上 下
70 / 106

想い人を冷静に見つめる事ができますか?

しおりを挟む
マンションにも戻らないと決めた僕は、結局、黒壁のアパートに転がり込んだ。
「やっぱり、使えるカードも限られてくる華」
自分名義のカードのみ。当たり前だが、親に与えられたカードを持っていた。当然、使った事はないが、当面の生活を考えて、試算を導き出してみた。
「莉子が治るまで」
そうしようと思った。このまま、何もかにも、中途半端で、終わる訳にはいかない。僕が僕らしく後悔しない為にできる事。莉子を藤井先生に預けよう。架の気持ちも、わかるが、そもそも架が、莉子を愛していない事は、わかっている。架にも、自分の道を歩んでほしい。皆、自分の道を間違えている。勿論、僕もそうだ。莉子が元の道を歩ける様になったら、僕も、自分の道を歩こう。病院で働けなくても、リハビリを必要としている人は、たくさんいる。僕は、その人達の力になりたい。身体の機能と共に、失った夢をもう一度、みさせてあげたい。藤井先生も、
「スタジオの2階が空いているから、使いなさい」
衣装部屋を空けるからと言ってくれたが、そこに僕に住んでしまったら、莉子と離れられなくなる。事情を知る黒壁に理由を話し、次の住処が見つかるまで、黒壁の世話になる事にした。
「俺は、思うんだけど」
普段は、お調子者の黒壁も、医療従事者らしく、真面目になる事があり、僕と本気の論議を交わす事がある。
「莉子の一時的な記憶喪失や人格障害って、本当だと思うか?」
僕は、黒壁の質問にドキッとした。あの睡眠導入剤を見つけた時から、僕が抱いていた疑問だったからだ。いや・・・その前、病院で転倒した莉子の両足が、動いたのを目にした時からだ。
「硬膜下血腫の後遺症で、発症する人もいる」
僕は、自分の考えを打ち返すように黒壁に言った。
「頭の中に残った血腫が原因で、一時的に出る人はいる。それに、感情を抑制できなくなり、人格崩壊と言われる様な、症状を出すこともある」
「感情の抑制ができない場面は、今まで、いくらでもあった筈だ。お前と一緒にいた時は、そんな事あったのか?」
「・・・ないね」
莉子は、冬の陽だまりの様に、静かで、暖かだった。
「誰といる時に、人格が壊れたり、記憶が途切れたりするんだ?考えた事あるのか?」
黒壁に言われてハッとした。人格が変わったと言うのは、架の一方的な意見だ。
「だけど、今は、僕の事を夫の架と間違えていて」
「元々、好意を寄せていたお前を夫と呼ぶのは、容易い事だよ。何があって、そんな行動をしているのか?考えたか?」
「莉子を疑って事?」
「そうじゃない。莉子に入れ込みすぎだよ。もっと、冷静になれ」
「足は、心因性で、歩けると思っていた・・・けど、彼女の行動については・・・」
「冷静になるんだ。何か、大事な事を見落としていないか?硬膜下血腫だけが、本当に、原因なのか?彼女が人に言えない事を抱えているんじゃないか?」
「そうか・・・」
僕にも言えない深い傷。言えずにいる莉子から、聞き出すのも難しいとしたら。藤井先生も知らない事実。
「莉子の夫が、話すわけないし・・・」
突然と、脳裏に浮かび上がる女性。心陽。莉子の側にいて、知らず知らずに莉子を傷つけているもう一人の人間。
「あ・・・いる」
「どんな奴だ?」
僕は、黒壁に心陽の事を話し始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたに忘れられない人がいても――公爵家のご令息と契約結婚する運びとなりました!――

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※1/1アメリアとシャーロックの長女ルイーズの恋物語「【R18】犬猿の仲の幼馴染は嘘の婚約者」が完結しましたので、ルイーズ誕生のエピソードを追加しています。 ※R18版はムーンライトノベルス様にございます。本作品は、同名作品からR18箇所をR15表現に抑え、加筆修正したものになります。R15に※、ムーンライト様にはR18後日談2話あり。  元は令嬢だったが、現在はお針子として働くアメリア。彼女はある日突然、公爵家の三男シャーロックに求婚される。ナイトの称号を持つ元軍人の彼は、社交界で浮名を流す有名な人物だ。  破産寸前だった父は、彼の申し出を二つ返事で受け入れてしまい、アメリアはシャーロックと婚約することに。  だが、シャーロック本人からは、愛があって求婚したわけではないと言われてしまう。とは言え、なんだかんだで優しくて溺愛してくる彼に、だんだんと心惹かれていくアメリア。  初夜以外では手をつけられずに悩んでいたある時、自分とよく似た女性マーガレットとシャーロックが仲睦まじく映る写真を見つけてしまい――? 「私は彼女の代わりなの――? それとも――」  昔失くした恋人を忘れられない青年と、元気と健康が取り柄の元令嬢が、契約結婚を通して愛を育んでいく物語。 ※全13話(1話を2〜4分割して投稿)

