ガラスの靴は、もう履かない。

蘇 陶華

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狂気のピアニスト

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僕の前に現れたのは、莉子の友人を名乗る心陽だった。持っていた鞄を振り回しながら、僕の前に現れた。
「架さんなら、仕事に戻ったわよ」
高いヒールの音を響かせながら、僕に歩み寄る。
「あなたにまで、連絡が行ったのね。あの娘は、随分、みんなに心配されるのね。羨ましいわ」
「君にも、連絡が行ったのか?莉子は?」
「大丈夫よ。少し、落ち込んでいただけ、部屋にいるわ」
心陽は、オーバーに両手を挙げた。
「そんなに、騒ぐ事なのかしら?」
僕は、無視して、マンションの玄関に急ぐ。
「あれれ?そんなに急いで、部屋番号もわからないのに、入れるの?」
僕の後ろで、早口で、捲し立てていたが、部屋の暗証番号を押すと、自動ドアは、簡単に開いた。万が一に、備え、藤井先生が、僕に教えてくれていた。
「莉子も、不用心ね。一体、何人に教えていたのかしら?」
そう言いながら、心陽も一緒にエレベーターに乗り込んで来る。
「どうして、君は、莉子が部屋にいるとわかった?」
「それは、私が部屋に来たからよ。ステージを見に行く予定だったの。だけど、様子がおかしいから、もしかしてと思って、架に連絡を取ったのよ」
心陽の説明はこうだ。莉子のステージの復帰を祝う為に、早めに、タブラオに行っていたが、莉子が来ない騒ぎになり、マンションに様子を見に行った。インターホンを押しても、返答がなく、嫌な予感がしたので、架に連絡をして、中に入った。入ったら、ベッドの脇で、転倒して、動けなくなっている莉子を発見し、架に連絡した・・と言う事だ。
「いつも、タイミング良く、君は、莉子の前に現れるな」
「そうね。私は、一番の莉子のファンだから」
心から、そうは、思っていないだろう?僕は、莉子の部屋の前に立った。
「中に入るのは、初めて?」
意地悪く心陽は、笑う。彼女が、転落し頭を強打した場所がこのマンションだ。あの日も、心陽が、第一発見者だったらしい。その時の記憶は、莉子にはなく、今だに何があったのか、わからない。莉子の友人と言いながら、この近くにいる彼女が、信用できない事は、僕にもわかる。
「莉子?私よ。外に出たら、意外な人にあったの。開けて」
心陽が、インターホン越しに呼びかけると、ドアのロックが解除され、正面の壁にシージョを飾った空間が現れた。
「どうして?」
車椅子で、僕の前に現れた莉子は、泣き腫らした顔をしていた。
「莉子?」
「ごめんなさい」
莉子は、心陽に向かって言った。
「心陽。お願いだから、帰ってもらって」
「せっかく、来てくれたのよ。いいじゃない」
「ごめんなさい。今の私には、少し、時間が欲しいのです。わがままなのは、十分にわかる・・・けど」
莉子が、困っている。何が、そんなに彼女を悲しませるの?
「いいよ・・・わかった」
無事を確かめられただけでいい。僕は、踵を返し、ドアから出た。
「私、見送ってくる」
心陽までもが、僕の後ろについてくる。
「安心した?」
馴れ馴れしく聞いてくる心陽。
「そうだね」
僕は、言葉少なくマンションの出口に向かう。
「わざわざ、逢いに来たんでしょう?残念ね。莉子と話できなくて」
「いいよ。無事なのが確認できて」
「莉子が、ステージに立てなくて、がっかりよね」
心陽は、僕から、一向に離れようとしない。僕は、せめて、莉子の無事を直接、藤井先生に伝える為、莉子が出るはずだったタブラオに向かった。地下にあるタブラオは、踊り手や観客の熱気に包まれ、観客席には、靴音とリズムが壁や天井へと響いていた。ライトが、ステージを照らし、踊り手は、宙を舞っていた。なんて、軽やかに踊るんだろう。僕は、いつも、レッスンでしか、見た事がない。本物のステージは圧巻だった。ここに、莉子が立つはずだった。
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