死神の守人

僕を駆り立てるもの

紗羅が居た。湖の中で、僕の混沌とした意識の中に現れた沙羅は、いつもと同じ、白衣の天使だった。いや、それは、看護師という仕事の制服でもなく、死神という責務を負った喪服でもなく本当に天使の生まれたままのあられもない姿だった。
「紗羅」
僕は、眩しさに目を細める。愛おしいというより、尊敬されるものへの感情が一挙に押し寄せたきた。
「君なの？」
僕は、問いかけた。沙羅のそばに八は、寄り添い並び、何か言いたそうにしている。
「私は、まだ、消えていない」
沙羅は、腕を開いた。
「よく、考えてみて。自分が何者なのか？市神が何者なのか」
あまりにも、眩しくて沙羅の姿は、よく見えない。
「迦桜羅が、ある意味を考えて。写鏡よ」
沙羅の姿は、眩い白い翼を持つ姿から、天から降り注ぐ闇に、染まり次第に黒くなっていく。
「死神なのか？沙羅は」
「蓮。。時間がない」
八が、僕の目を見て叫んだ。
「術をかけた奴を倒せば紗羅は、戻る。その術者は、誰なのか？市神なのか、わかるか？」
術者は、市神である事に、間違いはない。では、その力は、人間である姿の市神であり得るのか。守護神の前身である迦桜羅は修行者である。苦難を乗り越える修行を得てこそ、本来の姿に飛躍する。市神は、迦桜羅の本来の後継者で、術者でもある。その力を持ち、衆生を救ってきた。が、本当の迦桜羅の力を扱う者が、市神でないなら。
「そうなんだ。。。蓮」
湖に瀕死の状態で、沈む僕に、八は、小さくも細い剣を差し出した。
「これは？」
「沙羅を救う方法なんだ」
八は、苦しそうに言う。
「蓮自身が、自分の命を捧げる事で、沙羅は、解放されるけど。。」
八は、言葉に詰まった。
「それは、永久に輪廻の輪から、外れるという事。来世はないんだ」
何度、この迦桜羅の力から、逃れたいと思った事か。
「沙羅。。。お願いだから、今すぐ、僕の命を絶って欲しい。輪廻の輪に乗せてほしい」
僕は、泣きながら沙羅に懇願した。
「もう、こんな事は、嫌だ。普通に暮らしたい。静かに生きたいんだ」
沙羅の頬を一筋の涙が、こぼれ落ちた。
「わかったわ」
沙羅は、完全に居なくなる。八も消え、僕は、どこかで、生まれ変わり、平穏に暮らしていけるだろう。何事も、関係なく、この天が落ち、鬼界が現れた世界で、何も気付く事なく。
「お前が、そう決めたならいいよ。」
差し出した剣を振る手で、握りしめ八も泣いていた。沙羅の足元に、ひざまづき、僕は、首を差し出していた。これで、全て終わる。何もかも消え、終わる。
紗羅が、僕の首に鎌を振り下ろそうとした時、僕は、剣を握る八の手に自分の手を重ねていた。
「八。やっぱりできないよ。自分だけなんて」
僕は、八の手を借りて、僕の胸に剣を突き刺していた。