星渡る舟は、戻らない

蘇 陶華

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片割れのバイオリン

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「そのバイオリンって・・・」
萌は、気付いていた。
そこにあるバイオリンケースは、最近、別の場所で、見ていた。
「萌。知っているのか?」
榊は、萌の視線を追っていた。
何か、気付いたようだが、言っていいのか、どうか、悩んでいた。
「ただの偶然なのか、わからないけど」
「偶然?」
榊は、そのバイオリンケースに目を落とした。
よくあるケースだが、イニシャルのSは、どこかで、見た記憶があった。
「どうして・・・気がつかなかったんだろう」
蒼は、ライブの時間が迫り、焦り始めていた。
「どこかで、見た事があるのですか?そんな筈は、このケースは、亡くなった父親のもので、自分で、名前を刻んだって聞いています」
「もう一人、同じケースを持っている人を知っている・・・そうだね?萌」
榊は、萌が同じ事を考えている事に、気が付いた。
「同じケースを持っている事に、間違いはないけど。どうしてかなのかは、わからないわ」
「誰なんです?」
時間が迫っていて、蒼は、焦っている。
自分のバイオリンでないのに、このまま、ライブに出るのは、不安だ。
だからと言って、キャンセルもできない。
「とりあえず、紛失物の届出は、出した方が・・」
榊は、言った。
「ここに来る前、どこに寄りましたか?」
「ここに来る前?」
蒼は、考えた。
ここに来る前、ライブ会場側の花屋で、父親の実家に花を届けてくれるように、頼んでいた。
久しぶりに、父親の祖国に帰り、その親に、花を届けたい。
そう思ったのだ。
墓前に、飾って欲しかった。
「花屋に寄ったかな」
蒼は、そのケースのバイオリンを見つめていた。
こうなったら、このバイオリンで、ステージに立つしかない。
「時間ね。」
萌は、言った。
「私達が、手分けして、探すから、ライブに行って」
「えぇ・・・でも」
蒼は、そのバイオリンを見つめていた。
「これで、いけるか、どうか・・・」
「早めに行って、試してみたら。ダメなら、曲をアレンジするしかない」
「アレンジって。」
蒼が、帰国したから、コラボしたライブで、アレンジなんて、可能なのか?言っておきながら、萌は、反省した。それなら
「そのバイオリンでは、ダメなの?」
「これ?」
かなり、使い込まれた古いバイオリン。
「プロは、道具を選ばないって、聞くわよ」
「・・・だけど」
「意外と、臆病なのね。もう、時間がない。行って」
萌は、蒼を促した。
「絶対、成功する。信じてるから、やってみて」
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