上 下
45 / 106

善意を装う悪意

しおりを挟む
僕が、莉子の親友と言う心陽と初めて会ったのは、その時だったと思う。莉子の通うフラメンコスタジオは、常時、生徒さんを募集していて、見学者は自由に出入りしていた。レッスン前の簡単なストレッチを僕は、任されていて、莉子のリハビリを同時に行いながら、その日のレッスンで、莉子にできそうな動きを取り入れていった。そうなると、僕も、フラメンコの動きを理解する必要があり、少しずつ、フラメンコのリズムが、体に染み付いていく感覚だった。あの日に、思わず、莉子の体に触れてしまって、わかった事は、思いの他、下半身の筋肉が落ちている事だった。負荷をかけて動かすしかない。藤井先生と何度も、打ち合わせしながら、どうしたら、彼女が立てるのか、話し合っていた。
「新君、筋がいいわ」
僕は、思わず、フラメンコの動きを真似して、ステップを踏んでみると、褒め上手な藤井先生が、声をあげた。
「本気で、レッスンしてみない?」
「いえいえ・・僕は」
スタジオは、滅茶苦茶、男性がいない。莉子をリハビリする為に、ここに通うだけでも、重圧を感じるのに、フラメンコを習うなんて、僕には、重圧すぎる。
「そう?莉子と一緒に、ステージを踏むのもありよ」
人の目につきやすい所に出るなんて、とんでもない。
「あら?見学希望者かしら」
僕を冷やかしながら、莉子の動きをチェックする藤井先生が、外の様子に気付いたのは、その時だった。スタジオのドアを開けて、見慣れた七海と一人の女性が立っていた。
「あらら」
七海がどういう存在か知っている藤井先生が、僕の顔を振り返った。
「可愛い恋人さん。見学希望かしら?それとも、付き添い?」
七海が、泣きそうな顔で立っていた。そばには、藤井先生も、よく知る人なのか、目で挨拶すると、莉子の元へと歩み寄った。
「新しい先生?」
その女性は、莉子の知り合いなのか、莉子の目線に座り込み話している。
「心陽と言います。莉子とは、長い付き合いなの」
僕の様子に気づいて、その女性は、挨拶した。
「彼には、莉子のリハビリに来てもらっているの。このまま、埋もれさせておくのは、忍びなくてね」
藤井先生が、心陽に説明する。
「聞いてなかった?」
「こんな素敵な男性とリハビリしているなんて、知らなかったです」
心陽は、笑った。少し気の強そうな艶やかな女性だった。莉子よりも、フラメンコが似合いそうな女性だ。
「どうしたの?急に、スタジオに来るなんて?」
莉子は、心陽に聞く。いつも、連絡をくれてから、差し入れを届けたりしていたそうだ。
「架さんに、莉子の居場所を聞かれて」
心陽と莉子の夫は、メールでやり取りをしているようだ。
「フラメンコのレッスンで、答えられないから、アリバイ確認にきたの。そうしら、外に・・・」
スタジオの外で、泣きそうになっている七海に気づいて、中へと連れてきたと言うのだ。
「莉子のリハビリさんの知り合い?」
心陽は、七海に目線を送った。
「ええ・・友人です」
七海は、節目がちに答えた。僕らの異様な雰囲気に、レッスンの邪魔になると思った藤井先生が、声をあげた。
「2階に事務所があるから、そこで、お茶でも飲んだら?」
練習生に目配せすると、その中の一人が、エレベーターまで、案内した。
「知らなかった。莉子は、素敵な男性が、周りにいて、幸せよね」
心陽が、じっと、僕を見つめながら、そう呟いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

【完結】お飾りではなかった王妃の実力

鏑木 うりこ
恋愛
 王妃アイリーンは国王エルファードに離婚を告げられる。 「お前のような醜い女はいらん!今すぐに出て行け!」  しかしアイリーンは追い出していい人物ではなかった。アイリーンが去った国と迎え入れた国の明暗。    完結致しました(2022/06/28完結表記) GWだから見切り発車した作品ですが、完結まで辿り着きました。 ★お礼★  たくさんのご感想、お気に入り登録、しおり等ありがとうございます! 中々、感想にお返事を書くことが出来なくてとても心苦しく思っています(;´Д`)全部読ませていただいており、とても嬉しいです!!内容に反映したりしなかったりあると思います。ありがとうございます~!

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

処理中です...