星渡る舟は、戻らない

蘇 陶華

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過ぎ去った日々を思い出させる

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榊は、時間を気にしていた。
何度も、スマホウォッチを見比べて、唇の端を噛み締める。
「遅い」
変わらず、時間には、ルーズ。
まぁ、仕方がない。
まだ、帰国して、月日が経っていない。
海外での、自由な時間を過ごしてきた彼には、時間通りに動くこの国は、肌に合わないだろう。
「パパ。顔つき怖い」
付き添いの萌が顔を顰めた。
「パパは、時間には、厳しいの」
榊は、ムッとした。
どうしても、逢って欲しいと連れてこられたカフェで、萌と口喧嘩しそうになる。
「海外で、知り合った子が、今度、日本に帰ってくるの。パパの好みそうな男の子よ。将来有望。間違いなし」
萌が、久しぶりに熱く語るので、そこまで、言うならと、逢う事にする。
「時間に遅れるのは、許せないなぁ」
「しょうがないでしょ。彼は、海外の生活が長いの。一時的に、日本に戻って来ただけよ。逢う機会を作ってあげたのだから、感謝してよ「
萌にピシャリと言われて、榊は、口を曲げた。
「だいたい、時間も守れないバイオリニストなんて、パパは、嫌だな」
「細かいこと言わないの。日本で、大人しくしているパパが、会える人じゃないの」
「はいはい・・・」
ムッとした榊の目が捉えたのは、こちらに真っ直ぐ、歩み寄る少年の姿だった。
「え?彼?」
真っ直ぐ、歩み寄る彼は、少し、灰色の瞳をし、淡い栗色の髪をしていた。
「あぁ・・」
午後の日差しを受けて立つ姿が、誰かと被った。
「彼は・・・」
「ね。似ているでしょう」
榊の記憶の中で、少年の姿が重なった。それは・・
「海?」
「そう・・・パパも、そう思う?」
萌が笑った。
海外遠征で、この少年と知り合った。近いうちに、日本に来ると知って、萌は、榊を含め逢う約束をしたと言う。
彼は、ドイツ人の母親を持つバイオリニストだった。
「蒼だって」
ハーフと聞いて、何語で、会話をしたらいいのか、口篭った榊に、萌は言った。
「父親が、日本人らしいから・・・少しなら、日本語できるそうよ」
「そうか・・・」
榊は、生唾を飲み込んだ。
どこかで、この少年を見た事がある。
萌よりも、遥かに若い。
天才とも言われた少年。
その出生は、定かではないが、あの榊のよく知っているバイオリニストを思い出させていた。
「まさか・・・」
そんな筈はない。
海は、生粋の日本人だ。
だけど、この少年とよく似ている。
この少年と海は、あの遠い日のバイオリニストを思い出させる。
それは、海外で、知り合った。
若くして、亡くなった友人。
ショックで、何もかも捨てて、逃げ帰った榊。
「萌。彼は・・・」
「パパが好むと思って、声をかけたの。だけど、まさか、海に似ているなんて・・・意外だった」
「確かにそうだけど」
蒼は、近寄ると笑顔で、右手を差し出した。
「こんにちは。挨拶してもいいですか?」
笑顔と挨拶がチグハグな少年だった。
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