星渡る舟は、戻らない

蘇 陶華

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見えない僕らを繋ぐ糸

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一瞬、時間が止まった。
澪は、目が見えない。
それは、わかっているけど、本当に見えないのか、信じられない時がある。
そこに、澪は、立っていた。
まるで、あの日のように。
あれから、どれだけの時間が流れた?
ここに、君は、変わらないで、立っている。
忘れていた感情が、どっと押し寄せてきた。
離れていた時間を忘れさせる。
僕は、この人を忘れた事はなかった。
見えない何かに、しっかりと囚われ、動けない中で、僕に光をくれた人。
僕は、違う世界に迷い込んでいたよね。
短かった髪は、少しだけ、伸びていて、それも、彼女に似合っていた。
大きく開いた目は、遠くを見つめていたが、僕を探している事に間違いはなかった。
「澪?」
僕は、呟いた。
マスクの中で、小さく。
開いていた澪の、瞳が、瞬いた。
澪だ。
間違いなく。ずっと、逢いたかったんだ。
僕は、駆け寄って抱きしめた。
今まで、こらえていた何かが、爆発したんだ。
「ごめん・・・ごめんな」
「海なの?」
澪は、僕の頬に触れた。
確認するように、何度も。
「僕だよ・・・遅くなった」
「本当。遅すぎ」
「連絡しなくて、ごめん」
このまま、時間が止まればいい。
そう思っていた。
が、
すぐ、現実に、引き戻された。
澪の隣にいた中年の女性だった。
「あら?あなたも、蒼のファンなの?」
澪を少し、ふくよかにし、派手目にした女性が、僕らの間に、割り込んできた。
「えぇ?」
僕は、困った声をあげると、澪は、すかさず、僕の手を握った。
「叔母よ・・・話してなかった?」
澪に、叔母がいるのは、初耳だった。
「あぁ・・・あの」
話そうとしたが、その叔母が、僕の話を折った。
「バイオリンの腕は、まあまあね。ファンが、ライブの前に、弾いて聴かせるなんて、いいわね。蒼のファンって素敵だわ」
「叔母様、話すぎ」
澪が、嗜めた。
「これから、蒼と逢えるなんて、興奮しちゃって。さぁ、澪。行くわよ」
澪は、僕と少し、話をしたいそぶりを見せたが、叔母は、力任せに、引っ張っる。
「澪?」
「海。ごめん・・・あとで、連絡する」
人混みの中を、叔母は、澪の腕を引っ張って、力任せに進んでいった。
「ちょっと」
思わず、挙げた僕の声に、誰かが、気づき、声を上げた。
「あれ?シーイに似てる」
「シーイ?どこ」
「メディアに出なくなったと思ったら」
「どこかで、撮影している?」
人々が、口々に、話す言葉が、波の様に押し寄せる。
「どこ?」
好奇の目から、避けるように、僕は、走り出していた。
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