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心陽の想いと未来

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後、少しで、コンサートの時間となる。ステージに上げる迄の緊張感が嫌い。何度も、トイレに通う。
「さっき、行ったわよ」
緊張する時の癖なのは、知っていたが、あまりにも、緊張し倒れかねないので、声を掛ける。
「いつもの、癖なの。戻ったら、衣装に着替えるわ」
ステージに上がって仕舞えば、別に緊張する事はない。楽しんでくればいい。自分の中の架に声を掛ける。
「あなただったら、何を選曲する」
架は、指が、6本あるのではないかと、思える技術を持っていた。架のベトルーシュカは、見事だった。天才としか言えない。その架が、会社の為に、夢を諦めたのが、悲しかった。一緒に弾ける日を楽しみにしていたのに。ごく普通の生活に埋もれ、汚職に巻き込まれてしまった。テレビを見る気にも、携帯を開く気にもなれない。堕ちた元ピアニストのニュースを見るのは、耐えられなかった。
「延期しようか?」
落胆する心陽にマネージャーは聞いたが、心陽は、首を振った。
「いいえ。今こそ、架に届けたいの」
心陽は、振り返る。
「弾ける様になったら、1日デートしてやる」
架は、約束してくれていた。
「何の曲?」
「そうだなー」
架は、考える。
「リストのカンパネラ!」
「やば!無理!ワザと言ってる?」
難易度の高い曲だ。架ほどの技術がないと弾けない。
「本当、弾けたら、デートしてやるよ」
「本当に?」
あれから、幾つの年が流れただろう。死ぬほど、練習した。架の得意な曲は、全て、自分で、弾ける様にした。ピアノを諦め、莉子と結婚した時も、落ち込んだ。自分も、ピアノを止めようかと思った。だけど、架は、身近にいる。曲を聴かせ、認めてもらう事は、できる。いつも、架の目を気にしていた。ある日、架の陰に、女性の姿が、チラついた。架の幼馴染という冴えない女性だった。少し、離れて、歩くような静かな女性。だけど、事実は、違っていた。
「心陽!大変」
マネージャーの声に、我に帰った。
「どうしたの?急に大きな声を出して・・」
マネージャーが青ざめて、ロッカーを覗いている。
「え?」
後ろから、覗き込んだ心陽が目にしたのは、細く切り裂かれた心陽の衣装だった。
「誰がいったい・・」
「そうね」
心陽は、気付いていた。子供ができた?なんて、嘘。みんな、踊らされてる。きっと、架も。
「誰が、やったのかは、わかっている。だから、慌てないで、このままでも、ステージには、出るから」
動揺しない。架を離さないのは、莉子ではない。何もかも奪い、そばに置こうとする女。綾葉。彼女が、妊娠しているのは、嘘だった。あの日、産婦人科であったのも、通っている既成事実を作る為に、綾葉が、行っていた艤装工作。そして・・。きっと、あの日、莉子を突き落とし怪我を負わせたのは・・。
「綾葉」
全てを。心陽に背負わせる為に。
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