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君は、僕の心を知っている
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再び、現れた彼女を僕は、驚いて見下ろしていた。
公園の丘の上の大きな木。
その下で、僕は、また、バイオリンを弾いていた。
心の表面がざわつく夜。
思い通りに行かない日は、こうして、音楽に身を委ねると、本当に落ち着くから。
「どうして、嘘をついたの?」
彼女は、僕の前に現れた。
「嘘?」
そう言われて思わず、僕は、声を発してしまった。
「ほら・・・本物は、あなた」
すぐ、僕だと気付いた彼女の耳の良さには、驚いた。
「不思議でしょう?」
彼女は、笑いながら、僕の足元に座り込んだ。
僕を見上げながら。
「シーイでしょ?本物の」
本物とか、偽物とかどうして、知っている?
「どうして、知っているかって?」
彼女は笑った。
僕の声が聞こえたかのように。
「あなたの偽物の声を聞かせてもらったの。つい、最近ね」
彼女は、明るい声で言う。
「僕の偽物の声って?」
巷に溢れるシーイの偽物の事だろうか?それとも、寧大が言っていた、CMのオーデションの事だろうか?
「うちのサロンのCMを頼んでいてね」
あぁ。そうかと僕は、思った。
彼女は、やはり、お嬢様なんだ。
「あなたと、仕事ができると思って、喜んでいたのよ。それなのに、酷いわ。偽物を寄越すなんて」
「あぁ・・・そういう事か」
「やっぱり、本物だわ」
澪は、しみじみと言う。
瞼の奥で、淡い光が弾ける。
「私ね・・・わかるの」
「何が?耳がいいんだね」
僕は、彼女の聴力の良さを褒めた。
「違うのよ。見えるの」
「見えるって?」
彼女の瞳に、光はない。
「そう、驚かないで。」
光はないが、僕に向ける眼差しは、まるで、僕が、見えているかの様だった。
「人の声が、色で、わかるの」
「色で・・」
「信じられないでしょう?いいの信じてくれなくても」
視力のない彼女が色がわかるなんて、信じられなかった。
「最初から、授かった訳ではないの。私の視力と引き換え」
後天的な事で、視力を失ったのか。
「だから、騙されない。別の人を送り込んだわね」
「言い訳するんじゃないけど」
これは、はっきりさせたい。
「どうしても、外せないテストがあってね。寧大に任せた結果なんだ」
「だったら、日程をずらせばいいのに」
「そうだけど。彼には、考えがあったんだ。シーイを作ったのも、彼だし。僕には、権利がない」
「そういう事?」
彼女は、僕のズボンの裾を引っ張った。
「じゃぁ、テスト。ここで、歌ってみて。この間、みたいに」
「ここで?バイオリンなら弾くけど」
「いいえ。聞きたいの。ずっと、生で、聞きたいと思っていたの」
「僕の声を?」
そう言われると、本当に、恥ずかしい。
「どうしようかな」
僕は、周りを気にして、腰を下ろした。
「ペナルティよ」
「え・・と。」
僕は、少し、咳払いをした。
「ほんの少しだよ」
そう言うと彼女は、頷く
「ちょっとだけ・・・」
僕は、そう言ってから、ほんの短く、歌った。
いつもより、慎重に。
誰よりも、僕の声を聞き分けてくれたお礼に。
「そう・・」
彼女は、うっとりと、遠くを見つめた。
光を失った双眸が、また、光を宿したかのように見えた。
公園の丘の上の大きな木。
その下で、僕は、また、バイオリンを弾いていた。
心の表面がざわつく夜。
思い通りに行かない日は、こうして、音楽に身を委ねると、本当に落ち着くから。
「どうして、嘘をついたの?」
彼女は、僕の前に現れた。
「嘘?」
そう言われて思わず、僕は、声を発してしまった。
「ほら・・・本物は、あなた」
すぐ、僕だと気付いた彼女の耳の良さには、驚いた。
「不思議でしょう?」
彼女は、笑いながら、僕の足元に座り込んだ。
僕を見上げながら。
「シーイでしょ?本物の」
本物とか、偽物とかどうして、知っている?
「どうして、知っているかって?」
彼女は笑った。
僕の声が聞こえたかのように。
「あなたの偽物の声を聞かせてもらったの。つい、最近ね」
彼女は、明るい声で言う。
「僕の偽物の声って?」
巷に溢れるシーイの偽物の事だろうか?それとも、寧大が言っていた、CMのオーデションの事だろうか?
「うちのサロンのCMを頼んでいてね」
あぁ。そうかと僕は、思った。
彼女は、やはり、お嬢様なんだ。
「あなたと、仕事ができると思って、喜んでいたのよ。それなのに、酷いわ。偽物を寄越すなんて」
「あぁ・・・そういう事か」
「やっぱり、本物だわ」
澪は、しみじみと言う。
瞼の奥で、淡い光が弾ける。
「私ね・・・わかるの」
「何が?耳がいいんだね」
僕は、彼女の聴力の良さを褒めた。
「違うのよ。見えるの」
「見えるって?」
彼女の瞳に、光はない。
「そう、驚かないで。」
光はないが、僕に向ける眼差しは、まるで、僕が、見えているかの様だった。
「人の声が、色で、わかるの」
「色で・・」
「信じられないでしょう?いいの信じてくれなくても」
視力のない彼女が色がわかるなんて、信じられなかった。
「最初から、授かった訳ではないの。私の視力と引き換え」
後天的な事で、視力を失ったのか。
「だから、騙されない。別の人を送り込んだわね」
「言い訳するんじゃないけど」
これは、はっきりさせたい。
「どうしても、外せないテストがあってね。寧大に任せた結果なんだ」
「だったら、日程をずらせばいいのに」
「そうだけど。彼には、考えがあったんだ。シーイを作ったのも、彼だし。僕には、権利がない」
「そういう事?」
彼女は、僕のズボンの裾を引っ張った。
「じゃぁ、テスト。ここで、歌ってみて。この間、みたいに」
「ここで?バイオリンなら弾くけど」
「いいえ。聞きたいの。ずっと、生で、聞きたいと思っていたの」
「僕の声を?」
そう言われると、本当に、恥ずかしい。
「どうしようかな」
僕は、周りを気にして、腰を下ろした。
「ペナルティよ」
「え・・と。」
僕は、少し、咳払いをした。
「ほんの少しだよ」
そう言うと彼女は、頷く
「ちょっとだけ・・・」
僕は、そう言ってから、ほんの短く、歌った。
いつもより、慎重に。
誰よりも、僕の声を聞き分けてくれたお礼に。
「そう・・」
彼女は、うっとりと、遠くを見つめた。
光を失った双眸が、また、光を宿したかのように見えた。
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