ガラスの靴は、もう履かない。

周りが騒がしい中で、僕らは・・・。

架は、先代の社長。つまり、自分の父親との面会を済ませてきた。意識は、取り戻したものの、余談を許さない状況だった。
「架は、大丈夫なの？」
母親が心配してきた。母親が、架に賭けていた期待は絶大なものだった。ピアノで名声を得る。それは、技術も。だけど、事故で全てを失った。そう、信じていた。今も、架の身を案じている。父親の代わりに、拘束されたのだ。一時的に釈放されているが、名声を失くすのは、時間の問題だった。
「こんな事になるなんて。お父さんの仕事を手伝ったばかりに」
「それが、原因でないよ」
莉子を利用した報いだ。自分では、そう思っている。妻としては、認めず、苦しめた。せめてものお詫びに、離婚届を置いて来た。莉子は、受け取りにきてくれたのだろうか。きっと、莉子だって、今頃は、大変な思いをしているに、違いない。
「これからは、弁護士と相談するんでしょう？」
「そうだよ。母さんも、身体に気をつけて」
「ありがとう」
母親と別れを告げ、病室を出た所で、携帯が鳴った。綾葉からと思って、出たが、意外な人物だった。
「おばあさん？」
綾葉には、両親がいない。資産家の祖母が、親代わりに育て上げた。架に、綾葉との子供の事で、認知を迫ったのも、その祖母だった。
「どうされたんです？」
きっと、ニュースの事で、綾葉との事を心配して、電話を掛けてきたに、違いない。だが、内容は、異なっていた。
「綾葉が？」
架は、耳を疑った。交差点で、転倒し、腹部を強打した為、救急搬送されたと言うのだ。聞けば、今、架のいる病院の救急室だった。
「状態は、どうなんです？」
自分が、こんなに、綾葉の心配をするなんて、意外だった。綾葉の祖母は、興奮していたが、架が、同じ病院にる事を聞くと、落ち着いてきた。
「えぇ・・・すぐ、伺います」
携帯を切ると、すぐ、階下の救急処置室に向かって行った。

莉子は、レッスンに集中していた。世間が、莉子の父親の汚職で、騒いでいたが、そんな事には、関心がなく、フラメンコに集中していた。
「魂詰めていない？」
僕は、莉子が心配になった。何かに憑かれたかのように、集中してる。ようやく、掴まり立ち、できるようになった、その足が、床を打ち鳴らす。足首から踵が、まっすぐに、落とさなければ、膝へ負担がかかる。ようやく、立てたばかりの、弱りきった身体に、負担をかけている。
「やりすぎだよ」
他のスタッフも、夜遅い為、帰り始めている。
「もう、帰ろうか？黒壁も待っていると思うし」
「もう少し、練習する」
「ダメだって」
僕の手を払う莉子。
「今は、何も、考えたくない」
「もう、今日は、やめようよ」
最後のスタッフが、挨拶をして、スタジオを後にして行った。
「身体を壊して、どうする？」
「大丈夫よ。今は、フラメンコだけを考えていきたい」
「いいから、帰ろう」
僕が、莉子の手を強く引いた物だから、疲れ切った莉子の足は、よろめき、僕に寄り掛かってしまった。
「あ！ごめんなさい」
莉子が、思わず、誤ったが、鼻先が、僕の顔とぶつかってしまった。
「莉子」
ごく自然だったと思う。莉子の両目が、そこにあって、僕は、思わず、莉子の唇に、触れていた。そっと触れただけでは、物足りず、少し、強引になっていった。