星渡る舟は、戻らない

蘇 陶華

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僕の顔

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カフェで会う花子。
二人にとって、貴重な時間だった。
会話は、他愛のない内容だった。はず。
二人え、目線を合わせて話す時間が貴重だった。はず。
どうして、最後に、筈という言葉がつくようになったんだろう。
「うまく、いきそう?」
そう、彼女が一番、僕の身の行く先を心配している。
「海の偽物が出ているって聞いて」
寧大との活動は、彼女も知っている。
「うん。気にしていないよ」
僕の、アイスコーヒーの氷が、カランと音を立てた。
花子が、上手くいきそうか?と聞いたのは、団員のテストの事だ。
僕らの活動の事ではない。
「練習している?YouTubeだけでは、ダメよ」
そんな事は、知っている。
花子は、次第に僕の両親より、口やかましくなっていった。
当然、それは、僕との将来を案じての、事なんだろうけど。
僕には、次第に、窮屈に感じるようになっていった。
花子の様なお嬢様と一緒になるには、僕にも、それなりの腕と収入が必要になるだろう。
けど。
僕には、何一つ、花子に約束できる事はない。
YouTubeで、音楽をやる事に、生きがいを感じている。菓子屋の次男だ。
「練習は、まぁ、ぼちぼち。このままでもいいかなぁーって」
「何言っているの?団員として、認められて、名前も上がったら、結婚するって」
それなんだけど・・・。って、言葉が、出そうになったけど、僕は、黙った。
花子を傷つける気がして。
「花子にやりたいことは、ないの?」
「それは、海と結婚して。あとは、フルートのリサイタルをしたり」
「順番逆でも、いいよ」
そう言った瞬間、花子の顔色が変わった。
「逆って、どういう事?」
言ってから、しまったと思った。花子は、僕との結婚を望んでいる。けど、今は、そんな状況ではない。
「僕が、花子に相応しい人になるには、まだまだ、時間が必要だよ。もしかしたら、条件に合わないかもしれない。反対される。花子は、それでも、待っていられるの?」
ずるい男だと思われても、今の状況では、花子に待って欲しいとは言えない。
「海と一緒になる為、ここまで来たの。だから、海も、真剣い頑張ってほしい。YouTubeの活動に、反対はしないけど。現実を見てほしい」
僕だって、現実を見ているつもりだよ。花子。僕らは、どこで、意見がすれ違ってしまったんだろうね。僕は、心の中で、呟いた。
「帰ったら、練習するよ。家の事も、手伝わなきゃだし。帰ろうか?」
花子は、もう少し、一緒にいたい素振りを見せたが、僕は、彼女に指一本触れる事なく、カフェを後にする事にした。
「私は、海と一緒にいたいから」
「うん。」
僕は、僕もとは、言えなかった。少し、不服な花子と別れ、人気のない公演を抜けて、帰路に着いた。
この時間は、誰も、いない公園。
夜のひんやりとした空気の中で、街灯が、ぼんやりと光っていた。
僕は。
どの顔が、
本当の僕なんだろう。
ただ、音楽が好き。
弦楽器の音が好き。
歌が好き。
それら、以上に好きなのは、花子なんだろうか。
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