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

5度目の求婚は心の赴くままに

しゃーりん
恋愛
侯爵令息パトリックは過去4回、公爵令嬢ミルフィーナに求婚して断られた。しかも『また来年、求婚してね』と言われ続けて。 そして5度目。18歳になる彼女は求婚を受けるだろう。彼女の中ではそういう筋書きで今まで断ってきたのだから。 しかし、パトリックは年々疑問に感じていた。どうして断られるのに求婚させられるのか、と。 彼女のことを知ろうと毎月誘っても、半分以上は彼女の妹とお茶を飲んで過ごしていた。 悩んだパトリックは5度目の求婚当日、彼女の顔を見て決意をする、というお話です。

【完結】イアンとオリエの恋   ずっと貴方が好きでした。 

たろ
恋愛
この話は 【そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします】の主人公二人のその後です。 イアンとオリエの恋の話の続きです。 【今夜さよならをします】の番外編で書いたものを削除して編集してさらに最後、数話新しい話を書き足しました。 二人のじれったい恋。諦めるのかやり直すのか。 悩みながらもまた二人は………

姑が勝手に連れてきた第二夫人が身籠ったようですが、夫は恐らく……

泉花ゆき
恋愛
子爵令嬢だったルナリーが侯爵令息であるザウダと結婚してから一年ほど経ったころ。 一向に後継ぎが出来ないことに業を煮やした夫の母親は、どこからか第二夫人として一人の女性を連れてきた。 ルナリーには何も告げることなく。 そして、第二夫人はあっさりと「子供が出来た」と皆の前で発表する。 夫や姑は大喜び。 ルナリーの実家である子爵家の事業が傾いたことや、跡継ぎを作れないことを理由にしてルナリーに離縁を告げる。 でも、夫であるザウダは…… 同じ室内で男女が眠るだけで子が成せる、と勘違いしてる程にそちらの知識が欠けていたようなんですけど。 どんなトラブルが待っているか分からないし、離縁は望むところ。 嫁ぐ時に用意した大量の持参金は、もちろん引き上げさせていただきます。 ※ゆるゆる設定です

過去~大切な思い~愛は消えない

NISHINO TAKUMI
恋愛
主人公水野一哉は高校3年生。 高校3年の5月、一哉は自分の部屋から 趣味の星座鑑賞をしていた。 星座をみながら…自分の初恋の相手 西村愛理のことを考えていたのだった。 どうしたら距離を縮められるのか、 席が前後というだけであまり接点のない彼女と繋がるためにはどうしたらいいのか悩んでいた。 心の中で愛理と付き合いたい…そう願ったときだった。突然窓枠が光りだし 夜空が見えなくなった。 その後…部屋が爆発的に光った。 一哉は…あまりの光に目が眩んで しばらく目が開けれなかった。 しばらくして目を開けると… 見知らぬ女の子が部屋の中に倒れていた 。 きけば、彼女は一哉の孫に当たる存在らしいが…そんなことを信じるわけがなく 警察に通報するも信じてもらえない。 彼女の目的は一体…

冷酷王子が記憶喪失になったら溺愛してきたので記憶を戻すことにしました。

八坂
恋愛
ある国の王子であり、王国騎士団長であり、婚約者でもあるガロン・モンタギューといつものように業務的な会食をしていた。 普段は絶対口を開かないがある日意を決して話してみると 「話しかけてくるな、お前がどこで何をしてようが俺には関係無いし興味も湧かない。」 と告げられた。 もういい!婚約破棄でも何でも好きにして!と思っていると急に記憶喪失した婚約者が溺愛してきて…? 「俺が君を一生をかけて愛し、守り抜く。」 「いやいや、大丈夫ですので。」 「エリーゼの話はとても面白いな。」 「興味無いって仰ってたじゃないですか。もう私話したくないですよ。」 「エリーゼ、どうして君はそんなに美しいんだ?」 「多分ガロン様の目が悪くなったのではないですか?あそこにいるメイドの方が美しいと思いますよ?」 この物語は記憶喪失になり公爵令嬢を溺愛し始めた冷酷王子と齢18にして異世界転生した女の子のドタバタラブコメディである。 ※直接的な性描写はありませんが、匂わす描写が出てくる可能性があります。 ※誤字脱字等あります。 ※虐めや流血描写があります。 ※ご都合主義です。 ハッピーエンド予定。

処理中です...