ガラスの靴は、もう履かない。

蘇 陶華

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凍りつく部屋に閉じ込められたい。

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莉子は、ずっと天井を見上げていた。力はなく起き上がる気力もない。絶望・・・ただ、その一言だった。
「自分は・・・一人で、起き上がる事さえ出来ない」
リモコンで、ベッドを操作しなければ一人で起きれない。外に出るのも、そう。藤井先生が夢を与えれくれた。ほんの一瞬でも、自分は、復帰できると思えたのは、幸せだった。自分は、もう、夢に向かって歩く事なんて、できない。幸せの場所に連れて行ってくれる靴も、履かなければ意味はない。咲夜、架から、打ち明けられた秘密が、莉子を打ちのめした。こんなに、架が、自分を憎んでいたとは、知らなかった。自分が、架の夢を奪ったのだろうか?
「認知するから」
結婚してからも、恋人と続いているのは、知っていた。心陽が教えてくれた。自宅に、帰らない日があるのも、知っていて知らないふりをしていた。架が、夢を諦め、自分と一緒になったのだから、ある程度の、我儘は、許そうと思っていた。だけど
「綾葉との間に子供ができた。産んでもらおうと思っている」
最初は、何を言っているのか、わからなかった。子供ができた。そお言う架の顔を怖かった。無表情で、嬉しさは、全くなかった。
「会社に綾葉の婆さんが、押しかけてきて、ちょっとした騒ぎになった」
まるで、仕事の一部の様に、話を続ける。
「うちの会社は、君の父親に世話になっている。だから、君と別れる訳には、いかない。だけど、君がそんな体になったんじゃ、子供は、望めないだろう?綾葉の子供を、迎えるつもりだ」
帰宅するなり、話し出したのは、この事だった。莉子が、フラメンコのステージに立とうとしているなんて、全く、関心がないようだ。
「私は、子供を産めないの?」
そんな説明は、ない。だが、現実的に、自分は、この夫を愛する事ができるのだろうか?
「君との間に、子供が生まれるなんて、考えた事もない」
「じゃ、一緒に居る必要もないし、さっさと離婚しましょう」
「そうしたいけど、まだ、君の父親の力が必要なんだし。君を自由になんて、させない」
「一緒にいる意味もないでしょ」
「いつから、そんな強気になった?あぁ・・・あの、リハビリ師か?」
「彼は、関係ない」
「彼?いつの間にか、彼に昇進か。何でもいいけど、僕は、君と別れるつもりはないし、君は、そのままのお姫様でいい。籠の中にいればいい。夢なんて、見るな」
「自分が、夢を見れなくなったからって、私に当たらないで」
「何を!」
架は、思わず、かっとして、手をあげそうになり、莉子は、思わず、顔を伏せた。
「まぁ・・・言っても仕方がないか。車椅子でもないと、動きもできないか弱い女だもんな」
架は、言い捨てると、自分の部屋へと入っていった。一体、いつから、こんなに、すれ違うようになったのだろう。架は、まるで、右手が利かなくなったのは、莉子のせいだと言わんばかりの憎み方、だった。
「架・・・」
昔、憧れていたピアニストは、最も、冷たい男になっていた。一体、いつから?
「架さんには、昔からの彼女がいて、別れられないみたいよ」
心陽は、架の様子を良く調べていて、莉子に、報告していた。
「大変な事が起きたみたい。彼女のお婆様が、秘書が止めるのも聞かず、社長室に怒鳴り込んだって」
綾葉の身に何か、起きたとは、思ったが、まさか、子供が出来たなんて。自分には、望むこともできない子供。彼が、自分を憎む理由がわからない。思った以上に、子供ができた事実は、莉子をどん底に突き落とし、彼女の生きる力を奪っていた。
「莉子!」
どこからか、新の声が聞こえた気がした。どうして、こんなに、新に会いたいと思うのだろう。彼も、きっと、健康な障害のない彼女の方が、普通の幸せを得る事ができるだろう。自分は、どんなに頑張っても、歩く事は愚か、一人で、立つ事も出来ない。悔しくて、リモコンも使わず、ベッドから立ちあがろうとした。ベッド脇の柵に捕まり、体を起こす、何とか、ベッドの端に腰掛ける事は、出来たが、そのままずり落ちてしまった。携帯は、枕元で、助けを呼ぶ事はできない。立ち上がらなければ、車椅子には、乗れない。
「私は、何もできない」
莉子は、そのまま、そこに、横たわってしまった。
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