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こっちを向いて、よく見てご覧。②

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手首のみの化け物を咥えた四つ足の生き物は、桂華を見上げて、目で話しかけてきた。全身は、長い灰色の毛に覆われ、鋭い両目の端には、切り揃えられた耳が、何か異常を逃すまいと、細かく震える耳が見える。耳は、小さく、渦巻く皮毛に埋もれそうである。額から伸びた被毛は、赤く光る両目に、覆い被さる。
「目を塞げ!」
狼にも似た生き物は、桂華の頭の中に、話しかけてくる。
「目を塞げ?何を言っている?こっちを見るんだよ」
狼の口の中で、手首が、もがき続ける。
「冥府の住人となったのだ。案内するからこちらを向け」
「冥府?」
桂華が、確認しようと、狼の方を向いた瞬間、狼は、背を向け、図書館のガラスに向かって走り出す。
「待って!」
追いかけようとした瞬間、ガラスは、大きな音を立てて、砕け散り、桂華は、その場に立ち尽くした。
「桂華!」
希空は、何かをブツブツ言いながら、立ち上がる桂華を追いかけたが、急に立ち止まったので、背中に、ぶつかりそうになって大きな悲鳴をあげた。
「ちょっと!」
「希空?」
頭を抑えながら、目の前で、繰り広げられる光景に息を呑んだ。ガラスが、突然、砕け散ったのだが、その瞬間、大きな狼みたいな生き物が、振り返る姿を見た気がしたのだ。狼がいる訳はなく、大きな犬の見間違いだと、希空は思う事にした。
「何やっているの?」
希空は、怒鳴った。ガラスの半分が吹き飛び、近くにいたテーブルの人が、犬が飛び込んだと大きな声で騒いでいた。
「犬を見たの?」
「犬だった?かな」
「こんな図書館の中に犬なんているわけないじゃない?」
「だけど、私、見た気がする」
「嘘でしょう?」
「希空の、膝に居た」
「な、訳ないでしょ」
人が集まってきたので、希空と桂華は、場所を変える事にした。
「希空。もう、帰らない?」
希空は、まだ、レポートをまとめたがったが、桂華は、なんとなく、帰宅した方がいいような気がした。この図書館は、都心部にあるが、敷地の中には、竹林やちょっとした林。古い土蔵があり、なんとなく、陰鬱としてる。土蔵には、もう、観覧しなくなった物が、たくさん眠っていると聞く。
「もう、帰るの?乗っていたんだけどな」
「私は、帰った方がいいと思っているの」
桂華は、身の回りの物をまとめて、足早に立ち去ろうとしている。
「ちょっと!」
こうなったら、桂華は、言う事に耳を貸さない。昔からそうだ。そして、桂華の予感は、当たる。
「何なの!」
「そう、呟いた時、空間がピシッと音を立てたような気がした。
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