羽は、地面に鼻をつけると少し、むせ込む。辺りをぐるっと、見渡すと、狙いを定め、草むらに飛び込んでいった。
「待て!」
草むらは、何かの姿を隠しながら、四方に揺れる。いくつか、逃げ回る影を追いながら、陸羽は、飛び回り、ようやく逃げ回る一匹を捕まえ顔を上げた。
「全く」
陸羽が、加えていたのは、先ほどと同じ、手首の妖だった。
「一体、何匹いるんだよ」
「払うまで、追う」
「払うまで?桂華には、何が憑いているんだ?」
「お前さんは、立派な鼻がついているのに、役に立っていないようだね」
手首の妖は、5本の指を使って、陸羽の牙から、逃れようとするが、動こうとすれば、するほど、陸羽の鋭い牙が、全身に喰い込んでいく。
「鼻が悪いって?」
陸羽は、そう言いうと気分を害したのか、口から話、前足で、押さえ込み、覗き込んだ。
「吐きそうな匂いに気づかないとは」
手首の妖は、笑う。
「我らの匂いと思うな、腐った臓物のような匂いは、我らではない」
言われて陸羽は、地面や妖の匂いを嗅ぎまくる。確かに、手首の妖とは、全く違う腐敗臭が、風に漂っている。
「強い弱いの違いは、あるけど、匂い自体は、変わらないがな」
「だから、お前は、兄に敵わんのだ。あの娘をこのまま、都に置くのは、許さん。が・・・」
手首は、掌の中の裂けた口元を歪めながら、呟く。
「このままだと、49日も経たずに、あの娘は、干からびて、死んでしまう」
「狙っているのは、お前達でないのか?」
陸羽は、都の守護神達が、下っ端の妖を放ったと思い込んでいた。
「異国の者ぞ」
「異国?」
「しかも、あの世の者じゃ・・。お前では、どうにもならん」
手首の妖は、笑う。
「嫁になる頃は、ミイラの花嫁になっている訳だ。兄者は、今、使い物には、ならない。助けには、ならない。どうする?」
「うるさい!」
陸羽は、短気を起こして妖を四肢で、踏みつけた。
「俺が、何とかする。何とかするんだ!」
できるわけない。誰かが、言った気がする。陸羽は、狂ったように、残りの妖を食い殺すと、敷地の芝生を走り抜け、裏山へと駆け上がっていった。
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